小売業が持つデータが注目を集めている。特に国内小売業の、セブン&アイ・ホールディングスセブン-イレブンジャパンをはじめ、イトーヨーカ堂赤ちゃん本舗など複数業態をまたいだグループ共通の会員ID、『7iD(セブンアイディ)』から得られたデータを活用していることで知られる。同社のデジタルマーケティング部でCRM推進シニアオフィサー兼カスタマーサービスシニアオフィサーを務める伏見一茂氏がその取り組みを語る。

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※本コンテンツは2022年11月28~29日に開催されたJBpress主催「第10回 リテールDXフォーラム」の特別講演2「2500万会員の7iDデータ利活用とCRM戦略」の内容を採録したものです。

グループが持つ強みを生かした『7iD』

 セブン&アイ・ホールディングスのグループ店舗数は国内に約2万2700店。来店客数は1日当たり約2220万人(国内)に及ぶ。グループにはセブン-イレブンイトーヨーカ堂、専門店の赤ちゃん本舗、雑貨店のロフト、外食のセブン&アイ・フードシステムズ(デニーズ)などさまざまな業態を持つ事業会社がある。

 この多業態の強みを生かしたのが『7iD』だ。『7iD』はグループシナジー(相乗効果)を最大化することを目的に2018年にスタート。事業会社を横断して1つの共通IDでつながることで、顧客 は1つのIDで、グループの各事業会社のリアル店舗でもEC(電子商取引)でもさまざまなサービスが利用できるというものだ。

 セブン&アイ・ホールディングスから見れば、顧客の属性、購買、行動情報を一元管理し、誰がどこでどんな買物をし、どんな商品を求めているのかを学習できる。

 2022年7月時点の会員数は約2500万人。中期経営計画では2025年度末までに会員を5000万人に拡大する目標を掲げている。そして顧客に使ってもらうためのサービスの連携、サービスの幅を広げる取り組みを実施している。

『7iD』データが持つ4つの優位性とは?

 伏見氏によると『7iD』によるデータの優位性は4つ。1つはグループ内で共同利用ができ、横断分析が可能なこと。例えばセブン-イレブンジャパンが自社だけでは取れない他の事業会社(例えばイトーヨーカ堂)の顧客の購買行動のデータを使ってさまざまな戦略を打つことが可能になる。

 2番目はデータの幅が広いこと。リアルやネット、セブン-イレブンジャパンイトーヨーカ堂の日常的な使われ方に関する情報から、赤ちゃん本舗が持つベビー用品、他業態まで幅広い情報を把握することが可能になる。

 3番目はデータの発生頻度が極めて高いこと。購買頻度が高い業態はデータが多く発生し、データの鮮度がいい。1年前のではなく、直近の日のデータを使え、顧客の変化をリアルタイムで把握することが可能になる。

 4番目は顧客へのアプローチが可能なことだ。カード会員ではメールアドレスなど顧客の連絡先が分からないこともある。デジタル上で完結されている『7iD』は、顧客が好む商品のアプローチなどを直接行え、相互コミュニケーションが可能になる。

 セブン&アイ・ホールディングスは従来、商品を軸としたPOS(販売時点情報管理)データを中心に活用していた。現在はそれに『7iD』のID-POS(顧客属性付きPOS)データが加わり、属性や購買、購動を人の軸で捉える「誰が」という視点が付加された。現状は本部による販促系の活用が中心だが、今後は現場である店で使えるようにしたいという。現在はAI(人工知能)を用いた予測モデル、金融など小売り以外のデータを活用することに挑戦中だ。将来的には環境、ヘルスケア、食の問題も含めて社会全体に貢献できるようなデータ活用につなげていきたいという。

 ただ長年単品のPOSデータに依存してきたので、人軸で物を見るという発想への転換は、結構ハードルが高かったようだ。伏見氏は「データの活用や考え方の社内文化を変えていくことが必要だ」と考えている。

AIを活用した顧客嗜好推定モデルで顧客の潜在ニーズを刺激

 伏見氏は『7iD』データの具体的な活用例を3つ挙げる。

 1つ目は「顧客理解の深化」だ。「顧客嗜好分析」と呼ぶ手法で顧客の潜在的ニーズを把握する。

 2つ目は「商圏・個店理解の深化」。顧客を知るように、店を知ることにも『7iD』データを使っている。商圏が顧客のニーズに本当に合っているのか、出店した当時と今の顧客のニーズにずれはないのかを探り、個店のマーケットを「見える化」する。

