マンション建設最大手の長谷工コーポレーションは、これまでの施工累計戸数が69万戸(2022年11月末時点)を超える。全国にあるマンションの総数が680万戸超といわれるから、実に10戸に1戸は長谷工が手掛けた物件ということになり、設計や施工、管理・修繕ノウハウの蓄積も膨大だ。同社の池上一夫社長は、入社以来一貫して設計畑を歩んできた技術系トップということもあり、DX推進は自身の大きなミッションだと考えている。グループも含めた“オール長谷工”が展開する、DXの現在地から将来的な構想まで池上社長に聞いた。

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「DXアカデミー」を立ち上げ、社員の意識改革を促す

――社長就任直後の2020年4月よりDXを推進していますが、その狙いから教えてください。

池上 2021年3月期から2025年3月期までの5カ年の中期経営計画の中で、DX推進は重点戦略の1つとなっています。マンションの建設だけでなく、竣工後の管理やリフォーム、仲介はもちろん、住まわれる方の生活サポートもワンストップで提供していきたい。それらを実現していくには、長谷工グループが個社ごとに管理しているさまざまなビッグデータをデジタル化し、グループ横断でデータを共有していかなければなりません。

 DX推進にあたっては、3点を掲げて社内に発信しました。まず、従来よりも仕事を効率化して生産性を上げることで、もっと業績を伸ばしたり、より働き方改革を進めたりして、有給休暇や育児休暇などの取得もさらに促進しようと。

 2つ目は事業のハードとソフトに関わることです。ハード面ではDXの導入でモノ作りの質をさらに上げ、商品バリエーションを増やしていく。マンション建設はこれまで「少品種大量生産」が前提にありましたが、これからはパーソナルなニーズに対してマンションのハードの部分でも応えていく必要があり、「多品種大量生産」を実現するツールがDXなのです。ソフト面では、マンションに住まわれている一人一人のお客さまに、DXを通じて最適なサービスを提供していきたい。

 そして3つ目が、そうしたハード、ソフト両面の進化によって、これまでとは全く違うビジネスモデルの創出が可能になるということです。

――DX推進にあたり、まずどんなことから着手されたのですか。

池上 社内の膨大な書類やアナログ情報をデジタル化することがベースにないと何も始まりませんが、そういう意識改革はトップダウンだけではなかなか浸透しません。そこで2021年11月に「DXアカデミー」をスタートさせました。

 講師に東洋大学情報連携学部長の坂村健教授をお招きし、グループを含めた約8000人の全社員を対象にリモートで講義をしていただきました。多くの社員は「DXって要はデジタル化でしょう」と考えていたのではないかと思いますが、認識を改めてもらい、DXの本質や最終目標は何なのかを、しっかり理解してもらう。それが「DX意識改革プログラム」です。

 このカリキュラムがDXアカデミーの第1弾で、第2弾は2022年4月と8月に実施した、80人の選抜メンバーを対象とする「イノベーションリーダー育成プログラム」です。ここでは専門的なプログラミングの知識も得られるカリキュラムを組み、いわばDXのリーダーを担える人材の育成を主眼に置いています。今後、この80人の人材がそれぞれの所属部署やグループ会社で、DXアカデミーで得た知見を部下や同僚たちに徐々に伝えてもらうことになります。

社内の猛反発を受けながら挑んだ「BIM推進」

――池上社長は過去、2009年にエンジニアリング事業部長に就いた際、DXの先駆けともいえるBIM(Building Information Modelingの略。企画、設計、施工、維持管理などの建物ライフサイクルを通して属性情報を持つ3次元モデルを活用すること)の導入を提唱しています。

池上 今、非住宅を除く設計施工案件では、BIMを100%導入できる体制が整いましたが、浸透させるまでには10年がかりでした。

 設計部隊に3次元のBIMに切り替えようと話したところ、「CAD(コンピューターによる設計)に慣れ親しんで効率的な仕組みもあるのに、BIMでは仕事量が一気に増すだけで何のメリットもない。それに、苦労して3次元で作ったものから必要に応じて2次元でデータを切り出すこともあり、大変だ」と大きな反発を受けました。そこで、「確かに一時的に作業は増えるけれども、最終的には作業がこれだけ減り、設計や施工のミスもなくなる」と丁寧に粘り強く説明し、社外のBIMの事例も見せながら説得に当たったのです。

