(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)

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 政府が自衛隊スクランブル(対領空侵犯措置)に無人機を活用する検討に入ったとの報道がありました。

 スクランブルの回数が劇的に増えて空自の負担が増大する中で、政治家の発言を含めてそうした声はかなり以前から聞こえていました。

 その一方で、「現存している無人機は低速度で空対空戦闘に向かないものが多い」「緊急発進したところで速度が遅すぎるため対象機の領空侵入に間に合わない」などとして、無人機の活用は非現実的だとする意見も多く聞かれます。

 防衛省トルコ製のバイラクタルTB2(以下TB2と記述)や米国製のMQ-9リーパー(以下MQ-9と記述)などを調達し、実験を行う方向であることを3月4日日本経済新聞が報じました。これらはやはり低速な無人機ですが、限定的な空対空戦闘も可能な機種です。

 こうした無人機の対領空侵犯措置への投入に対しては異論も多く見られますが、私は必須だと考えています。

 それは、尖閣を失わないための、国際法上でのリーガルバトルのためです。

 以下では、スクランブルに対する誤解について解説しつつ、無人機投入の必要性について考察します。

スクランブルに対する2つの誤解

(1)「急いでいる」とは限らない

 英語のスクランブルには「慌てて(急いで)○○する」という意味があり、そこから戦闘機の緊急発進もスクランブルと呼ばれています。

 航空自衛隊の広報ビデオ(「空を守る (広報ビデオ)」YouTube)を見ても、それは見て取れるでしょう。

 低速度のTB2やMQ-9ではスクランブルの役には立たないという意見が出ることも当然と言えます。

 しかしながら、ここに誤解があります。スクランブルは、必ずしも英単語のスクランブルではありません。つまり、急いでいるとは限らないのです。

 一般に認識されているスクランブルは、正確には「ホットスクランブル」というものです。急いで対応しないと未確認の飛行物体が領空に侵入してしまうケースで発令されます。これは何らかの理由で警戒管制組織が十分に機能しなかった場合です。

 レーダーが遠方で未確認飛行物体を捉えていれば、ある程度余裕をもって、慌てることなくスクランブルを行い対処することができます。

 ところが、まださほど領空侵犯の危険性が高くない段階でスクランブルすると、必然的に件数が多くなります。発進した後に、実はスクランブルする必要がなかったと判明することもあるからです。情報の伝達ミス、トランスポンダや無線機の設定ミスなど、さまざまな理由で、実際には必要のないスクランブルが行われることがあります。

 また、早めにスクランブルを行うと、早く離陸した分だけ、長時間の対応が必要になります。燃料が切れそうな場合は、対処の途中でスクランブルした編隊を交代させるため、多数機をスクランブルさせなければならなくなることもあります。こうした早めの対応は、結果として戦闘機部隊の負担を増大させます。

 以前のスクランブルは、この早めの対応を採っていました。しかし、中国機の活動増大などのため、現在では早めに対象機を捉えていても、ギリギリのタイミングでスクランブルを行うよう対応を変えています。そこまで自衛隊は負担を強いられているということです。

(2)必ずしも高速である必要はない

 また、「スクランブルには高速度が必要」という認識も必ずしも正確ではなく、誤解されていることがあります。

 かつて日本の領空に接近する航空機は、戦闘機爆撃機でした。比較的低速度の爆撃機であるロシア製のTu-95ベアであっても、巡航速度は時速700キロを超えていました。

 ところが、長時間滞空性能に優れた低速度の無人機が我が国領空に接近するケースが増えています。尖閣方面などへの接近事例がある中国の無人機BZK-005の巡航速度は時速219キロと言われています(その一方滞空時間は40時間に及びます)。

 航空自衛隊がパイロットの訓練で使用している初等練習機のT-7でも、巡行速度は時速296キロです。T-7に更新される前に使用していたT-3でも、巡行速度は時速254キロでした。BZK-005はそれよりもさらに低速度です。

 高速を出しやすい戦闘機にとって、低速度で飛行することは困難です。

 こちらのツイートに張られた写真は、T-3がF-15F-2と同じ速度で飛行している際の写真です。

 低速度のT-3に速度を合わせるため、F-15F-2は、機体を上向き(高迎角)とし、エンジンのパワーで飛んでいるような状態になっています。このような飛行は、燃料を余分に消費するため、戦闘機の決して長くはない滞空時間がさらに減少してしまいます。

 実際に、BZK-005のような低速度の機体が日本に接近してきた際、機体の細部を確認したり写真撮影を行うために上記ツイートのような飛行をすることもありますが、基本的には近傍で旋回するなどして、余分な燃料消費を防ぎながら監視を行うことになります。気球が接近してきたケースでも同様です。

