コミックの映像化や、ドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回は、作者・押見修造さんの『血の轍』をピックアップ。

【漫画】“ママ”の衝撃的行動に驚きの声「しんどい」「描写が素晴らしい」

2017年からビッグコミックスペリオール(小学館)にて連載されている本作。母親とその息子の歪んだ関係性を数十年の歳月とともに描き、毎回読者の心をえぐるような衝撃の展開かつ卓越した画力が話題になっている。作者の押見修造さんが、本作の要ともいえる第5話「きれいな場所」と第6話「微笑」(ともに1巻収録)を1月30日にTwitterに投稿したところ、1万以上の「いいね」が寄せられ反響を呼んだ。この記事では、押見修造さんにインタビューを行い、創作の背景やこだわりについてを語ってもらった。

■親戚との山登りで優しいママの態度が一変…感情あらわな生々しい“顔”も話題に

小さい頃から一人息子である静一を溺愛してきた“ママ”・静子。静一にとっても、常に愛情を注いでくれる美しいママを大切に思っていた。ある日、静子と静一は親戚たちとともに山登りに訪れる。山頂付近で談笑しながら持参した昼食を食べ休憩していると、いとこのしげるが静一に探検しようと声をかける。半ば強引に連れ出され、戸惑いながらもついていく静一。蝉がうるさいほどに鳴く山中を進むと突然視界がひらけ、高い崖の先端に立つしげるを見つける。

「早く来なって!」と叫ぶしげるだが、これまでの経験から彼の言動に不信感を抱く静一は、近づくことを拒んでいた。そこに、心配した静子が後を追ってやってくる。「危ないよ?そんなところ立ったら」という静子の言葉に、しげるは「ほんと過保護だいねぇ!」とふざけて見せるも、バランスを崩して後ろへと倒れそうになってしまう。すぐに駆け寄った静子がその体を抱き寄せたため転ばずに済んだものの、しげるはまだ悪態をついていた。

体を支えていた腕をゆっくりと離し、何も言わずにしげるを見つめる静子。そんな2人の姿を静一は離れたところから見守っていた。黙り込む静子の様子を不思議に感じたしげるは「おばちゃん…?」と呼びかける。それでも静子は応じず、無言で向き合う2人。しばらく沈黙が続いた後、静子はいきなり両手でしげるの体を強く押し、崖の下へ突き落とす…。

優しいママだった静子の態度が一変し、読者が予想だにしない衝撃の展開を迎える本作。また、圧倒的画力で描かれる登場人物の繊細かつ生々しい“顔つき”も話題を集め、Twitter上では「めちゃくちゃ引き込まれた」「しんどい」「些細な事がきっかけだったんだよな…」「描写が素晴らしい」「母になる前に反面教師的に読みました」など多くのコメントが寄せられた。また、押見修造さんのTwitterでは親子関係が壊れたこの日から20年後の静一の姿を描いた第111話「父の来る日」(13巻収録)も公開され、反響を呼んでいる。

■過去の記憶から造形し“本当”を感じられる物語に 作者・押見修造さんが語る創作背景とこだわり

――『血の轍』では、母子の不安定で歪んだ関係性が長い月日の中で描かれています。本作を創作したきっかけや理由があればお教えください。

私は漫画を描く際に「他者」を必要としていました。主人公の男の子が、他者としての女の子と出会う(あるいはその逆)、という物語を描いてきました。この「他者」とは誰か?ということを突きつめて行った結果、自分にとってはその根本に「母親」がいるということに行き当たりました。

それは実際の私の母親でもあり、母親の中に私が感じとった精神のあり方のようなもの、母の中に潜んでいた(と私が遡及的に感じている)原理のようなもの、でした。それに対して私は、自分が殺されそうな苦しみを抱えていて、いやかつて一度殺されたような、今も死んでいるような感覚から抜け出せないでいて、どうにかしてそこから抜け出したい、抜け出すためにその母親の原理を徹底的に見つめ直したい、と思いました。

――狂気をはらんだ母親・静子と、そんな母親から愛情を注がれながらも少しずつ蝕まれていく静一、それぞれのキャラクターはどのように生み出されたのでしょうか。

端的に言えば、自分の記憶から造形しました。実際には起こらなかったけれど、あり得た過去、「本当の過去」を注意深く想像して、それを思い出すような感じです。ですからキャラクターを生み出した、と言う感じはまるでなくて、過去を思い出した、と言う感覚です。

「本当の過去」は、油断をするとつい「作られたお話」になってしまいます。読者を退屈させないようにしよう、面白くしよう、とするとつい「作って」しまいます。「作り」をゼロにはできないけれど、その向こうに「本当」を感じてもらえるようにしたい。それに常に気をつけて、ちゃんと「思い出そう」とするのが最も難しい点です。

――作中、登場人物たちの複雑な感情があらわになった生々しい表情描写も印象的です。押見修造さんが作画する際にこだわっている点や、特に意識している点があればお教えください。

先に言ったような「本当の記憶」は、現実の風景、現実の表情として思い浮かべる事ができます。それは実際の記憶のようにぼんやりしてはいるのですが。それをなるべく、それ特有のニュアンスを失わないように絵にします。自分で演技してその顔を写真に撮って参考にしたりもします。

――本作の中で、押見修造さんにとって特に思い入れのあるシーンやセリフはありますか?理由とあわせてお教えください。

正直、思い入れというものを抱けない(それは物語を作る、組み立てることに喜びを見出す人に特有のものだと思うので…)のですが、要望に応えるとすれば、静子がしげるを突き落とすのを見た後、視界が曖昧になり、震える手を見るシーンです。よく「思い出せた」感触があったので。

単純に、労働として、線をたくさん引いたページは(3巻の、静子が静一の口に指を突っ込むシーンなど)頑張ったな自分、と言いたくなります。

13巻以降の静一が大人になった後は、描く気分が少し変わりました。漫画に書いたことが、現実の自分に影響する度合いが増しました。静一の精神状態が悪化すると、私も抑うつ状態になりました。彼が吃ると自分も吃ります。反対に彼が良くなると、私も良くなります。

――読者の心をえぐる凄絶な展開で長年にわたり話題を集めている本作ですが、今後の展望や目標がありましたらお教えください。

最後まで、「作ら」ないように、ちゃんと「本当の記憶」を思い出し、願わくはこの苦しみを抜け出して、あるいはどこか別のところに行き着いて、物語を閉じられたら良いなと思います。その先に新しい物語があると最高なのですが、何もないかもしれません。

――最後に作品を楽しみにしている読者やファンの方へ、メッセージをお願いします。

この作品は、「楽しみにする」ような作品なのかどうかわからないのですが、読者の方が、それぞれの「本当の記憶」を思い出す呼び水になるのなら、少なくとも本になった意味はあるかなと思います。読んでいただきありがとうございます。

『血の轍』より/(C)押見修造/小学館