全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも名古屋の喫茶文化に代表される独自のコーヒーカルチャーを持つ東海はロースターやバリスタがそれぞれのスタイルを確立し、多種多様なコーヒーカルチャーを形成。そんな東海で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真】「ペギー珈琲店」のレシピを受け継いだ、レアチーズケーキ(480円)

東海編の第12回は、名古屋・鶴舞にある「Manabu-Coffee」。コロナ禍にあって豆の販売にシフトしていく自家焙煎コーヒー店が多いなか、「カウンターでお客さんと話をしながら、コーヒーを淹れている時間が好き」と話し、喫茶店であることを大切にしている店主の福田学さん。店は、福田さんの「好き」が目いっぱい詰め込まれた空間。「自分以外にはなれないのだから、好きなものをどれだけ共有してもらえるかを考えていきたい」とそのスタンスを語ってくれた。今回は、「Manabu-Coffee」の在り方を通して、福田さんを形づくる「好き」の実態に迫ってみたい。

Profile|福田 学(ふくだ・まなぶ)

1969(昭和44)年、愛知県名古屋市生まれ。会社員からカメラマンアシスタントまで、さまざまな仕事を経験し、35歳の時に名古屋・池下に本店を構える「ペギー珈琲店」へ。栄店(現在は閉店)に勤務し、2009年に豆の販売店「PEGGY COFFEE BEANS」がオープンすると、焙煎についても本格的に学び始めた。2016年、地元である名古屋・鶴舞に「Manabu-Coffee」をオープン。

■憧れの傍らにはいつもコーヒーがあった

名古屋市が初めて設置した公園であり、2023年春のリニューアルでますます注目を集めている鶴舞公園。この西側に位置する千代田エリアは、わざわざ足を運びたくなる名店が集まるグルメ激戦区だ。2016年に創業した「Manabu-Coffee」は、名古屋きっての食通も注目するこのエリアに店を構える自家焙煎コーヒー店。もともとこのあたりが地元だという店主の福田さんが、ひとりで営んでいる。

「子供のころから喫茶店が好きでした」と話す福田さん。中学生になると映画や洋楽にハマり、作中に頻出するコーヒーにも興味を向けるようになった。「中学時代は、とりあえずブラックで飲むということに憧れてコーヒーを飲んでいました。高校生になると、日常的に喫茶店に溜まるようになって。ただ、コーヒーの味が好きだったわけではなくて、当時は喫茶店という場所が好きで通っていました」

大学時代になると、アメリカ旅行で出合ったダイナーを見て「いつかこういう店ができればいいな」と憧れをもった福田さん。近所の人がやってきて、ほとんどタダ同然のコーヒーを飲みながらドーナツにかぶりつく。そんな映画「ツイン・ピークス」のような世界に魅了された。会社員になっても、コーヒーは好きな時間とともにあるものだった。「ちょっとさぼりたい時に『コーヒー淹れてきます』と言って席を立つのは定番ですよね。この時間がすごく好きでした(笑)。皆にコーヒーを配る前に、淹れてまず自分が飲んでいました。どんどんコーヒーが好きになって、最終的にはコーヒーを仕事にすることにしたんです」

■1杯ずつ、ネルドリップで抽出する

本格的なコーヒーを学ぶため「ペギー珈琲店」に就職した福田さんは、ネルドリップ専門店だった栄店に勤務することになった。その時に教わった抽出方法を、今もそのまま実践している。「今は浅煎りのコーヒーも多くなりましたが、私が勤め始めた2000年代は深煎り文化でした。コーヒーを抽出する時、ペーパーフィルターにすると角が立った味になることもあるのですが、ネルだと濃厚なのにトロッとした甘味も出せる。あの感じがやっぱりいいなと思っています」

ネルドリップの店がどんどん少なくなっていき、比較的スピーディーに抽出できるペーパードリップの店が増えていくなかで、福田さんは大好きなネルでの抽出にこだわる。それも、10杯、15杯という量をまとめて抽出する昔ながらの喫茶店スタイルではなく、注文を受けてから1杯ずつ丁寧に抽出するスタイルだ。「最初に少し蒸らして、豆の膨らみや香りを確認します。時間や温度を測るとかえって感覚がおかしくなるので、注意深く状況を見ることが肝心。急いだり慌てたりするとお湯を注ぐタイミングが早まってしまいがちなので、息を止めるくらい集中しています」

