まもなく日本銀行の総裁が交代になり、異次元緩和から10年を迎える。東日本大震災からは12年が過ぎた。コロナ禍の影響もあり少子高齢化が加速するなかで、日本経済はなお「失われた30年」から抜け出せたとは言えそうにない。次の30年をどうつくっていくのか。日銀で要職を歴任し、現在は日本証券アナリスト協会の専務理事を務める神津多可思氏が2050年に向けて必要なアプローチを考える。(JBpress編集部)

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(神津 多可思:日本証券アナリスト協会専務理事)

 東日本大震災から12年。干支が一回りして、もうそんなに時間が経過してしまったのかと驚く。亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りし、被害に遭われた方々のこの間のご苦労を思う。

 他方で、南海トラフ大地震などの可能性もしばしば指摘される。それだけに、これまでの振り返りがより良い未来につながることを願わずにはいられない。

 時を同じくして、日本銀行総裁の10年ぶりの交代を機に、過去10年の日本経済を振り返る報道もたくさんなされている。

 しかし、不振感・閉塞感はなお残存しており、大きく変わる世界経済の様相とも相まって、不透明感も強い。過去の振り返りをより良い未来へと繋げたいのは、日本経済のあり方についても全く同じだ。

「失われた30年」とも言われるが、その長い失われた時を、前向きに未来に活かすために、私たちはどういう含意を引き出すことができるだろうか。

「仮想将来世代」になりきって考える

 これまでの経験を未来に活かそうとする時、「フューチャー・デザイン」というアプローチがある。これは、今を生きる世代が「仮想将来世代」になりきることで、より良い未来を実現する道筋を少しでもはっきり描き出そうとする試みである。

 筆者も一度ワークショップに参加したことがあるが、将来世代になりきるためには、すっかり身に着いてしまった、足元からの連続で未来を描こうとする、フォーキャスト思考から抜け出さないといけない。

 そうではなくて、様々な出来事が起こってしまった後の未来に身を置いて、そこから今を振り返るバックキャストを心掛けなくてはいけないのである。

 特に日本経済の未来を考える時、一定年齢以上の人は、無意識にバブル崩壊前の日本経済の雰囲気を取り戻そうとしてしまうところもあるのではないだろうか。

 しかし、高齢化と人口減少の影響は、少なくとも次の何十年かは続く。そして、バブル崩壊前の雰囲気を現役として味わったことのない世代が、既に社会の中核として活躍する時代になりつつある。

 これからやってくる未来はそういう未来である。フォーキャスト思考だけではうまく描けない。

首都直下地震の復興対策は150兆円規模に

 失われた時が30年として、これからの30年を実りあるものとするため、2050年という時点を設定してみよう。

 その時の日本経済を総合的に描くのは大変な作業になるので、ここでは論点を2つだけ取り上げる。一つは、それまでの間に起こる可能性がある大きな震災であり、もう一つは人口動態である。

 まず、震災に関して言えば、内閣府の中央防災会議の首都直下地震対策検討ワーキンググループが2014年に首都直下地震被害想定を発表している。

 それによると、首都直下地震の発生確率は、今後30年間で約70%。経済被害は95兆円に達するとされている。東日本大震災の経済被害は、推計に幅があるが、約20兆円程度だとして、首都圏直下地震の被害額はその約5倍にも及ぶのである。

 東日本大震災の復興対策費は総額で30兆円超なので、もし被害額と比例的に復興対策費が組まれれば、150兆円近くの支出がなされることになる。想定されている震災は首都圏直下だけではないので、金額はさらに膨れるかもしれない。そしてほぼ確実に、それは赤字国債の発行によって賄われる。

