令和の現在、夫婦の3組に1組は離婚する。残る3分の2の多くも、大なり小なり問題や悩みを抱えている。ネットニュースやSNSでリアルな夫婦像に触れる機会が増え、我が身を振り返る人も少なくないだろう。2022年9月に新著『妻が怖くて仕方ない』（ポプラ社）を上梓したジャーナリストの富岡悠希氏が「日本の夫婦の今」を明らかにする本連載の最終回。前回、前々回に続き、潜入ルポで明らかにした既婚者たちのネットでの出会いを伝える。
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（富岡悠希：ジャーナリスト）
綺麗にカラーリングした巻き髪で爪にはピンクのネイルを施し、つけまつげもバッチリ。「ママ友からフランス人形に似ていると言われたことがあります」。
ジュンコさん（仮名）はメッセージのやり取りをしていた際、こう送ってきたことがある。確かに彼女はフランス人形と相通じる雰囲気を持っていた。
2022年12月中旬のとある平日の夜、僕はそんなジュンコさんと都内のイタリア料理店で対面していた。
42歳だという彼女もまた、前回のマイさん、前々回のマナミさんと同様、既婚ながらネット上で出会いを求めていた。ただし、2人と違って「常連」ではないという。
出会い系サイトに登録したのも、今回が初。サイトを通して出会った男性も、僕がまだ2人目だそう。
「自分が男性にどう見えるのか知りたい」
食事が始まってから1時間が過ぎ、彼女はグラスワインの2杯目を飲み始めた。それでも緊張感を漂わせていたが、僕は男性との出会いを求めている理由を聞いてみた。
「私、夫としか付き合ったことがないんです。最近、その夫が急に冷たくなって。何かモヤモヤして、自分が男性にどう見えるのか知りたいのです」
ジュンコさんは、こう一気に吐き出すと、長いまつげの目を伏せた。
彼女は出会い系サイトの初心者らしく、僕と会うのも非常に慎重だった。前回紹介したマイさんとは、やり取り開始から対面まで1週間だった。それに対し、ジュンコさんの場合は3週間かかる。
それでも、僕から「会いましょう」と声をかけなかった。記事にするためには、対面取材は必ず必要だ。しかし、彼女の場合は積極的になると逃げられると感じた。
事実、ジュンコさんから次のようなメッセージが届いたことがある。
2人の娘は小学校低学年の保育園年長
「こういったサイトだと、早くお会いしたいとおっしゃる方が多い中、待ってくださり感謝しています」
世の中の男性たちが僕より、前のめりになるのには理由がある。女性は原則無料だが、男性は女性とメッセージのやり取りをするために課金する。
月数千円なので、ちょっとした居酒屋に1回飲みに行ったぐらいだ。しかし、毎月の定額課金となる他のサブスクと比較すると正直、高い。例えば、サッカーＷ杯の中継で注目されたAbemaの「Abemaプレミアム」は月額960円（税込み）だ。
慎重派のジュンコさんは、都内の貿易関係企業で経理職についている。小学校低学年と保育園年長の2人の娘がいるワーキングマザーでもある。
2つ年上の夫の会社の家賃補助が手厚いことから、都心部のマンションに住んでいる。
「私の周りは、うちとは違ってセレブばっかりですよ」
結婚までに交際した人数は何人か？
メッセージで彼女はこう書いてきたことがあるが、少なくとも僕のような「庶民」カテゴリーではない。それは、美容院にネイルサロン、つけまつげサロンと美容関係に彼女が使っているお金をはじくだけでも分かる。
さらにジュンコさんは、ピアノライブや高級ブランドが主催する限定イベントにも顔を出していた。対面時に来ていた洋服も、デパートに展示されているような代物だった。
経済的には不自由はなさそうだが、彼女は彼女なりに不満を抱えていた。それが先の「夫としか付き合ったことがない」問題だ。
エン婚活エージェントが2021年7月に発表した「結婚前の恋愛経験」に関する調査を参照してみよう。対象は20～40代の男女で、未婚者510人と既婚者517人だ。
この中で、既婚男女に「結婚に至るまでに交際した人数は何人ですか？」と聞いている。