 3つ目は「新たな収益基盤の確立」。まずは広告・メディア事業に活用する。伏見氏は1つ目と3つ目について説明を加えた。

 『7iD』データの活用例の1つ目、「顧客理解の深化」における「顧客嗜好分析」とは、AIを活用した推定モデルのこと。『7iD』には全国展開し単品販売量も多いセブン-イレブン、品揃えの幅が広いイトーヨーカ堂などさまざまなデータが集まってくる。このデータを使えば、顧客がどんなことに関心があるのかという顧客嗜好を見つけることができる。

 上図では顧客Aさん、Bさんの嗜好がグラフ化されている。これは必ずしも顧客が該当商品を購入したわけではなく、実際に購買がなくても「この商品をよく購入する顧客と似通った行動している人はきっと買うだろう」「こんな興味関心があるはずだ」という推定を示したものだという。

 このモデルを使って、グループの事業会社が共同で実証実験した。例えば美容に興味関心がある人たちのスコアを使って、セブン-イレブンジャパンイトーヨーカ堂ロフトが美容の商品を同じタイミングでお薦めしたところ、全ての事業会社で売上への効果が表れたという。上図の右側は、横軸は右に行けば行くほど美容に興味関心度合いが高く、縦軸は上に行けば行くほど購入比率が高いことを表す。これによって顧客の関心事は普遍であると分かり、グループ横断の施策が打てるようになってきたという。

 これを利用して、顧客ニーズを掘り起こしている。1つは新規顧客の拡大だ。『7iD』会員が利用する業態の幅を広げるということだ。例えばスイーツ好きの嗜好があるセブン-イレブンの顧客にデニーズデザート割引クーポンを送って、デニーズのスイーツをお薦めする。「グループ内のLTV(顧客生涯価値)は大きく向上するという結果も出ており、非常に有効だ」と伏見氏は話す。

 2番目はカテゴリーの拡大だ。商品の幅を広げるということ。セブン-イレブンで日頃コーヒーをよく買っている顧客にはスイーツ好きの嗜好があるという推定モデルがあるという。そこで当該者に情報を発信することで、初めてセブン-イレブンでスイーツを購入してもらえるという。

 3番目は購入頻度の向上。バスケットサイズを広げるということだ。例えばイトーヨーカ堂で月1回菓子パンを買っている嗜好スコアが高い顧客には、和菓子をレコメンドするなどの施策を打てば、毎週和菓子を買うようになるという。

『7iD』データを使って広告事業に進出

 さて『7iD』データの活用例の3つ目、「新たな収益基盤の確立」とは、具体的には広告・メディア事業への進出だ。最近はリテールメディアといわれている。背景には①顧客に合わせた配信ができるネット広告の市場が拡大している、②クッキー規制で第3者が発行するサードパーティクッキーが利用不可になり、小売り自身が持つファーストパーティデータの価値が高まっている―ことがある。

 セブン&アイ・ホールディングスが持つ『7iD』データは業態横断の販促・検証が可能になる。実際、広告主には「業態横断のデータでターゲティングをしたい」「グループ内で最適なチャネルはどこかを試してみたい」「どのメディアの店舗で購入したかという効果測定をしたい」というニーズがあるという。出した広告の効果も瞬時に判断できる。同社ではこのような強みを生かした事業が今後小売りの新たな収益になってくると考えている。

 今後『7iD』は質と量の両面で拡大し、プラットフォームの価値を広げたいという。物販のみならず「広告・メディア事業」の拡大も視野に、新たな収益源を確保し『7iD』のオープン化についてもチャレンジしたいという。顧客理解の深化については、前述の顧客嗜好分析を活用した顧客の好みに応じたパーソナルロイヤルティプログラムを展開したいと考えているという。

 伏見氏は最後に「①個客のデータは統合することによって小売が持つデータの価値は今後ますます高まる、②データは集めることが目的ではなく何に活用するのかが重要だ、③顧客のデータの活用では社内文化の変革が必要だ」と述べて締めくくった。

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