今中期経営計画(2021~2023年度)を「挑戦と変革の3年間」と位置付ける三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)。中計ではデジタル化も重視しており、チャレンジングなものを含めてさまざまな取り組みを同時並行で進めている。どのような考え方でDXを進めているのか。MUFGのデジタル戦略を所管するCDTO(Chief Digital Transformation Officer)の大澤正和氏に、オープンイノベーション、先端技術、DX人材戦略などを中心に話を聞いた。

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DXは“手段”というより“前提”である 

――MUFGではDXに関して大小さまざまな取り組みをされていますが、どのような方針の基で各施策を展開していますか。 

大澤正和氏(以下敬称略) MUFGでは「世界が進むチカラになる。」というパーパスを掲げています。変化の速い時代において、全てのステークホルダーが新たなステージへ進めるよう支援する。そのために、常に彼らの課題を起点として戦略を立案し、遂行することがわれわれの役目であるという考え方が根底にあります。 

 そして今、お客様を含めた多くのステークホルダーは、それぞれが抱える課題を解決するにあたり、デジタルの活用が不可欠となっています。われわれはDXにおいても彼らの課題を起点とし、一歩先を行くチャレンジをしていかなければなりません。 

 DXを重視する考えは、中期経営計画にも落とし込んでいます。環境変化に応じたビジネスモデルを作り上げ、ROEを改善するべく、「企業変革」「成長戦略」「構造改革」の3つの戦略を掲げていますが、このうちの「企業変革」の中で「環境・社会課題への貢献」「カルチャー改革(スピード・挑戦する文化)」と並ぶ3本柱の1つとなっているのが「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。 

 CDTO(Chief Digital Transformation Officer)という立場にある私は、普段から、「DXはパーパスや企業変革を実現するための前提である」と言っています。DXは手段である、という表現をよく耳にしますが、それとは少しニュアンスが異なります。 

 例えば、とある事業戦略やプロジェクトを実行するときに、デジタルツールを活用して行うとしたら、それは手段と言えるでしょう。私は、そういう場合に限らず、極端に言えばface to faceで行うアナログなプロジェクトであったとしても、デジタルを活用するときのような合理的な考え方が常に前提としてあるべきだと思います。社員に対して、常にデジタルを意識するマインド、カルチャーへの変革を働きかけています。 

スタートアップが銀行に期待するものは資金だけではない 

――具体的な取り組みでは、オープンイノベーションに関する取り組みがニュースや新聞で取り上げられているのをよく見かけます。考え方や現状の成果をお聞かせください。

大澤 MUFG全体では、3000万人以上の個人、100万社以上の法人のお客様とお取引があります。時代が変化するなか、自社だけで創出できるバリューには限界があり、全てのお客様が満足するサービスを提供し続けるのは容易ではありません。

 現状を打破するために、有力な選択肢となるのがオープンイノベーションだと考えています。当社には金融に関するノウハウや情報があります。一方で、世の中には金融機関が持ちえないノウハウや情報を持っている企業があります。なかには、他のどこにもない新たな技術を持っている企業もあります。双方の強みを結びつけることができれば、お客様にこれまでにないサービスを提供できるはずです。

 そのために、MUFGでは、スタートアップ事業支援や出資・協業支援に力を入れています。2014年からシリコンバレー、2016年からシンガポールと、拠点は海外にも置いており、国内外問わず常に情報収集のアンテナを張り巡らせています。

 すでに成果につながっている事例を1つご紹介します。東南アジア圏でネット配車などを展開する「Grab(グラブ)」との2020年からの資本業務提携です。

 大手金融機関には、ライドシェアの運転手のような個人事業主の方に対して直接与信を起こすのがなかなか難しいという課題がありました。Grabは、この課題を解決する情報を持っていました。自社のドライバーについて、勤務態度や乗客の評価からドライバー専用のウォレットを出入りするお金の流れまで、さまざまなデータを収集していたのです。データは、質・量ともに問題なく与信の判断が行えるレベルのものでした。それだけの情報を金融機関が収集するのは不可能です。

 実際の融資や債権管理のノウハウを、アユタヤ銀行がサポートしているのもポイントです。融資は現地通貨で行うので、現地通貨の預金基盤を持っている金融機関によるバックアップが最適です。このアユタヤ銀行は、MUFGが2013年に買収・統合した、コンシューマファイナンスを得意とする銀行です。こうした金融面でのサポートは、まさにわれわれのような金融機関が担うべき部分と言えます。

 ドライバーへの融資は、すでに約30万件に上っています。金融のネットワークなどわれわれの強みを生かしながら地場のスタートアップと協業するような取り組みには、今後も力を入れていく必要があると考えています。

