「子どもや部下のやる気を引き出したい」「能力を最大限発揮できるよう背中を押したい」そう願う指導者は、どのように導けばいいのでしょうか――。数多くのプロ野球選手、さらにはとんねるず石橋貴明を輩出した帝京高校野球部。本強豪校の監督として全国制覇を3度経験、甲子園通算51回の勝ち星をあげた名監督・前田三夫氏が自身の経験をもとに、子どもの「伸びしろ」の見つけ方・育て方を解説します。

【帝京高校・前田流】高校野球の監督が常に意識すべき、2つのこと

指導者が絶対に怠ってはいけないこと。それは、「レギュラー選手を天狗にさせないこと」「控えの選手の気持ちを汲み取ってあげること」、この2点に尽きます。

スタメン選手に「自分は試合に出て当たり前」という慢心が見えたなら

レギュラー選手というのは、控えの選手の心理を理解しようとしないことが往々にしてあるものです。とくに小学生のうちから野球をはじめ、その後中学、高校と進級してずっとレギュラーで試合に出続けていた子というのは、「自分は試合に出て当たり前」という心理がどこかにあります。その結果、控えに回ったことがないために、彼らに対して感謝の念がまったくない、ということになってしまいがちです。これは明らかな「驕り」です。

私はたとえレギュラーの選手であっても、特別視するようなことはしませんでした。むしろ、驕った感情を表情や態度に出してしまうような選手については、諭すように心がけていたのです。

たとえば大会前に、控えの選手が率先して打撃投手を務めてくれていたとする。彼らにしてみれば、「試合には出られないけれども、チームが勝ってもらうためにも、何らかの形でチームに貢献したい」という気持ちを、少なからず持っているものです。

それにもかかわらず、彼らをねぎらうようなことを一切しないレギュラー選手がいたとき、私は直接呼んで、こんな話をしてあげました。

「彼らを見てみなさい。レギュラーであるお前さんたちに一生懸命、投げてくれている。そういうことを考えたら、『ありがとう』という感謝の気持ちを持つべきなんじゃないのか? 『投げてもらって当たり前』という考えになってしまうのは違うと思わないか?」

こう言うと、必ず黙って聞いてくれます。さらに続けます。

「もしお前さんが控えに回って、同じような態度をレギュラーの選手からされたらどう感じる? 『裏方に回って一生懸命投げているのになんだ、あの態度は』って不満に感じて、応援しようと思わなくなるんじゃないのか?」

こう言うと、選手たちはハッとした表情に変わります。それまでは「レギュラーだから、やってもらって当たり前」という考えをしていたのが、「自分が試合で打てるように、みんなが協力してくれているんだから、彼らの分まで一生懸命プレーしよう」という気持ちに変わってくれることが多いのです。

レギュラー選手が控えの選手の気持ちをわかってあげられていないと判断したときには、指導者はこうした言葉をかけてあげるべきです。

控え選手の不平不満が頂点に達したなら

また、背番号を与えられない、控えの選手というのは、「試合に出られない」という悩みを必ずと言っていいほど抱えています。

「レギュラー選手と比べると、どうしても技術の差を埋めることができない」

私も大学時代にこう考えていました。試合に出ている選手がうらやましい一方で、どんなに厳しい練習を積んでも、レギュラーの選手との間に埋められない差というものがあります。

彼らと同じように練習をしても、全体練習以外の時間、つまり個人練習の際にどんなに練習を積もうとも、レギュラーの選手と同じようなプレーができないままでいる。これは「センス」という言葉に集約されてしまうのかもしれませんが、控えの選手ほど、この部分をどうしても埋められないというジレンマを感じて悩んでいるものです。

彼らの態度から、レギュラーに対して不平不満を持っているような雰囲気を感じたとき、私はこんな言葉をかけるようにしていました。

「お前さんは、今のレギュラーの選手たちと同じレベルの、守備ができる自信があるのか?」

そう言ったとき、「はい、あります」と答えた選手には、「ようし守ってみなさい」と言って、それぞれのポジションに就かせてみます。そこでノックをしてみて、エラー、あるいは送球ミスを繰り返したとき、あらためて「どうだ? できていないんじゃないのか?」と声をかける。すると、「そうですね。できませんでした」と選手たちは理解してくれるのです。

