(福島 香織:ジャーナリスト)

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 目下、北京で開催中の全人代(全国人民代表大会)で外相(外国部長)特別記者会見が3月7日に開催され、秦剛(しんごう)外相の事実上の記者会見デビューとなった。

 駐米大使からいきなり外相に出世した秦剛外相は、駐米大使在任中は米中関係改善に熱心だという評判も高かったが、記者会見では予想以上の戦狼外交(攻撃的な外交)っぷりを国内外記者に見せつけた。

 これは習近平体制の下で出世する外交官の宿命なのか。それとも、習近平第3期目はもはや米中衝突は避けられないと腹をくくったのか。

米中関係改善の期待を吹き飛ばす徹底的な米国批判

 秦剛外相は14の質問に答え、そのうち約半分が外国メディアからのものだった。エジプトのロズユスフ誌、ロシアのタス通信、米NBCパキスタン通信、NHK、シンガポールのストレーツ・タイムズフランスのAFP通信に質問の機会が与えられた。

 このうちハイライトは米NBC記者からの質問への答えだろう。米中関係の展望についての質問を受けて、秦剛は次のように答えた。

「先日、中米間で気球事件が発生した。これは完全に不可抗力による偶発事件で、米国もこれが現実の脅威には当たらないと認識していた。しかし、米国は国際法精神と国際慣例に違反して、有罪を推断し、過剰に反応し、武力を濫用し、回避できたはずの外交危機をもたらした。

 偶然の中に必然を見ることができるなら、それは米国の対中認知と立場が非常に偏っているということだ。米国は中国を最大の政治的ライバルとみなしている。最初のボタンを掛け間違えたので、米国の対中政策は完全に健康で理性的な正しい軌道から外れてしまった」

「米国は、中国との競争で勝つことを望んでいるのであって衝突は望まない、と言う。だが米国の言う競争とは、相手を徹底的に追い込む、死ぬか生きるかのゼロサムゲームだ。

 米国はルールを守れと言うが、これは五輪の陸上競技で2人の選手が競争するのと同じく、自分が最善を尽くすことを考えずに相手をどうやってつまずかせるかばかりを考え、はては相手選手に、五輪ではなく(ルールの違う)パラリンピックに参加させようというようなもので、こんなものは公平な競争ではなく悪意ある対抗であり、ルール違反だ!」

「米国は、中米関係に(衝突を避けるための)ガードレールをつくろう、というが、それは実際は中国に殴られても反撃させず、罵られても言い返せないようにするためのもので、これでは(衝突を)防ごうにも防げない。

 もし米国側がブレーキを踏まず誤った道を走り続けるなら、いくら多くのガードレールをつくっても車は道から飛び出して横転し、必ず衝突に陥るだろう。このような競争は、両国人民の根本利益、ひいては人類の前途の運命を賭ける(おろかな)博打であり、中国はもちろん断固反対する」

「米国は、米国を再び偉大にするという誇りを持っているなら、他国の発展を許容する度量を持っていなければならない。制裁弾圧は米国を偉大にしないし、さらに中国の復興のステップを阻むこともできない」

「中米関係を決定するのは、米国の国内政治やヒステリックな新マッカーシズムではなく、両国の共同利益のため、共同責任、両国人民の友誼であるべきだ」

「米政府は、真面目に両国人民の声に耳を傾け、脅威が増大する不安を取り除き、ゼロサムの冷戦思考を放棄し、極端なポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)を拒絶し、約束を実践し、中国と交流し、両国にプラスとなって世界にも幸せもたらす正しい付き合い方を共に模索してほしい」

 気球事件では「中国側は悪くない!」という主張から始まり、「米国がこのまま突っ走ったら、米中衝突が起こる」と恫喝まがいの表現で、米国に「ゼロサムの冷戦思考」「ヒステリックな新マッカーシズム」を捨てよと迫ったのだ。

 秦剛は駐米大使時に真面目に外交実務に取り組み、11月にバイデン習近平会談を実現させたことで外相に昇進した。そのため、秦剛外相のもとで米中関係改善が進むのではないかと期待した時期もあったのだが、この会見を見るに、その期待は完全に裏切られた。

ウクライナ戦争を長引かせているのは米国

 他の記者の質問にも米国への敵意をにじませた。

 台湾問題について尋ねられると、秦剛は次のように吠えた。

「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心で、中米関係の政治的基礎の中の基礎だ。これは中米関係の超えることのできない第1のレッドラインだ。台湾問題がどうなるか、米国には避けられない責任がある。

・・・台湾問題をうまく処理しなければ、中米関係は大いに揺らぐことになる。

 もし米国が本当に台湾海峡を鎮静化させたいなら、台湾を使って中国を牽制するやり方を停止するべきだ。『一つの中国』原則のもともとの意義に立ち返り、中国の打ち出した政治的約束を守り、明確に台湾独立派に反対し制止することだ」

