退職金1,000万円を定期預金で持っていたとしても、10年後、今と同じ価値があるとはかぎりません。将来物価が上昇すれば、金額は変わらずともお金の価値が目減りします。本記事では、確定拠出年金アナリストで『役所や会社は教えてくれない! 定年と年金 3つの年金と退職金を最大限に受け取る方法』(ART NEXT刊)を監修した大江加代氏が、定年後に購買力を維持するのに有効な「投資」の方法について解説します。

退職金で投資デビューしてはいけない

「超低金利の普通預金や定期預金で退職金を管理するのはもったいない」と思うかもしれませんね。若いころから投資を続けてきて、投資のリスクを十分承知しているという人なら、退職金で投資をするのもいいでしょう。

しかし、多くの人は投資の経験も知識もありません。いきなり、退職金で投資デビューすれば絶対に失敗します。100%といってもいいでしょう。「人気のあるおすすめ商品ならばそこそこ稼げるだろう」と思っているかもしれませんが、そんな甘いものではありません。投資には、最低限の知識と、それ以上に強いメンタルが必要なのです。

投資がうまくいかない最大の原因は、感情のコントロールが利かなくなることです。

「投資なんて安いときに買って高いときに売ればいいんでしょ?」と簡単にいう人がいます。しかし実際は、価格が下がるとほとんどの人は、うろたえて損しているのに売ってしまいます。反対に、上がるとうれしくなって買い増しをします。感情を抑制できないと、結局高く買って安く売るという失敗を繰り返すことになります。

投資に耐えうるメンタルを作るには、「3割ぐらい減ってもいい」と思う金額までの範囲で始めて暴落を経験し大いに失敗することです。そう、失敗しないと学べないのです。

たとえば、毎月1万円ずつ3年間投資したとします。その間に3割ぐらい暴落して、慌てて売ってしまったとしても、損するのは36万円のうち10万円程度です。それで生活が破綻することはありません。悔しいけれど、「今回の判断は失敗だった」と学べるでしょう。

損失を出しても若いころなら、働いてまた稼げばいいわけです。しかし、定年退職後には巻き返しの時間はないのです。退職金2,000万円を一気に投資して、700万円減ってしまったとなれば、もう取り返しがつきません。

くれぐれも退職金全額を投資につぎ込むのはやめてください。

定年後の投資は購買力を維持することが重要

では、老後の投資はまったくNGかというと、そうではありません。

退職金から医療費や介護費などの不測の事態に対応するお金を確保し、それでもなお余裕があるならば、退職金の一部を投資にまわすのは大いに賛成です。

ただ、誤解してほしくないのは、定年後の投資の目的は「儲けるためではない」ということです。

投資をする目的は、大きく分けて2つあると思います。

ひとつは、積極的にリスクをとってたくさん儲けるという目的。これは、投資をする人のほとんどが目指すところだと思います。

もうひとつは、「購買力を維持する」という目的です。これは、お金の価値を減らさないための投資です。定年後には、この2つめの投資目的がとても重要な意味を持ちます。

たとえば、退職金1,000万円を定期預金で持っていたとしても、10年後、その1,000万円に今と同じ価値があるとはかぎりません。将来物価が上昇していけば、金額は変わらずともお金の価値が目減りします。

購買力を維持する方法は「長期」「分散」「継続」投資

お金の価値が目減りすれば、モノやサービスを手に入れるためより多くのお金が必要になります。そうすると、資産の減少も加速してしまいます。資産の寿命を縮めないためには、インフレに耐えうる購買力を持つことが重要です。

たとえば、長期的に物価上昇率が3%であるとすれば、それを上回る年利3~5%で資産を運用できれば購買力が維持できます。

そのために投資という方法が有効です。

その具体的な方法は、投資信託の積み立てです。毎月投資信託を一定額買いつけて、積み立てていくだけ。あとはほったらかしでOKです。むずかしいことは何もありません。

投資信託を毎月一定額、定期的に買いつけていくと、価額が上げ下げしても、高いときは少ない口数、安いときは多くの口数を購入することができます。

結果として平均取得単価が下がるのです。つまり、積み立てだと、「安いときに買おう」といった買うタイミングを考える必要がなくなります。

次に初心者を悩ませる問題は、「何を買うか」ということ。投資信託にはいろいろな種類があります。たくさんありすぎて何を買っていいかさっぱりわからないというのはごもっともです。

何を買えばいいかわからない人は、まずは、世界中の株式市場に投資をする国際分散投資タイプの投資信託から始めてはいかがでしょうか。

経済成長の度合いは、国や地域によってばらつきがあります。個々を見れば、調子のいい国もあれば悪い国もあります。しかし、まるごと買ってしまえば、リスクが分散され、リターンも平均化されます。

大儲けはできませんが、購買力を維持する目的ならば、世界の経済成長とともに「ゆっくりお金を増やす」投資が向いています。

投資のような価格が変動する金融商品での資産形成の基本は「長期投資」「分散投資」「継続投資」といわれます。「ゆっくり」「少しずつ」「続ける」ことがリスクを抑えて資産を増やすことにつながります。