 震災から復興は本当に大変であろう。

放漫財政で長く栄えた権力・国はない

 財政赤字はいくらになっても大丈夫だとするのであれば、150兆円程度の復興予算も恐るるに足らずかもしれないが、果たして本当にそうだろうか。

 自分の知る限り、古今東西、放漫財政で長く栄えた権力、国家は存在しない。経済混乱のリスクを避けるためには、そうした大規模な臨時の歳出にも耐えられる財政構造にしておくことが必要だ。

 他方、人口動態をみると、2050年の日本では、人口は1億人を切り、65歳以上がその4割を占める。残念ながら、今から手を打ったとしても、これは動かしがたい現実である。

 しかし、そうした社会においても、日本に暮らす一人ひとりの幸せ、ウェル・ビーイングを高めていくことはできる。2023年においても、欧州にある日本より小さな国で、日本よりも国民の幸せ度が高い国はいくつもある。

 2050年の日本で、4割を占める65歳以上の人口が生活をエンジョイできるためには、社会保障制度の持続可能性についての信認が一層重要になる。

 年金・医療・介護の保険制度について、それらが充実したものになっていればなお良いが、まずは、何歳まで生きるか分からない不確実性に直面する世代が、安心できる持続可能な制度が実現していることが大事だろう。

重視すべきは「量の拡大」より「一人当たり」

 震災と人口動態という2つの論点だけを取り上げても、2050年の将来世代から今を生きる現代世代に対して、経済政策について次のような助言をすることができるだろう。

 まず、震災からの復興のため、100兆円を大きく上回る規模で財政赤字が追加的に拡大し、何らかの負の影響を生む可能性があると考えるのであれば、予めそれをできるだけ小さくするようにしておいた方が良い。

 政府の歳入・歳出バランスの持続可能性に対する信認を高めておけば、その分、震災に伴う経済ショックを乗り切りのためのコストは小さくて済むだろう。

 他方、人口の高齢化・減少は、次の30年も変わらない。少子化対策は別途考えるべき重要な問題だが、安定した経済運営のためには、その避けられない人口の高齢化・減少を所与として政策設計を行わなくてはならない。

 日本経済のボリュームを、これからの人口動態の下にあっても昭和の目線で増やそうとするのは合理的ではない。

 一人当たりで考えることがより重要であり、さらにボリュームの拡大によって問題を解決しようとするアプローチではきっとうまくいかいない。

高齢層が持つ失敗の経験をどう生かすか

 一人当たりの経済活動を活性化させていくためには、15~64歳の生産年齢人口がより活発にリスクをとる経済にしなくてはいけない。

 2050年までのイノベーションは、2023年時点で想像できるものとは結果的にかなり違うはずだ。若い世代の試行と失敗を通じてしか、イノベーションは実現しない。

 失敗を許容し、再挑戦を可能とする仕組みを整備することがイノベーションを促す上で必須であり、そういう社会に意図的に変えなければならない。

 一方、65歳以上の高齢人口のウェル・ビーイングと社会貢献なしには、社会は安定しない。若い時の試行と失敗の経験を持つ高齢層でなければできない社会貢献の機会を拡げ、その知恵を広く社会で共有できる仕組みが重要だろう。

 上述のように、社会保障制度が持続可能であれば、高齢層の所得の不確実性はより小さくなる。その下で、最後まで元気に、そして最後まで社会から必要とされて生きることができるような制度の設計を加速させるべきだ。

長いコロナ禍を経て訪れる春

 現在の年齢のまま2050年を生きる自分を想像して、その将来世代として現代にメッセージを送るとすると、以上のようなことになるだろうか。

 「大学に入ったら是非読め」と言われて、とても読めずに今日に至っている本の1つにプルーストの『失われた時を求めて』がある。

 この本に由来して、ふとした刺激である記憶が蘇ることは「プルースト効果」と呼ばれる。今月は、このプルースト効果のためか、これまでに起きた様々なことが思い出される。

 長いコロナ禍の時期を経て再び訪れようとしているこの春に、そうした記憶をつなげ、新しい気持ちでより良い未来への道筋を考えてみたいものだ。

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