 現在、BIMは条件を入力すると間取りが自動配置できるような仕組みも独自に開発、導入しています。また、設計面のみならず、施工面でも大きく進化してきています。例えば、建築作業所の所員は紙の図面を持たずにiPadなどでアプリを活用して作業できるようになり、作業場と事務所との行き来が減りました。移動時間が削減されたことで実作業に充てられる時間が1日当たり30分から1時間増えた作業所もあると聞いており、それによって4週8休に向けた働き方改革の取り組みも進んでいます。

 加えて、「情報化生産」と呼んでいますが、BIMの施工データをエレベーターやサッシなどのメーカーとも共有し、そのデータをメーカーの工場にダイレクトに流して商品を生産してもらう流れもできている。その過程で2次元の施工図面そのものがなくなってきて、生産ロスが減り、現場の廃材も少なくなっています。

――設計段階はもちろんですが、いろいろな取引業者が関わってくる施工段階でも、BIMデータを利活用するのは当初は簡単なことではなかったのでは。

池上 当社には長年お取引いただいている約300社で構成する協力会社組織「建栄会」というものがあって、躯体、内装、外装、外構、設備、電気など、あらゆる専門工事会社が入っています。その建栄会の中にもBIM推進の部会を作ったのです。

 これは非常にうれしかったことですが、協力会社各社の意識や志が高く、「BIMの情報を施工で生かすためにこうしてほしい」といった提案が次々に出てきたり、設計部隊へのフィードバックもあって、施工現場のBIM、ひいてはDXがかなり進んできました。

――今ではゼネコン他社もBIMを活用した取り組みは実施していると思いますが、長谷工ならではの差別化ポイントや優位性はありますか。

池上 BIM自体は、大手設計事務所などは当社より導入が早かったですが、ゼネコンの中では当社の取り組みは先んじています。マンションの設計から施工、管理、大規模修繕、リフォームまでグループで一貫して手掛けており、BIMデータを横断的に利活用できる土壌があるからです。

 もっといえば、当社は設計、施工比率が100%に近いわけですが、ほかの大手ゼネコンは50%程度ですね。互換性のない設計では、施工段階でまた改めてBIMのモデルを作る必要が出てくるわけで、設計と施工が一貫でないとBIMはうまくいきません。その点、当社ではマンション竣工後もBIM情報が生かせるわけです。中計最終年度となる2025年3月期には、施工現場の生産性が現状比で2割程度上がる見通しで、DXはじめ、あらゆる生産性向上策により、今後、受注量が増大しても対応できる施工体制を整えていく考えです。

「BIM&LIM」を活用した新しい住まいの在り方

――設計、施工を司るのがBIMとすれば、マンション管理や大規模修繕、リフォームなどに関わるところではLIM(Living Information Modelingの略で長谷工グループの造語。マンション入居者のライフサイクルや建物・設備の状態、および利用状況などを見える化する仕組み)の取り組みも進めています。

池上 2018年ぐらいから「HASEKO BIM&LIM Cloud」の構想を始動させてきました。ハード面では、3次元のBIMデータ内にマンション入居後のメンテナンス状況も取り込んでいく。例えば、給水ポンプの品番が何で、いつ交換したか、あるいは機械設備や外壁などの修繕履歴情報ですね。いわゆる「デジタルツイン」で、BIMもいよいよそういう利活用フェーズに入ってきています。

 また、当社が保有する賃貸マンションでは、地震センサーや環境センサーの導入を開始しています。地震が起きた時、マンションがどういう揺れ方をしたか、あるいは建物の向きによっても、地震波の方向によっては損傷の度合いが違ってくる。環境センサーも、日当たり度合いによって当然、外壁の劣化状況が変わってくるわけで、将来的にはそうしたデータもデジタルツインに乗せられるでしょう。