 ロシアウクライナ問題については、「中国は危機をつくり出していないし、危機の当事者でもない。衝突しているどちらにも武器は提供したことはない。・・・(中国は戦争を終結に向かわせるように平和対話を促してきたが)残念なことに、平和対話を促す努力は繰り返し破壊された。まるでウクライナ危機を利用してある種の地政学的陰謀に利用して紛争をエスカレートさせようとする『見えざる手』があるようだ」と、米国がロシアウクライナ戦争を長引かせていると言わんばかりの批判を展開した。

 さらに米国のインド太平洋戦略について、「アジア太平洋版NATO」をつくろうとしているとし、地域の一体化を破壊していると非難。

「どのような冷戦もアジアで再演されてはならない。ウクライナ式の危機がアジアでコピーされることは許されない」と述べ、米国が中国への危機感をあおってアジア太平洋で戦争を準備しているのだと言いたげだった。

 秦剛は自らが戦狼外交官と呼ばれることに言及して、「中国外交は十分に寛大さと善意をもっているが、『豺狼当路』(山犬がのさばるさま、悪人が幅を利かす世の中)であれば、狼が襲うだろう。中国の外交官は、狼とダンスをしながら、国の安全を守らねばならない」と、答えていた。

 つまり、国際社会には豺狼のような米国がのさばっており、それに対抗するために中国は狼と踊る、と言いたいのだろうか。

民主化の必要がない「中国式現代化」

 この会見の冒頭で、秦剛は中国の外交は「頂層設計」(トップダウンデザイン)だと説明し、すべてが習近平外交思想に従って行われることを説明していた。この会見の論調のすべてが、習近平外交思想に裏付けられているということだ。

 その中でとくに注目すべきキーワードは、昨年(2022年)の第20回党大会で強く打ち出された「中国式現代化」の概念だ。

「中国式現代化」とは、米国式現代化に対抗する概念であり、途上国は民主化しなくても中国式発展モデルで現代化できる、という主張だ。

 米国式発展を望む国は必ず民主化とキリスト教的正しさを要求される、中国式現代化は、国情に合わせた政治体制や価値観を認め、権威主義、極権体制を肯定する。多党政治は分裂分断を生むものだとして否定し、自由よりも秩序やコントロール維持が大事とする。

 中国は、こういう考えに反米的なイスラム圏やアジアやアフリカの部族社会国家が比較的共感すると見ており、このモデルにならう途上国を中国朋友圏にまとめ上げ、中国がリーダー、ルールメーカーとしてグローバル統治に参与していく、という未来予想図を持っている。そうなった暁には、習近平は中国の独裁者、人民の領袖(りょうしゅう)であるだけではなく、世界の領袖となる。革命の輸出を夢見た毛沢東ですら未到達の領域に立つわけだ。

「習近平は開戦の準備をしてきた」とロシアの専門家

 習近平外交のゴールが、そういう中国式現代化の世界輸出によるグローバル統治にあるなら、当然、目下の国際社会のボスでありルールメーカーである米国との対決は避けられない。そういう外交目標を語っている以上、「米中関係改善」と言っても説得力はなかろう。

 折しも3月4日発売の「ニューズウィーク」誌に、「習近平はこの10年、ずっと米国との開戦に向けて準備してきた」という、ロシアの中国専門家の発言を紹介した記事が掲載されていた。

 記事によれば、ロシア国営テレビの番組に登場したロシア人の中国専門家、ニコライ・ヴァヴィロフが、ウクライナと戦うロシアを中国が軍事支援していると指摘し、その話の流れの中で「習近平は権力の座に就いた当初から米国との戦争準備をしてきた」「彼は戦争に勝てる軍隊の準備を命令してきた。それが米国人を対象としている計画であることは疑いない」と語ったという。

 少し前に米空軍のマイク・ミニハン大将が「2025年に米中交戦があり得る」とのメモを作成し部下に準備を促していたことがニュースになったが、台湾有事が発生すれば米中開戦という認識は米国側も持っていることがうかがえる。

 3月5日、全人代の人民解放軍武装警察部隊代表団の分科会で、制服組トップの張又侠が「全面的に戦争準備工作を推進せよ」と呼びかけていた。戦争準備の呼びかけは習近平体制になってから繰り返されてきたが、2023年に入って、より具体的に言及され始めている。

 改革開放の40年余りで築いた富や、国際社会での地位よりも、自らの官僚の地位を守るためだけに習近平という狼と最後までダンスすると決めた新外相の会見デビューは、かつて見たこともないほどきな臭く、不穏なものだった。米中開戦を目がけて突進していくチキンレースのスターターピストルの音が聞こえた気がした。

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全人代の会見で記者からの質問に答える中国の秦剛外相(2023年3月7日、写真:AP/アフロ)