既婚男性では、「2～3人」が最多で38.5％、「4～5人」が24.9%と続き、「1人」は13.6%。既婚女性の場合は、男性と同じく「2～3人」が1位で30.5％、2位「4～5人」28.2%と続き、「1人」は16.2%となっている。
ジュンコさんのように「夫のみ」よりも、複数人との付き合いを経てから結婚する女性が多数派だ。
家庭から距離を置くようになった夫
この調査では、「結婚に至るまでに複数の方との交際があってよかったと思ったこと」を記述している。
「ダメ男の見分けがついた（40代／女性／会社員）」。ジュンコさんは、こうした選択眼の習得は求めていないが、次の回答には心がざわつくだろう。
「自分の想像もつかない価値観の人と話して人生経験が増えた（30代／女性／会社員）」
彼女は僕との食事中、しきりに繰り返した。
「深く知っている男性が夫しかいないのは、女性の人生経験として寂しいと思いませんか？」
それでも夫が自分だけを見ていると自信を持てる時期は、こうした気持ちは湧き出なかった。
ところが、2人の娘が最も手間がかかる乳幼児期を卒業すると、夫は家庭から距離を置くようになった。
夫との恋愛だけで人生を終えていいのか
平日の帰宅が遅いのは仕方がないが、土日の習い事の送り迎えもジュンコさんが、ワンオペになっている。さらに夫婦だけの時間も持てず、会話も減った。
子どもたちを寝かしつけた深夜、SNSを見る時間が増えた。そこには自分とは違って、夫以外との逢瀬を楽しんでいる女性がいた。
「浮気とか不倫ではなく、婚外恋愛と言うのですよね。夫とだけの一度の恋愛で人生を終えていいのか。もう一度、恋愛するチャンスがあってもいいんじゃないか。そんな思いが高まってきたのです」
気が付くとサイトへの登録を済ませていた。
ジュンコさんは、特に婚外恋愛彼氏との「健全デート」に憧れている。
「健全デート」とは、肉体関係なしで、ご飯を食べたり遊んだりするデートを指す。対極として「不」が付けられているのが、ホテルなどの密室で過ごす時間を含む「不健全デート」だ。
女性とマッチングするコツは？
「私はデートしたことがある相手が、夫だけなのです。不健全デートはダメだけど健全デートまでだったら、自分のことも許せそう。こんな相手見つかりますかね？」
僕は「どうでしょうか。いるとも、いないとも何とも言えません」と答えるしかなかった。
特にこれ以上、僕に聞く話題がなくなったのだろう。この後、彼女は1時間ほどサイトで女性とマッチングするコツを教えてくれた。
サイトでは男性は、他の男性会員のプロフィールを見ることができない。そのためライバルたちが、どんな写真をアップし、どんな自己PRをしているのか分からない。
僕は「対面前にはメッセージのやり取りをしっかりしたい」「会った際には、じっくり話を聞きたい」と書いていた。ジュンコさんは、こうした僕の自己PRを「年齢なりに落ち着いた雰囲気が出ているし、かなりいい線」と評価していた。
顔がはっきり分かる写真が「女性受けする」
かたや「写真は全然ダメ」。僕は気恥ずかしさから、半身で映ったカットを掲載していたが、「もっと顔がはっきり分かった方がいい」。
彼女は、他の男性の写真を見せてくれた。多くの男性が、はっきりと自分の顔が分かる写真にしていた。ジュンコさんは男性のページを次々と表示しながら、「これは女性受けする」「こっちは受けない」と教えてくれた。
僕は取材用に対面する女性は、3人までと決めていた。うまいことに年齢も男性と出会う目的も異なる女性たちに話を聞けた。ジュンコさんとの夕食会からほどなく、僕はサイトの有料会員をやめた。
そのため、彼女のレクチャーが役立つことは実際にはなかった。しかし、また、僕が既婚者の出会い現場に潜入取材したくなるタイミングも来るだろう。
その時は彼女の教えに沿って、写真を選ぶつもりだ。そして、その時ならではの潜入ルポや「日本の夫婦の今」を読者の皆さんに届けたい。
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