全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも名古屋の喫茶文化に代表される独自のコーヒーカルチャーを持つ東海はロースターやバリスタがそれぞれのスタイルを確立し、多種多様なコーヒーカルチャーを形成。そんな東海で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真】黒川さんが撮影したコーヒーセレモニーの風景

東海編の第13回は、名古屋・鶴舞にある「喫茶クロカワ」。かつてアフリカ、中南米、インドなどの国々を旅していたという店主の黒川哲二さん。エチオピアで体験したコーヒーセレモニーをきっかけに、一杯のコーヒーに込められたもてなしの心に感銘を受けた。旅、音楽、心地いい空間。黒川さんが興味を惹かれる存在は、ことごとくコーヒーと結びついていく。「店のスタンスとして、喫茶であるということを大事にしています。一杯のコーヒーを飲んで、楽しんでいただける場所でありたい」。まもなくオープン10年の節目を迎えようとする今、「コーヒーはロマン」と穏やかに笑う黒川さんが、コーヒーを介して込めてきた想いを探ってみたい。

Profile|黒川哲二(くろかわ・てつじ)

1971(昭和46)年、愛知県刈谷市育ち。2005年、アフリカを縦断した際にエチオピアを訪れ、日本とは異次元のコーヒー文化に出合う。帰国後、イベントやケータリングでコーヒーを販売するようになり、自己流で焙煎や抽出を研究。1960年代の建物をリノベーションして、2014年に「喫茶クロカワ」をオープン。

1960年代のレトロな建物をリノベーション

名古屋市民のオアシスとして親しまれている鶴舞公園の北側にある「喫茶クロカワ」。南山大学などを手がけたアントニン・レーモンドが設立したレーモンド設計事務所による1960年代の建物は、建築ファンにとっても心惹かれるものがあるだろう。この辺りは大通りから少し中に入るだけで途端に人影がまばらになり、都会のエアポケットのような印象を受ける。

「自分で店をやろうと思った時、出店したいと思うエリアに出かけて、自転車で走りながら物件を探していました。ここは、知人から『いい場所があるよ』と教えてもらったんです。すごくいい雰囲気の建物だったので、大家さんを探して、直接交渉をしました」と話すのは、店主の黒川さん。設計当時の状態に戻していくイメージで、約1年かけて内部全体をセルフリノベーションした。コーヒー豆のサンプルや本などが並ぶ棚は解体した時に出てきた廃材を使って作ったもので、経年によるラワン合板の深い色味が空間に馴染んでいる。

店内に置かれた机や椅子の一部は、学校の備品だったものを再利用。「誰にとっても居場所になれれば」との想いから、多くの人にとって馴染み深い学校のような雰囲気を意識したという。言われてみれば、販売品のディスプレイに使っているのが理科室にありそうな秤だったり、コーヒーの抽出に使うケメックスや水出しコーヒー器具がフラスコやビーカーを思わせる形だったり、どことなく学生気分を搔き立てるデザインが机や椅子に限らず散見していた。

■印象的だったエチオピアのコーヒーセレモニー

黒川さんのコーヒーに対する想いは、エチオピアのコーヒーセレモニーに大きく影響を受けている。旅が好きで、発展途上国などを訪れては現地の様子を撮影していた黒川さん。2005年、南アフリカを訪れ、そのまま北上してアフリカ大陸を縦断した。旅の最後に訪れた場所が、エチオピアアフリカ大陸にあって一時期(1936〜41年)を除いて植民地になったことがない国であり、コーヒー発祥の地とも言われ、コーヒー文化が生活に根付いている土地柄だった。

コーヒーセレモニーとは、エチオピアでは結婚などさまざまなな生活の区切りにも行われる伝統的なもてなしの作法。香を焚き、話をしながらコーヒー豆を煎って、粉にして、お湯を沸かし、ポットの中に粉を加えて煮出していく。およそ2、3時間をかけて、3杯のコーヒーを飲むのが基本だ。「エチオピアで仲良くなった子供のお母さんが、コーヒーを淹れてくれました。品質のいいコーヒーは主に輸出されるので、現地の人々が飲むコーヒーは決して洗練されたものではありません。むしろ土臭い、素朴な味わいでしたが、温かいもてなしの心を感じさせるものでした」

エチオピアでのコーヒーセレモニーに感銘を受けて帰国した黒川さんは、一旅行者の旅の記録として自らが撮影した写真をイベントに出展。さらに、現地の豆で淹れたコーヒーを会場で販売することにした。「エチオピアイタリアによる統治時代があり、イタリア文化の影響を受けています。だから、日本で一般的なドリップコーヒーではなく、ビアレッティの直火式エスプレッソマシンでマキアートを淹れました。自分で抽出したコーヒーでお金をいただいたのは、この時が初めてです」と話し、店を営む出発点だったと振り返る。これを機にイベントやケータリングでコーヒーを提供するようになり、エチオピアで購入した豆がなくなると手振り焙煎を始めた。次第に、手網にガラスのフタを付けてみたり、網の周りを加工してみたり、いろいろと工夫を重ねて小さな焙煎機を作り、ガスバーナーで煎るといった方法を試すように。焙煎への追究は止まず、ついにはワイルド珈琲の小型焙煎機を購入。「コーノ式珈琲塾」を受講し、焙煎機の基本的な使い方を学ぶに至った。

