(宇山 卓栄:著作家)

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日本企業への求償権を放棄したわけではない

 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領3月16日から2日間の日程で、就任後初めて、日本を訪問し、岸田文雄首相と首脳会談を行います。2国間外交のために韓国の大統領が来日するのは12年ぶりのことです。

 これに先立つ6日に韓国政府は、元徴用工訴訟問題で、日本企業の賠償支払いを韓国の財団が肩代わりするという「解決策」を正式発表しました。

 岸田首相はこの発表を歓迎し、徴用工問題解決に向けて、両国政府が事実上、合意した形になっています。   

 しかし、日本がこのような韓国側の「解決策」を認めて首脳会談を行い、韓国と関係改善を図ることは、将来に禍根を残す恐れがあります。

 尹政権は従来から、賠償金を基金や財団が肩代わりするという「代位弁済方式」を提案していました。日本側の実害を軽減するために、妥協的「解決策」を提起しているのだとしています。

 実際は、肩代わりした後で日本企業へ支払いを求める権利(求償権)は放棄されていません。

 また尹政権は、これを「解決策」と言っていますが、「日本人が韓国人を強制徴用し、不法行為を働いた」という主張を変えているわけではありません。

国際司法での争いになれば不利に働く可能性も

 つまり、この「解決策」に乗るということは、日本が自らの不法行為を認めるということにほかならないのです。

 今後、韓国で政権が変わり、この問題が国際司法の場に持ち込まれれば、日本が負ける可能性があるのです。下手をすれば、2015年の慰安婦合意よりも大きな国益の損壊につながりかねません。

 2018年10月30日、韓国の大法院(最高裁判所)が下した徴用工判決は、国際法違反であるとする見解があります。しかし、必ずしも、そうとは言い切れません。

 日本側は1965年の日韓請求権協定により、両国間の請求問題が「最終的かつ不可逆的」に解決されたという立場ですが、実際には、この立場はもろいものです。

 2018年の大法院判決は、1965年日韓基本条約に付随する形で締結された「日韓請求権並びに経済協力協定」の合意内容を認めています。すなわち「日本が韓国に経済支援を行うことで、この協定の署名の日までの両国及び国民の間での請求権は完全かつ最終的に解決される」という合意を、判決はまず、認めているのです。

 その上で判決文は、日本の不法な植民地支配下でなされた強制動員への「慰謝料」としての請求権を認めるとしています。

「不法行為に対する慰謝料」は文在寅政権と変わらず

 未払い賃金や補償金などの民事的な請求は、1965年の請求権協定により日本に求めることができません。そのため、精神的な「慰謝料」という概念を新たに持ち出し、通常の民事的な請求とは一線を画して、日韓請求権協定による合意をうまくスリ抜けているのです。

 1965年の請求権協定が締結された際、日本政府は過去の不法な植民地支配の非を認めなかったので、請求権協定はその不法性に対する賠償についてカバーしていない。その限りにおいて、不法性に対する賠償権はいまだ有効である——。韓国大法院は、そう結論づけているのです。

 そして、日本の不法行為に起因する賠償権を具現化するために、原告に精神的な「慰謝料」を払えという判決を下したのです。

 大法院は元徴用工の賠償権を認めるとともに、「日本の朝鮮統治が不法であった」とする「歴史に対する弾劾」を行いました。

 この「統治の不法」という論理をベースにすれば、慰安婦などの諸問題を「不法行為に対する慰謝料」という形で裁くことができるようになってしまいます。

 今日、尹政権は「代位弁済方式」と言っていますが、その前提にあるのは「不法行為に対する慰謝料」という概念であり、これ自体、文在寅政権時のスタンスと何も変わっていないのです。

危機感が希薄な日本政府

 もし、この問題が国際司法の場に持ち込まれたら、どう転ぶかわかりませんし、相手がどういうロジックを展開するかもわかりません。

 この問題に関して日本人の多くは、国際世論が日本に味方してくれると思っているように見えますが、まったく油断できないのです。

 また「時効だから大丈夫」という意見もありますが、そうではありません。

 1968年の第23回国際連合総会で採択された「戦争犯罪及び人道に反する罪に対する時効不適用に関する条約(Convention on the Non-Applicability of Statutory Limitations to War Crimes and Crimes against Humanity)」では、人道犯罪に時効はないと取り決められています。

 韓国がこの条約を基に「不法な植民地支配」を人道犯罪と結び付けて訴えれば、国連や国際社会がどう反応するかはわかりません。国際世論に正論が通じるとは限らないのです。

 にもかかわらず、日本政府はこういうことにキチンと備えをしているのか疑問であり、危機感が希薄なように見えます。

なぜ「(日本は)盗っ人猛々しい」が出てきたのか

 2019年2月、当時の韓国国会の文喜相(ムン・ヒサン)議長は、天皇陛下について「戦争犯罪の主犯の人の息子」などと発言しました。

 記者から発言の撤回や謝罪をするつもりはあるかと問われたのに対し、「撤回や謝罪する考えはない」と答え、「謝罪すべき側(日本)がせずに、私に謝れとは何だ。盗っ人猛々しい」と言い放ちました。

 さらに、文氏は「戦争や人道に関連した犯罪には時効がない」と付言しています。文氏がこういう強硬発言をしたのには、根拠があるわけです。

 慰安婦問題については、日本政府や軍が組織的な人身売買行為を行った事実や証拠は存在しませんが、徴用工問題において、韓国側が主張している強制労働の事実がまったくないとは言い切れません。

 朝鮮現代史専門家の外村大・東京大学教授は、徴用工について実証的に強制性をうかがわせる記録(行政や軍の記録)の論証をしています。

 一方で、残念ながらと言うべきか、この外村教授の膨大な研究成果に対し、有効な反証ができている研究者は見当たりません。

歴史認識を後回しにしてはいけない

 第2次世界大戦の末期において、日本人も韓国人も同じように、戦時強制動員されました。両者とも同じ扱いだから問題ない、とはいきません。強制性があったということに、変わりはないからです。

 徴用工判決は、日本の「不法な植民地支配」によって傷つけられた人権・人道問題への補償という新しい争点を設定し、1965年の請求権協定で規定された通常の民事的な枠組みとは別に下されたものなのです。

 このような点からも、もともと日本の立場は危ういものでした。

 この危うさに加え、今回の韓国側の「解決策」を受け入れ、日本が不法行為をしたことを自ら認めるようなことをすれば、国際社会に間違ったメッセージを発することにもなります。日本側が賠償金を払わないから良いという問題ではありません。

「日本の不法統治」は歴史の事実ではないことを韓国に認めさせなければ、何の解決にもなりません。それをせずに、なし崩し的に手打ちをしては、解決とはほど遠いと言わざるを得ません。

 歴史認識は決して後回しにされるべきではないのです。

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「徴用」問題の解決策を発表する韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(写真:AP/アフロ)