――スタートアップからすれば、資金面の課題解決になるだけでなく、事業の可能性を広げることにもなりそうですね。

大澤 当社としても、資金面の支援だけでなく成長支援なのだということを強く意識しています。

 MUFGでは、2019年にコーポレートベンチャーキャピタルとして三菱UFJイノベーション・パートナーズを設立し、2つのファンド(計約400億円)の運営を通して投資をしています。その他にも同社設立以前からの投資もあり、数にして60社を超える国内外のスタートアップと関わりがある状況です。

 彼らは、自社の本業を成長させたいという強い思いを持っています。例えば海外のスタートアップには、日本の市場で成功したいと考える企業が少なくありません。当社に相談される時点で、顧客基盤などわれわれが持つアセットにも期待しているのは確実です。あるいはアジアに進出したい企業から「あの国のパートナーバンクMUFGのグループ銀行)を紹介してほしい」といった相談を受けるケースも多々あります。このように当社に対しては、資金面に限らない支援への期待感があります。この期待に応えることが使命であると考えています。

新分野は顧客ニーズを見極め、来るべきときに備える 

――MUFGは、Web3.0やブロックチェーンなど新分野への取り組みも加速させています。手探りの部分もあると思いますが、現状の認識や手応えを伺えますか。 

大澤 いまだに、これからどうなるのかがわからない分野であるというのが正直なところです。暗号資産取引所の経営破綻などで、目先の不透明感も高まっています。 

 とはいえ、当社は「世界が進むチカラになる。」というパーパスを掲げる金融機関です。Web3.0であろうとブロックチェーンであろうと、社会全体や企業が求めるのであれば、手掛けていかなければなりません。常にお客様のニーズを見極めながら、どんなサービスが可能なのかを探っていくべきだと考えています。 

 ブロックチェーン関連の取り組みでは、グループの三菱UFJ信託銀行が開発・提供を進める「Progmat(プログマ)」があります。Progmatは、デジタルの有価証券であるセキュリティトークンの権利移転と資金決済を、自動かつ一括で行うことができるデジタル資産プラットフォームです。現状は、このProgmatを業界全体のインフラとするべく、2022年12月に関連7社とともに、デジタル資産の取り扱いに関する合弁会社の設立に向けた検討を開始することに合意したところです。 

 量子コンピューターの研究にも、2018年から本格的に力を入れています。どういう形で金融業務に応用できるのか、いつごろ実用化するのか、未知の領域です。とはいえ、金融業界が取り扱うデータ量は刻々と増大しており、高性能なコンピューターを使いこなす必要に迫られる日が来るのは間違いありませんので、来るべき時に備えています。 

 またWeb3.0に関しては、2022年3月から香港を拠点とするWeb3.0企業であるアニモカブランズ社と協業しており、日本のコンテンツ産業を元気にするためにどうすればよいかを幅広く検討している段階です。 

採用・育成ではジョブディスクリプションの明確化を進める 

――DX推進には人材の獲得と育成が不可欠です。DX人材についての方針、取り組みについてお聞かせください。 

大澤 人材採用についてはこれまでも力を入れてきましたが、さらに強化するべく見直しを進めているところです。 

 具体的には、中途採用について「ジョブディスクリプション」の明確化に取り組んでいます。当社は規模が大きいですし、顧客基盤も法人から個人までさまざまです。当社への転職を検討する人は、自分に何が求められているのか明確にイメージしにくく、躊躇してしまう可能性があると見ています。特に一定以上のスキルを持った優秀な人材であればなおさらです。この点を改善するべく、当社の仕事における役割の再定義を進めています。 

「どういうスキルを期待されているのか」「どういうロールをアサインされるのか」「将来的にどんなキャリアパスがあるのか」。といった、入社を検討する人の知りたい要件を明示することで、中途人材の採用の精度を上げていきたいと考えています。 

 人材育成も強化中です。DXをリードするコア人材を育成しており、今中期経営計画中に500~600人の育成を目標としています。2021年5月には社内で「デジタルスキル認定」制度を導入しました。取得した資格の数や難易度に応じて「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」の称号を設定しているのですが、ゴールド取得者はすでに1700人を超えています。現在は採用と同様に、ロールを明確にした育成プログラムを構築するなど、もう一段階上のレベルの育成を行うための工夫を凝らしているところです。 

――MUFGがパーパスを実現するために、デジタル戦略のリーダーとして最も重要だと思っていることは何でしょうか。 

大澤 「とにかく小さく始めてみるしかない」ということに尽きます。先ほどお話しした量子コンピューターやWeb3.0などが良い例です。まだこの世に生まれたばかりのものであったり成功事例が存在しなかったりするものについて、机の上で考えていても答えが見つかるはずがありません。とりあえず試してみるしかない。できることは、大きな失敗をせずに済むように小さく始めることだけです。そういうマインドセットを私は大事にしており、組織全体にも、この考え方を浸透させることが大切だと思っています。 

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