 それでも、滞空性能に大きな開きがあるため、BZK-005のような機体が飛来した場合には、複数編隊が交代で対処しなければなりません。

 また、各編隊が可能な限り長時間の対処を行うため、翼下に増槽(追加の燃料タンク)を3本も取り付ける3タンク運用を行います。3タンクでは、高速度を出しにくい上、重量も大きくなるため離着陸での難易度も上がります。

 3月6日、新田原基地からスクランブル発進しようとしたF-15が、離陸滑走中にエンジントラブルが発生したため滑走路逸脱事故を起こしました。この際も3タンクでした。増槽が少なければ、滑走路を逸脱することなく停止できたかもしれません。

撃墜せず「継続した監視」を行う理由

 上記の現実問題を指摘すると、「継続した監視などせずに撃墜すればいいではないか」と思われる読者もいるかもしれません。

 もちろん、撃墜すれば我が国の領土も主権も守られます。しかし、不必要な緊張を高める結果ともなり、望ましくありません。

 ここで問題となるのは、誤解というよりも、「そもそもなぜ対領空侵犯措置を行う必要があるのか」という問題に対する認識です。

「侵略を防止するため」という答えは、決して間違いではありませんが、点数を付けるなら100点満点中せいぜい10点です。

 他国の航空機が、尖閣をはじめとした領土問題に関係する離島に接近する意図には、我が方の動きを確認するという偵察が目的の場合もありますが、最大の目的は異なります。それは、その空域での飛行頻度を高め、国際司法裁判所において実効支配を主張できるだけの実績を積み上げるためです。

 そして、そのために自衛隊の負担となる飛行を繰り返し、我が方が対応できなくなる状況を作り出そうとしているのです。

 これに対抗して我が国が行わなければならないのは、接近してくる航空機が無人機であっても確実に対応し、尖閣などの周辺空域から去るまで監視と警告を続け、領空に侵入することがあれば撃墜するという動きを確実に取り続けることです。これによって、その空域を我が国が実効的に支配していると主張することができます。

 海と空では適用される国際法が異なるため対応も異なりますが、スクランブルにおいて滞空性能の高い無人機を使用する目的は、海上自衛隊が、戦闘能力が極めて低い哨戒艦を導入する目的と根本は同じです。戦闘よりも、国際司法裁判所において主張できるような実績を積み立てるためなのです。

 BZK-005のような長時間滞空型の無人機に対しても、有人の戦闘機で対応できれば良いのですが、それは部隊にとって膨大な負担となります。そうした機体が飛来した際は、こちらも同様の長時間滞空が可能な無人機によって対応せざるを得ないのです。

 なお、海自の件にも触れたので誤解されないように付言しておきますが、航空自衛隊が実施している対領空侵犯措置は国際法上の「自衛権」に基づく活動ではなく、「管轄権」という、領域を統治する権能に基づいた行為です。

 対領空侵犯措置は、海上においては主に海上保安庁が、陸上においては警察が実施している領域警備の一環として行われます。空においては、(通常は各国とも軍隊が実施していますが)空からの不法入国を取り締まる警察権に基づく活動と言えます。

尖閣上空の実効支配を保ち続けるために

 日経の報道によれば、政府はTB2やMQ-9のような機体を自衛隊に導入の上、まずは艦船を追尾する段階から始めるようです。無人機の運用ノウハウを積み上げた上で、スクランブルにも対応してゆくということです。

 恐らく、これらの無人機を尖閣などスクランブルの要求が高い空域に滞空させ、海上での領域警備と、空での領域警備を兼務させる構想なのでしょう。

 戦闘機など、接近してくる航空機が高速の目標に対しては、従来通り有人機による対応になると思われます。その場合でも、日本側の無人機が確実に尖閣上空に存在しているため、より高いレベルで実効支配していると言えます。

 尖閣が那覇基地から遠く、むしろ距離は中国の方が近いこともあり、尖閣上空の実効支配は徐々に怪しい状況になっています。

 尖閣の領有権に関して、中国が国際司法裁判所への提訴に同意しないのは、現状では日本が実効支配しているからです。上空を中国機が我が物顔で飛ぶ状況になれば、むしろ中国は提訴すべきだと言うでしょう。

 そのような日を迎えないため、無人機による対領空侵犯措置(スクランブル)は急務の施策なのです。

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離陸する航空自衛隊のF-15戦闘機(資料写真、SSgt Jim Araos, Public domain, via Wikimedia Commons)