(古森 義久:日本戦略研究フォーラム顧問、産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 アメリカの政治を長年考察してきて、その政治を伝える主要な新聞やテレビの党派性による偏向をいやというほど実感させられた。国際報道では優れた実績を誇る大手の新聞やメディアのほとんどが、国内の政治の報道となると、もっぱら民主党支持に傾斜した偏りをみせるのだ。

 民主党大統領や議員に関する悪い出来事は決して大々的には報じない。無視することも珍しくない。逆に共和党側の政治家の動きにはきわめて厳しい姿勢をとり、負の部分を拡大して、なおかつ継続的に伝え続ける。

 アメリカの大統領選挙ではほぼすべての新聞はどの候補を応援するかを「支持(Endorse)」という形で表明する。ただし厳密にはその支持は社説で表明する。新聞は他のニュース・メディアと同様にその機能を報道と評論の2つに区分する。少なくとも建前としてはそうである。

 新聞社としてどの政党のどの候補を支援するかを明らかにするのは、そのうちの評論の部分、つまり社説での意見の表明ということになる。報道ではあくまで中立、不偏不党という立場を掲げるわけだ。

 だが報道と評論の区別、中立と主張との区分というのも、言うは易し、現実にはその明確な区分は難しい。新聞の記事をみても、筆者側の意見をまったく出さない報道記事というのも、まずないといえよう。だからその種の情報の受け手である読者がその特定の新聞の政治傾向を知って、客観を掲げる報道にもたぶんに主観や偏向のカーブやスピンがかかっていることを認識しておくべきなのだ。

民主党支持に偏っているアメリカのメディア

 具体的にはいまのアメリカで日本側の識者にも最もなじみの深いニューヨークタイムズワシントン・ポスト、CNNテレビという大手メディアは、政治報道では一貫して民主党支持である。

 その他の新聞各紙のほとんど、テレビではCBS、ABC、NBCという大手の地上波テレビ局も基本的には民主党寄りだといえる。

 一方、共和党や保守派の支持に回るのはFOXテレビである。このテレビ局の保守支持は強烈である。新聞ではアメリカ国内で最大部数を誇るウォール・ストリート・ジャーナルは穏やかな保守寄りだといえる。

 だがアメリカのメディア全体としての政治傾向は、やはり民主党リベラル派支持の潮流なのだ。なにしろワシントンで活動する新聞やテレビの記者、編集者たちが、いつの調査でも90%は民主党の支持者、あるいは登録党員なのである。

「記者は個人の信念を前に出すべき」という主張

 こうした背景のなかで、ワシントンでは改めてニュースメディアの客観性をめぐり新たな論議が起きた。ワシントン・ポストの編集主幹などを長年、務めて、いまはアリゾナ州立大学教授のレナードダウニー氏が1月末の同紙への寄稿で「報道機関は客観性を越えてこそ信頼を築ける」という大胆な意見を発表したのである。

 ダウニー氏はまずメディアの客観性について「明白な事実を個人的な信念や解釈、感情で歪めないという姿勢が従来の客観主義だ」と定義づけていた。そのうえで自分自身の主張として従来の客観主義を排すべきだと宣言していた。その骨子は以下のようだった。

「従来のメディアの客観性というのは白人男性の既成の規範であり、人種、女性、性的少数派、貧富の差、気候変動など新たな事象の規範を考慮していない」

「報道にあたる記者は自分の価値観や信念を前に出し、政治活動家の役割を果たしてもよいのだ」

「近年、アメリカの新聞全体が退潮をたどるのは、この旧式な客観主義にとらわれて、報道内容に読者を引きつける魅力がないからだ」

 なるほど、ワシントン・ポストの元代表が本音として述べる主張らしかった。この新聞は年来、国内政治での保守主義を排し、リベラリズムを推してきたのだ。

 ワシントン・ポストが一貫して調査報道の模範のように誇るウォーターゲート事件の報道も、その標的が共和党保守のリチャード・ニクソン大統領だったからこその徹底した追及だった。

 ダウニー氏のこの反客観主義には当然ながら反論が出た。保守系の政治雑誌ワシントン・エグザミナーは社説でダウニー論文を「アメリカを人種差別の邪悪な国家と断じ、白人を悪とみなすwoke思想の正当化であり、多様な意見を認めない独善だ」と批判した。

 “woke”とは黒人側から生まれた「目覚めた、悟った」という覚醒思想、つまりアメリカ合衆国は奴隷制や人種差別に基づき築かれた国家であり、少数派への偏見や差別が構造的に崩れていないとする主張である。だからこの社説はダウニー氏の客観主義否定はwoke思想の優先だと非難するのだった。

 そして同社説は、ダウニー氏の主張こそ現在のアメリカのメディアが国民の信頼を得ていない理由の証明でもある、とも断じた。

新聞の報道には「客観性が不可欠」

 大手メディアでは数少ない保守寄りのウォール・ストリート・ジャーナルもこの論争に加わった。2月16日付に「客観的なジャーナリズムを復活せよ」という論説記事を掲載した。

 ダウニー氏の主張に正面から異を唱えるこの論考の筆者は、アーカンソー州で地方新聞を長年、経営したウォルター・ハスマン氏だった。ハスマン氏も新聞の報道には中立・公正に通じる客観性が不可欠であり、新聞自体、あるいは記者自身の主張を述べるならば、それはあくまで一般のニュース報道とは別の社説、コラム、オピニオンなどの評論の範囲で展開すべきだと強調していた。

 ハスマン氏は同時に近年の新聞の衰退は客観主義の後退によるのだと警告した。この点もダウニー氏の意見とは正反対だった。

 アメリカのメディア界ではジャーナリズムの基本点に戻ってのこんな議論がいまも展開されているのである。日本のメディアでも、いかにも客観性を装った主観的な報道は多いが、さすがに客観主義は報道にもう不要なのだという主張までは出ていないようだ。

[筆者プロフィール] 古森 義久(こもり・よしひさ)
 1963年慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムサイゴン特派員。1975年サイゴン支局長。1976年ワシントン特派員。1981年、米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。1983年毎日新聞東京本社政治編集委員。1987年毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。
 著書に、『危うし!日本の命運』『憲法が日本を亡ぼす』『なにがおかしいのか?朝日新聞』『米中対決の真実』『2014年の「米中」を読む(共著)』(海竜社)、『モンスターと化した韓国の奈落』『朝日新聞は日本の「宝」である』『オバマ大統領と日本の沈没』『自滅する中国 反撃する日本(共著)』(ビジネス社)、『いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ』(幻冬舎新書)、『「無法」中国との戦い方』『「中国の正体」を暴く』(小学館101新書)、『中・韓「反日ロビー」の実像』『迫りくる「米中新冷戦」』『トランプは中国の膨張を許さない!』(PHP 研究所)等多数。

◎本稿は、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。

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