つまり、実際に守らせてみて、実力が発揮できるだけのレベルにあるかどうかを見極める。結果、「実力的にまだまだ不足している」ということをわからせてあげることで、控え選手の不満を極力なくさせることができるというわけです。

「試合に出たい」「でも出られない」ジレンマを抱える控え選手を輝かせる方法

そこで大事なのは、控えの選手であっても、チーム内で輝けるポジションを用意すること。長年監督を務めてきた私にとって、これは常日頃から行なってきました。

野球は投手、捕手、内外野を合わせて9つのポジションしかありません。そこでレギュラー選手の守るポジションを決めてしまえば、控えの選手は守るところがない……こう考えるのが普通でしょう。

けれども私は違いました。さらに残り2つのポジションを、控え選手に作ってあげるようにしていたのです。

選手としては控えでも、ベースコーチとして一流の部員がいる

そのポジションとは、ズバリ「一塁と三塁のベースコーチ」。この2つのポジションは9つの守備位置を加えた中でもとくに重要視していました。これは私の経験に基づく考えです。

私は大学時代、ずっと控え選手でいました。どんなに練習をしても、レギュラー選手の実力に追いつくことができない。それどころか、1年、また1年とすぎると、その差はどんどん広がっていくように思えたのです。

そうしたなか、4年生最後の年になって、「一塁のベースコーチをやってみないか?」と言われたのがきっかけで、晴れて帝京大学の公式戦用のユニフォームを着ることができたのです。まさに天にものぼる気持ちでいっぱいでした。このときの経験から、私は一塁と三塁のベースコーチは、控え選手の中から選ぶことにしたのです。

たしかに、身体能力や技術だけで判断したら、レギュラーの選手と比べて見劣りするかもしれない。けれども、ベースコーチに必要なのは、「的確な判断力」です。これさえ備わっていれば間違いなくコーチャーが務まります。

試合で前田監督より的確な判断をしたベースコーチ

ある試合でこんな場面がありました。ワンアウトランナー二塁という場面で、打者がセンター前ヒットを放った。相手の中堅手がその打球をやや後ろに下がって捕球したところ、三塁のベースコーチャーはランナーに対して「ストップ」をかけたのです。

私は一瞬、「ここは『ホームへゴー』じゃないのか」とやや疑って見ていたのですが、直後、センターからホームへ返球されたボールを見たら、なんとノーバウンドのストライクで返ってきたのです。

私はこのイニングが終わって、三塁ベースコーチャーに「よく見ていたな。ナイス判断だった」と声をかけました。すると、こう答えたのです。

「試合前のノック練習で、レフトとライトに比べて、センターはやけに肩がいいなと見ていたんです。右中間寄りの打球を処理して三塁へ返球した際、ものすごくいいボールを返していました。『打球の方向によっては、あまり無茶はしないほうがいいな』と考えた末のストップだったのです」

私は思わず、「本当によく見ていたな。お前さんのファインプレーだよ」と絶賛したのです。

自分の役割にプライドを持って取り組む選手は、勝利を引き寄せるチームの「財産」

聞けば、彼は普段の練習のシートノックの時点から、「この打球だったら回す」「この打球は回さない」とイメージしていたと言います。

またあるときは、全体練習が終わったあとに、三塁のコーチャーズボックスに立ち、二塁にランナーを置いて外野にノックを打って、打球からホームに突っ込ませるか、あるいはストップさせるかという、判断力を磨く練習を繰り返し行なっていました。それが実際の試合での勝負どころでの的確な判断につながったのです。

そこまで日頃から分析しているのであれば、私は絶対に文句は言いません。むしろ、「そこまで見ているのであれば、たとえ失敗することがあったとしても、責めることは絶対にしない」と決めています。

自分が与えられたポストに対してプライドを持って取り組んでいるのですから、私はその点を評価してあげるようにします。

こうした選手がチーム内にいることは財産ですし、確実にチーム力が上がります。

帝京高校・前田の法則

「縁の下の力持ち」的な立場だとも言えますが、彼らが的確な判断、的確な指示を出してくれることで、「あと1点」「次の1点」「もう1点」を奪うことができる。結果、チームの勝利に結びついてくるものだと、私は考えているのです。

■前田の法則

チームの底力を支えるのは、控え選手の「縁の下の力」

前田 三夫

帝京高等学校硬式野球部

名誉監督

(※写真はイメージです/PIXTA)