■コーヒーチェリーに秘められた甘さにグッとくる

店をオープンしてからは、80年代の製造とみられるフジローヤルの直火式焙煎機を使っている。「直火の味が好きで、甘味のあるコーヒーが好きです。だから、自分の好きな塩梅で感じられる甘味を意識して焙煎具合を決定しています。ある程度深く焙煎しないと自分の好きなコーヒーの甘味は引き出せないので、必然的にほとんどの豆が中深煎り以上ですね」。同じ豆を同じように焙煎していても、毎年同じ味にはならない。もっと言えば、ロットが違うだけで味が変わってしまう。これは農作物だから当然のことだ。そんな生豆の良さを生かすように、焙煎での微調整を意識してきた。

「また、素材の良し悪しが味の大部分に影響を与えるので、生豆は精製方法にまでこだわって自分の好きな味を選んでいます。同じ豆でも、精製方法が違うとキャラクターが変わってきます。ナチュラルには味わいの厚み、甘味に加えて独特の発酵臭を感じることがあり、これが好きだったんですよね。コーヒーチェリーの実の甘さというか、どれだけの味わいが豆の中に閉じ込められているのかを感じられるとグッときます。最近はウォッシュドにもナチュラルとは違った魅力を感じ、扱う割合が増えてきました」

ナチュラルとは、果肉を残したまま乾燥させてから豆を取り出す方法。一方、ウォッシュドとは、果肉を取り除いて水洗いしてから乾燥させる方法だ。さらに、ブレンドをしない点にも黒川さんの強い想いがある。意図的に味を作るということをせず、それぞれの豆の味を楽しんでもらえるラインナップをそろえた。

黒川さんが焙煎で目指した甘味を表現する抽出については、ネルドリップという選択肢もあったが、ケメックスにペーパーフィルターを合わせる方法に落ち着いた。「ステンレス製のメッシフィルターを使うとフレンチプレスみたいなトロみのある味わいになり、これも好きなんですが、今の方法がトータルで一番バランスの取れた淹れ方かなと思っています」

細かい時間や温度を測ることはなく、注文を受けたら豆を挽き、一杯ずつ心を込めて抽出する。豆のグラムも、細かく計測しているわけではない。「大体、沸騰したヤカンからポットに移し替えるだけで90度前後くらいまで温度が下がります。一投目と二投目の間の蒸らし時間は、体感として1分弱。豆の膨らみが十分になった頃合いにお湯を落としていきます」

黒川さんにとってコーヒーを淹れるという行為は、この一杯にどれだけもてなしの心を込められるかが大事なのだろう。抽出する黒川さんの姿を見て、そんなことをふと思った。自分の好きな味を真っすぐに追求する姿勢にはコーヒーへの愛情が溢れていたが、抽出する様子からはもてなしの心を感じさせるコーヒーセレモニーとの共通点が読み取れる。

■一杯のお茶を喫する場所が「喫茶」である

コーヒーのお供に作られたスイーツも、「喫茶クロカワ」の魅力を語るうえで外せない。「イベントやケータリングをしていた時に、コーヒーに合うスイーツがあったらいいなと思って考えました。お客様のリアルな反応を知れたことは、今の店を営むうえでも大きな収穫でした。土地を耕さない自然農で米や野菜を作る『農塾』に参加したことから野菜の加工や保存に興味を持ち、独学で果物を使ったシロップ作りも始めました。これを生かして、夏には自家製シロップかき氷をご用意しています。コーヒーのエキスと椰子砂糖で作る自家製シロップかき氷を目当てに足を運んでくださる方もみえますよ」。いずれ体制が整ったら、軽食もスタートさせる予定だという。

「喫茶クロカワ」には、黒川さんが感銘を受けたコーヒーセレモニーを実践する場という一面もあるに違いない。それは、店名に掲げられた「喫茶」という言葉からも想像できる。「コーヒー専門店というと、少し敷居が高い気がしてしまって。一杯のお茶を喫する場所として、気軽に訪れてほしいです。おいしいコーヒーがあって、いい音楽があって、気持ちのいい空間があれば、それだけでかなり満足度は高いと思うんです。この純度をどれだけ上げていけるのかを考えて、これからも店を続けていきたいと思っています」

黒川さんレコメンドのコーヒーショップは「珈琲だけの店 びぎん」

名古屋随一の繁華街である栄のど真ん中にある『珈琲だけの店 びぎん』をおすすめします。私が学生の時、先代の頃から何度もお邪魔していた老舗のコーヒー店。店主の加藤さんは、店を継ぐ前に名古屋・東山の『自家焙煎coffeeマド』を営業していて、そちらへもよく伺っていました。加藤さんはおそらく、焙煎する時に細かく温度を計測していないと思うのですが、それでも完成したコーヒーを飲んだ瞬間『おいしい』と思いました。この直観的な焙煎は非常に興味深いですね。これからどうなるのか展開が楽しみな店であり、今一番気になる店です」(黒川さん)

【喫茶クロカワのコーヒーデータ】

●焙煎機/フジローヤル直火式3キロ

●抽出/ハンドドリップ(ケメックス)、ウォータードリップ(oji水出しコーヒー器具)

●焙煎度合い/中煎り~深煎り

●テイクアウト/あり

●豆の販売/100グラム600円~

取材・文=大川真由美

撮影=古川寛二

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心を込めてコーヒーを抽出する店主の黒川さん