[図表1]は、国際分散型の投資信託に毎月1万円ずつ積み立てた場合の実績です。

10年で2.0倍、20年で2.8倍、30年で3.9倍にも増えています。大儲けではありませんが、この間の物価上昇をはるかに上回る結果を残しているのです。

◆60代でもつみたてNISAは活用できる

幸いなことに、多くの人が80代・90代まで生きることを考えれば、60代でもある程度の長期投資が可能です。投資信託を長く積み立てる場合は、税金や手数料などのコストが安いほうが有利です。

そこで活用したいのが「つみたてNISA」などの非課税口座です。2024年から始まる新しいNISAでも「つみたて投資枠」があります。iDeCoには加入できる年齢や要件がありますが、NISAは、今年利用できる「つみたてNISA」も2024年以降の新しいNISAの「つみたて投資枠」も、18歳以上ならば誰でも始められます。

iDeCoのように掛金が所得控除になるわけではありませんが、運用益に税金がかかりません。また、引き出しも自由です。

お金が必要なときは現金化しやすいのも、高齢期に使い勝手がいい制度です。

2024年以降の新しいNISAの「つみたて投資枠」は、「つみたてNISA」と同様に、購入できる投資信託が長期の積み立て投資に適した商品のみに厳選されています。税金以外のコスト面でも販売手数料が0円(ノーロード)で、信託報酬も安いなど、金融庁が定めた要件に適合する商品しか販売されていません。

もちろん、国際分散投資タイプの投資信託もありますので、調べてみてください。

リスクを取りたくない人は「個人向け国債」

長期分散投資は資産寿命を延ばすにはとてもいい方法です。ただし、投資信託である以上、必ず利益が出る保証はありません。

リスクを取りたくないという人は、国債を買う方法があります。「個人向け国債変動10年」であれば変動金利型ですから、物価が上昇するときは金利も上昇します。

1万円以上・1万円単位で購入でき、元本割れの心配もありません。将来の物価上昇を完全にカバーするのはむずかしいかもしれませんが、少なくとも7~8割はカバーできると思います。

まとめると、老後の資産管理の基本は、退職金を取り崩さず、緊急時に備えて預金しておくこと。さらに、その一部を購買力維持のため、自分のリスク許容範囲に合わせて運用するということになります。

銀行のおすすめ金融商品を買ってはいけない

投資信託の積み立てをNISAを利用して始める場合も、口座開設や投資信託の銘柄選びは、まずは自分で調べて勉強してください。

わからないからといって、金融機関の窓口に夫婦でいそいそと相談に行くのはやめたほうがいいと思います。退職者というのは、金融機関にとっておいしい“カモ”です。あなたが儲かる商品ではなく、金融機関が儲かる商品を勧めてくるでしょう。

退職金が入ると、まず勧められるのは「退職金特別プラン」です。これは、定期預金と投資信託を組み合わせた商品です。その特徴は、定期預金に6%とか7%といった高い金利がついています。この金利はよく見ると「3ヵ月もの」など期間限定です。

それ以降は、0.002%という通常の金利に戻ってしまいます。さらに、セットになっている投資信託もつみたてNISAのラインナップのような手数料が安い商品ではありません。購入手数料だけでだいたい3%ぐらいかかりますから、1,000万円購入すると、購入した瞬間に資産が30万円減ってしまいます。

これだったら、ただの普通預金か定期預金に全額預けておいたほうが安心です。退職金特別プランに飛びつく人は、高い金利に目がくらんで、それ以上の手数料を支払っていることに気づいていません。

そういった、知識のなさにつけ込む金融商品は世の中にたくさんあるのです。

投資すべきかどうか判断する基準

◆仕組み債、FX、暗号資産etc.…わからないものには手を出すな!

どこの世界を探しても「楽して儲かるもの」などありません。「絶対値上がりするよ」「これはいい金融商品だ」といわれても、自分でしくみやメリット・デメリットを理解できないものに投資をしてはいけません。

この超低金利の中、高い利回りを前面に出して販売されてきた「仕組み債」はしくみが複雑で理解できない金融商品の代表格です。実際にはコストが年率8~10%もかかるといわれていますから、増やすことにはつながりません。説明を受けてもしくみがわからないような商品には近づかないのが賢明です。

また、数年前には、FXやビットコインなどの暗号資産で短期的に大きな利益を得る手法が話題になったことがありました。「簡単に儲かりそう」「やってみたい」と思う人もいるかもしれません。しかしこれらは投資ではありません。

投資とは、自分のお金をそれ自体の価値が向上するものに賭ける行為のことです。

たとえば、今、2兆円の利益を上げている会社があるとします。この会社の株を買って、10年後に5兆円の利益を出したとすれば、企業価値が上がり、株価も当然上がるわけですよね。これが投資です。

FXはどうでしょう。外国為替取引は単なる両替です。通貨の交換比率が変動することで利益を得ようとするしくみで、通貨自体が新しい価値を生み出すものではありません。

価値の向上ではなく、価格の変動にお金をつぎ込むのは投資ではなく投機です。

暗号資産はどうかというと、ただの決済手段で、それ自体に価値はありません。需要と思惑で変動する価格に賭ける行為ですから、これは投機ですらなく、ただのギャンブル。

「お金を増やす」ことに執着し過ぎて、これらに手を出しても資産寿命を延ばすことにはつながりませんから、気をつけてください。

大江 加代

株式会社オフィス・リベルタ

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)