インターネット・ショッピングモール「楽天市場」から始まり、現在は独自の楽天エコシステム(経済圏)を築く楽天グループ。グループの規模は1997年の創業初期の6人から従業員数3万人以上にまで拡大したが、企業の存在意義は変わらない。

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「楽天の創業当時にはまだウェルビーイングという言葉はなかったが、考え方はずっと変わらない。三木谷(浩史社長)を含む創業メンバーは、1997年当時、日本には地域に素晴らしい技術や商品がたくさんあるのに、機会がないゆえに成長が難しいと考えていた。大都市や大企業だけが栄えるのではなく、地域や中小企業も自由に商売ができる場所をインターネット上に作れば、日本はもっと魅力的な良い状態になると信じて、私たちは『より良い社会』をずっと目指してきた」

 こう語るのは、現在CWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)を務める小林正忠氏だ。小林氏は楽天の創業メンバーの一人として、今日まで楽天の様子を見てきており、現在はコーポレートカルチャーディビジョンのトップとして企業文化の醸成と展開を担っている。個人、組織、そして社会のウェルビーイングを実現させることが使命だ。

 ウェルビーイングSDGsやスポーツなどあらゆる分野で使用されているが、主に「心身良好な満たされた状態」を指す。1997年当時はネット通販もまだ普及していなかったが、ネットでの売買が個人や中小企業にも当たり前の環境となることで、日本がもっと良い状態になるはずだと楽天は考えてきた。

グループの理想を体現する『楽天主義』

 小林氏の提言する「ウェルビーイング」な状態を実現させるためには、さまざまな事業に携わるグループの従業員が一丸となって同じ目標に向かい、日々の仕事に取り組む必要がある。そのために、グループの在り方を定義し、全従業員が理解し実行する価値観・行動指針を表すのが「楽天主義」だ。

 楽天主義は企業として事業を通して実現しようとする価値観を示す「ブランドコンセプト」と、楽天の従業員として持つべき価値観を示す「成功のコンセプト」で成り立つ。

 ブランドコンセプトは「大義名分-Empowerment-」「品性高潔-気高く誇りを持つ-」「用意周到-プロフェッショナル-」「信念不抜-GET THINGS DONE-」「一致団結-チームとして成功を掴む-」。成功のコンセプトは「常に改善、常に前進」「Professionalismの徹底」「仮説→実行→検証→仕組化」「顧客満足の最大化」「スピード!!スピード!!スピード!!!」だ。

「社内では折に触れて楽天主義を想起する仕組みを整えている。ともすると経営では営業の数字などdoingのパフォーマンスが優先されがちなので、掲げる目標を共有し、その実現のためにこの仕事をすることが大切なんだという考えを浸透させる。なぜ自分が今、この仕事をするのかが分かれば、仕事に取り組むモチベーションも変わってくる」

 小林氏が語る通り、社内での仕事はKPI(重要業績評価指標)マネジメントがなされており、かなり細かく目標管理がなされている。そのため、ともすると従業員は数字目標に追われ、そもそもの仕事をする目的や数字を達成する理由を見失う可能性がある。そうした事態を防ぐため、グループ内では楽天主義を社内の共通言語にすることを目指している。

全社集会「朝会」で行っていること

 楽天主義を従業員に浸透させるための仕掛けは他にもある。毎週月曜日の朝に行われる全社集会「朝会」は、従業員がたびたび楽天主義に触れる場になっている。創業時から続いており、三木谷浩史社長自身が現在の経営状況や、ビジネスの現場で感じたことを全従業員に向けて語る。

 また、楽天主義に基づく行動を評価する「楽天賞」を授与する、三木谷氏自身の書籍『Business-Do』の輪読で従業員からの質問に三木谷氏が答えるなど、3万人以上のグループ規模でもトップと現場との対話が行えるようにしている。リアルタイムで全国の従業員が参加し、世界中へ内容を配信することで、価値観をすり合わせる役割も担う。