 その結果、日当たりの良い南側に面した外壁は何年間隔で大規模修繕をしないといけないとか、日当たりの悪い北側の外壁はまだ修繕の必要性がない、などといったデータが可視化されてくる。センサーの情報から細かくデータを解析していくことは、大規模修繕費用を抑えることにもつながるわけで、それがハード面から見たBIM&LIM構想の一例です。

――ソフト面から見たLIMの進化はどんな仕組みが考えられますか。

池上 例えば、多世代共住型レジデンス「コムレジ赤羽」(東京・北区)は、当社が運営しているICTマンションですが、エントランスの自動ドアを顔認証で開閉可能とし、エレベーターの呼出ボタンを押すことなく居室階を自動で指定できます。また、マンション敷地内のカフェテリア、フィットネスルーム、コミュニティラウンジなど、共用施設の混雑状況表示やCO2濃度の計測により、3密回避や施設利用の最適化も図っています。

 

 こうしたセンサー機能は、われわれが独自開発した「まいりむ」というアプリとリンクしており、アプリを開けば、各種センサー等と連携して取得したそうした情報の確認がいつでも可能になっています。「まいりむ」は今後も新機能を追加し、御用聞きやコンシェルジュ的な、よりパーソナルニーズに対応したサービスを提供できるようにしたいです。

 ほかにも、グループでマンション管理受託を手掛ける長谷工コミュニティでは、「smooth-e(スムージー)」と呼ぶサービスを提供しています。マンション管理組合の理事会を設置せず、区分所有者全員参加型の管理受託サービスをするもので、修繕計画や管理状況についてアプリを使ってウェブ上で情報交換や議論をし、意思決定も行うツールです。

 よく、「管理組合の理事長や理事のなり手がいない」とか、「理事会が煩わしい」といった声を聞きますが、この「smooth-e」のアプリを使うことで、従来の理事会に代替するものができるわけです。現在、当社で管理しているマンションで導入を進めています。

 もう1つ、市川市千葉県)で「サステナブランシェ本行徳」という賃貸マンションプロジェクトを現在進めているのですが、かつて当社が施工したある企業の築古社宅を1棟丸ごとリノベーションする事業になります。国交省から「サステナブル建築物等先導事業(次世代住宅型)」にも採択されており、スマートホームシステムを導入し、より良い暮らしを実現するウェルビーイング住宅を目指しています。また、既存リノベーションでは国内初となる建物運用時のCO2排出量実質ゼロを実現させる予定です。

 異業種の企業とも協業して、快適な睡眠が取れる環境の部屋、あるいはバイタルデータを取って、洗面化粧台の鏡に現在の体温や血圧が表示されるような仕組みもあります。そういう最先端の実験住宅を作り、当社の社員にもモニターとして家族と一緒に住んでもらう予定です。そこで体験してもらったことをフィードバックし、改良を重ねていく予定です。

マンションもオーダーメイド的な住戸が作れる時代へ

――最後に、DX推進を踏まえた長谷工グループの将来の目指す姿は。

池上 ハード面では、先ほども言いましたように多品種大量の生産体制をしっかり作っていくこと。人それぞれ、住まい方は違います。そういう意味では、マンションの各住戸もスケルトン状態で販売し、契約したお客さまそれぞれのニーズを吸い上げた上で、1戸1戸オーダーメイド的な住戸を作る体制ができたらいいですね。

 それが実現できれば住戸仕様の自由度が格段に上がるだけでなく、同じ平米数の間取りでも、例えば、下限で2500万円、上限で5000万円まで幅が広がれば、お客さまごとに違うご予算にも応えられるのです。同時に修繕計画も変わるべきで、きめ細かくデータを集めたものを反映した計画を組めば、修繕積立金不足の解決にも資するでしょう。

 ソフト面では、お住まいの方それぞれのニーズに合った快適な暮らし、健康的な暮らし、そしてそのための照明や収納などを含めた空間デザイン、マンション内のコミュニティ形成など、さまざまなソリューションも提案していきたいですね。

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