家具の月賦商として創業し、現在は小売とフィンテック(金融)を一体化した独自のビジネスモデルでユニークな経営を進める丸井グループ。上席執行役員でCDO(最高デジタル責任者)を務める相田昭一氏にDX(デジタルトランスフォーメーション)で何を目指すのか、聞いた。
DX推進室を新設した狙いは何か?
――昨年10月にDX推進室を新設しました。この狙いは。
相田昭一氏(以下敬称略) 当社は2017年ごろからデジタル人材を育成し、事業をデジタルをベースとしたものに変えていこうとしましたが、うまくいかず、人や組織が根本から変わらないと駄目だと気が付きました。
そこで、デジタル領域のUI(ユーザーインターフェイス)・UX(ユーザーエクスペリエンス)デザイン会社であるグッドパッチとの合弁でミューチュア(Muture)を昨年4月に設立しました。両社の優秀な若手社員を配置し、丸井グループの仕事を請け負うことから始めました。主に今、取り組んでいるのはエポスカードのアプリ(ライフスタイルアプリ)の改善ですが、彼らの仕事の進め方は大企業の縦割りの組織とは全く違うものでした。そういう知見がたまってきたので、それをグループ内に広げていくためにDX推進室を設けたのです。
――メンバー構成と具体的な業務は。
相田 専任のメンバーはいません。全員が丸井グループの経営企画部や人事部、システム会社に本業を持ちながら兼任しています。ミューチュアで成功している事例を収集・整理して、それDX推進室に共有します。さらにグループ全体に広げる事項があれば、例えば、人事のことなら人事部を兼務しているメンバーがすぐに人事部門と連携します。
小売業は全ての顧客接点はオンラインがベースになる
――丸井グループにとってDXとは。
相田 DXは経営戦略そのものです。小売業は今後、全ての顧客接点はオンラインがベースになり、オフラインは出会いなどのきっかけになります。そのときに全ての事業がDX化されていないと未来はないと考えています。
当社は今、LTV(顧客生涯価値)経営を志向し、お客さまとのお付き合いを長くして、その間にお客さまから金融収益を得て、家計でのシェアを高めることを目指しています。一期一会の買い物だけではなく、例えば、電気代や水道代のカード払いなどのリカーリング(継続課金)、若い方が賃貸住宅に住むときに保証人が要らない家賃保証のサービスなどがそれにあたりますが、長期的かつ定期的なお支払いを継続していただくことで、金融収益の拡大につながります。昔は店舗で対面によるおもてなし接客をしていましたが、現在はどんどんオンラインになっていきます。
――今後のDX推進の施策は。
相田 まずは人材です。グループには基幹系システムを内製しているエムアンドシーシステムという会社もありますが、EC(電子商取引)などウェブサービスの人材とは仕事の進め方が全く違うので、別で採用を行っています。
オープンイノベーションを進める「共創チーム」とは?
――現在まで進めてきたDXの具体的な取り組みは。
相田 まず、DXの取り組みにつながる企業文化の変革を、社長の青井浩がリーダーシップを執って進めてきました。まず組織、風土の変革です。具体的には、昭和の大企業的な企業文化からベンチャー的な価値を創造する知識創造型の企業文化への変革です。目指す姿として、「強制ではなく自主性を」「やらされ感ではなく楽しさを」というものがありますが、今では次に行きたい部署や新しいプロジェクト、参加したい会議などに社員一人一人が手を上げる文化に変わってきました。
現在はイノベーションを起こすための人的資本投資の2本柱として仕組みづくりと研修を推進しています。
仕組みづくりにおいてはスタートアップとのオープンイノベーションを進めています。当社は近年、小売とフィンテックに「未来投資」を加えた、三位一体のビジネスモデルを掲げています。「未来投資」は、社外と取り組む「共創投資」と、社内からイノベーションを創出する「新規事業投資」で構成され、17年3月期から協業ができるベンチャーに出資をしています。
そして共創投資先との協業の効率化や、責任と成果の追求を目的に、協業する会社ごとに執行役員級がリーダーとなって、グループ横断で「共創チーム」を組成し、現在22チーム・220人の社員が携わっています(図は21年10月時点のもの)。
一方でディーツーシーアンドカンパニーという子会社を20年1月に設立しました。D2C(消費者直売)のベンチャー企業に投資・協業をする会社です。