抽出が終わったら、仕上げにコーヒーを再加熱するのが「ペギー珈琲店」の伝統。金属製のサーバーを使っているのは、餅網を敷いたガスコンロに直接のせるためだ。砂糖やミルクを入れる時は通常よりも温度が高くなるように意識している。

■深煎りに耐える豆の品質が必要

深煎りのラインナップが多い「Manabu-Coffee」。生豆には、深煎りに耐えるクオリティが求められる。「スペシャルティコーヒーを仕入れるのは当たり前。深煎りにこそある程度のクオリティが担保されていないと、上手く焼ききれません」と福田さんは話す。

生豆のハンドピックは店内で行うことが多い。形が欠けていないか、変色していないか、入念にチェックしていく。カビっぽいもの、黒いシミがあるもの、白っぽく変色しているものなどは、弾いていく。

「焙煎はルーティンなので、気を抜かないことが大事ですね。あとは、焙煎室の室温や生豆の温度といったコンディションを整えるのが一番大事です。これを怠ると、焼き始めてから温度が上がらなかったり、焼きすぎてしまったりする。この温度になったら豆を入れて、この温度になったら火力を下げる、など、おおよそのデータは取っていますが、想定と違い温度が上がってこない時はどうするのか、など、その時々での対応は必須です」

焼きあがった豆は店内へ。この後、ブレンド作業をしていることもある。ザルを2つ使って何度も入れ替える時の豆の音、辺りに充満する焙煎香。そして、表情は真剣そのものだが、どことなくワクワクとした雰囲気を漂わせている福田さんがそこにいた。

■思った以上にやることが多い。でも楽しい

「『ペギー珈琲店』で働き始めた2000年代には、当時の私くらい(30代半ば)の男性がひとりで行けるコーヒー店は少なかったように思います。かわいいカフェばかりでしたね。だから、私がひとりで行きたくなるような店にしたかったんです」

焙煎をしながら、カフェとしてもしっかりと営業する。これは「豆を販売するばかりではなく、コーヒーを淹れることが好き」という福田さんのやりたいことを追求した結果だ。「店を始める前から、やりたいことは明確でした。ひとりで営業しながらコーヒーを淹れる、焙煎もする、となると、思った以上にやることがあって大変です(笑)。でも、できる範囲で『好き』を詰め込んだ場所ですから。暇なときはここで本を読んだり、好きなレコードをかけたり、のんびり過ごしていますよ」

「男がひとりで入れる場所」「男の好きなものを詰め込んだ場所」と話す福田さんだが、女性にとっても心惹かれるポイントがあちこちに見られる。たとえばナチュラルテイストの明るい店内、コーヒーと相性抜群のスイーツ、そして、好きなものに囲まれていつも笑顔の福田さん! 幸せな気分のおすそ分けをしてもらえたような、晴れやかな気持ちになれるコーヒー店だ。

■福田さんレコメンドのコーヒーショップは「喫茶クロカワ」

「好きなコーヒー店と言われて、真っ先に思い浮かんだのが『喫茶クロカワ』です。当店と同じ鶴舞エリアの店ですし、私が出勤する時の通り道にあるのでお店に伺ったことがあります。苦いだけじゃない、そのコーヒーにとって最適な味を汲み取っている感じがすばらしい。すごく好きな味です。ある時『ペギー珈琲店にいましたよね?』と話しかけられて、話してみると共通の知り合いもいて、仲良くなりました。夏は自家製シロップかき氷を出していて、コーヒー好きのみならずカフェ好き、かき氷好きにも知られた大人気店です」(福田さん)

【Manabu-Coffeeのコーヒーデータ】

●焙煎機/フジローヤル直火式5キロ

●抽出/ハンドドリップ(ネル)

●焙煎度合い/浅煎り~深煎り

●テイクアウト/あり

●豆の販売/100グラム700円~

取材・文=大川真由美

撮影=古川寛二

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