「サービスが楽天市場だけだった頃は、楽天市場の成功に目標が統一されていた。しかし、規模が拡大されてサービスや拠点ごとに目標が生まれていくことで、グループとして目指すゴールが見えにくくなり、楽天としての企業文化が薄れる懸念があった。三木谷(社長)自身も『人間は完璧ではないので、忘れない仕組みを作ることが重要だ』との考えから、繰り返し従業員に向けて語りかける機会を重視しており、従業員に楽天主義の重要さを伝えている」

「楽天主義ワークショップ」の意味と狙い

 現在の楽天グループ従業員の出身国・地域数は100を超えており、LGBTQ+や障がいを持つ人などいろいろなバックボーンを持つ人が働く。

 この環境下であらゆる人材が楽天主義への理解を深めるために、小林氏が進めるのが「楽天主義ワークショップ」だ。

 まず、参加する従業員は個人として大切にする価値観を付箋に書き出す。次に、楽天主義の内容と自分が書いた付箋の内容を見比べて、「私は〇〇であることを大切に考えているけれど、楽天主義のこの部分と似ていると思う。なぜなら・・・」など自分たちの言葉で話し合う。

 楽天主義と個人で大切にする価値観が重なり合う部分を見つけることで、楽天主義が一人一人の価値観も含有する、身近でユニバーサルなものであることを体感してもらう。 

「楽天主義ワークショップは、2019年(コロナ禍以前)では私が各国・地域に自ら出向き、15都市で開催し、3000人以上のメンバーに実施してきた。現在ではワークショップを主導できる『SHUGI(主義)ファシリテーター』は世界中で73人おり、毎月人数を増やしている。『楽天主義はグループの在り方を明確にするものだが、決して個人からかけ離れた、独立した存在ではない。楽天主義を大切にすることは、自分たち個々人の価値観を大切にすることと同じだ』と伝えてきた」

 また、社歴の浅い従業員向けには、慶應義塾大学の井庭崇教授とゼミ生たちの共同研究で『楽天主義実践パターン』という冊子を作成した。楽天主義をより分かりやすくするために楽天賞受賞者たちの社内事例を用い、10のコンセプトを30の実践パターンとイラストに落とし込むことで、日々の実践へとつなげることを促す。

 数字目標を単に実践するだけでは、仕事へのモチベーションは長続きしない。しかし、その課題の背景や理由を知れば、数字の意味を理解してより良いパフォーマンスが出せる。そのためには、あらゆる方面から楽天主義の精神や思想を伝える必要があると小林氏は語る。

「初めに楽天の目指すウェルビーイングな姿を伝えれば、個人のウェルビーイングとも接続できる。『社長が言っているからやる』のではなく、自分ごととして捉えることが大切だ。そうすれば多様性あるウェルビーイングが自然と実現でき、楽天の事業を通じて社会のウェルビーイングへもつながっていく。楽天主義を目指すことが、ひいては一人一人のウェルビーイングを満たすことにつながる」

 グループが大きくなり、事業が増えればそれだけ多様性が生まれる。アクティブで積極的な人材は新しいサービスに挑戦し、丁寧に仕事をする慎重派の人材はミスをしないようにブレーキを踏む側に回るなど、個々の持つ強みは仕事に生かされるが、その一方で、多様性ある人材を組織としてまとめるには共通の目標や言語を持ち、意識をすり合わせることも必要となる。

 上場し、事業や従業員数も増えた現在、創業時に掲げた「より良い日本」から、ビジョンはより高い目標「グローバル イノベーション カンパニー」であり続けることに変わった。日本から世界へとフィールドを広げての挑戦は続くが、従業員が増えても創業当時からある「良い社会を作る」ことの実現を目指そうとしている。

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楽天創業メンバー。創業した1997年当時は、インターネット上でモノの売買が当たり前ではなかった