当社は18年に「売らない店」を提唱しました。物を買うのは店舗からECにどんどん移り、店舗はお客さまが体験を楽しんだり、ブランドとのエンゲージメント(愛着)を高める場になっていくと考えたのです。D2Cはある程度まで成長すると、リアルの場が必要になります。そこで「売らない店」を運営してもらうD2Cを応援しようとしています。体験型店舗を運営するベータ・ジャパン(b8ta Japan)やビジネスウエアのファブリックトウキョウ(FABRIC TOKYO)などに出資し、協業を進めています。
――共創チームは「売らない店」の運営方法を共創先と話し合っているのですか。
相田 いろいろです。例えば、共創投資先のベイス(BASE)は小規模EC事業者のECの仕組みのプラットフォームです。渋谷モディ1階にショップを設けており、そうしたスモールプレイヤーが初めてリアル店舗に出店して、お客さまとのエンゲージメントの場をつくっているので、効果的な運営方法を一緒に考えます。彼らにはファンがたくさんいるので、この発展形で、アーティストのクレジットカードを発行するケースもあります。当社の本業からするとLTVの高いカード会員が増えるわけです。
スタートアップの相手先のリソースを生かしながら、相手先の価値も高める。かつ当社の収益、企業価値にも貢献する取り組みを推進するのがミッションなのです。だからチームごとにやっていることが違います。
――これまでどのくらい共創投資をしましたか。
相田 17年3月期から22年9月までに234億円の投資を実行しました。
――丸井グループの戦略として「売らない店」と同時に「イベントフルな店」を打ち出しています。
相田 3年くらい前から小売事業の戦略として掲げました。ECでは検索して買うので偶然の出会いは起きづらい。リアルに求められるのは「知る、発見する、出会う」ということ。イベントがたくさんあって、常に何か新しいものが見つかることがリアルの店舗の存在意義ではないかと。
しかし、イベントを回すのは大変です。短期間の開催でも1社ごとに契約が必要で、出店するには書類も費用項目も多く、手続きも煩雑でした。そこで出資先のベンチャーと協業して、OMEMIE(オメミエ)というサービスを立ち上げました。これはまさにDXで、オンラインで期間限定の区画の出店の申し込みが完了してしまうものです。
人的資本投資で研修に注力。青井浩社長もプログラミング研修
――もう1つの柱である研修は。
相田 当社が求める人材のキーワードは「プロデュースbyデジタル」。デジタルの力を活用して新たなビジネスをプロデュースできる人です。プログラミングスキルは必須ではないものの、プログラムを組むロジックがどうなっているのかといったことを理解することは必要です。そこで、まず21年12月に社長以下グループの役員向けのプログラミング研修を、中学・高校生向けのIT教育事業を行うライフイズテックとの共創で実施しました。昨年4月には新入社員にも同様の研修を行い、その後既存社員の一部メンバーにも実施。現時点では、約200人が研修を受けています。
これらをはじめとした人的資本投資の取り組みを複合的・複線的に実施することで、DXを推進する素地をつくってきました。
――人的資本投資の投資額は。
相田 16年度から20年度の5年間で320億円を投資しています。22年3月期に77億円だった人的資本投資を、26年3月期には120億円に増やす計画です。
社内から新規事業を生み出すために子会社をつくった
――今後の課題は。
相田 まずは成功事例をつくることです。特に社内からの新規事業の成功事例はごくわずかです。
――成功事例をつくるために何をしますか。
相田 今は縮小していますが、以前はプライベートブランド(PB)でスーツやレディスのシューズなどを展開していました。それなりの規模にはなったのですが、利益では貢献できませんでした。単独採算で利益が出るような組織ができていなかったのです。
そこで、オコス(okos)という新規事業を生み出す100%子会社を21年5月に設立しました。ベンチャーのように、自分たちで事業計画を策定して提案、社内から資金調達をして、事業の実績を半年ごとに確認し、必要ならもう一度提案して資金調達するという仕組みをつくりました。ここがうまく回るようになると、社内からの新規事業も生み出せるようになるのかなと思っています。
――今後の方向性は。
相田 PBでは以前、レディスのパンプスで「ラクチンきれいパンプス」というヒット商品がありました。お客さま企画会議を何十回、何百回と開いて、トライアルとフィードバックを常にぐるぐる回転させながら開発しました。当時はお客さまとの共創で、今はスタートアップとの共創。今後も丸井グループが新しいサービスを世の中に出し、DXを進めていく際には、共創が必ずキーワードとして入ってくると思います。
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