様々な要因によって世界的なインフレが起こり、将来の展望が正確に描けない昨今。自身の資産を守り、未来につなげていくためには、どのような行動を取ればいいのでしょうか。複眼経済塾の取締役・塾頭、エミン・ユルマズ氏が、著書『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)から、世界経済の展望と、日本経済にに潜むチャンスについて解説します。

経済における、日本と米国の決定的な違い

米政府はインフレが起きたと思わせたくないというか、見えないインフレを好む。あまり消費者物価指数CPI)が高くなると、国民が気付いてしまうからだ。

今回のコロナ禍で米国は、直接給付をちょっと行っただけで、すぐにインフレ率が上がってしまった。米国はジャパニフィケーションになど染まってはいない。米国と日本は根本的に違う。

日本の90年代バブルの崩壊が、インフレを招かなかったワケ

日本ではバブルの崩壊後、2つのことが起きた。まず、銀行が簡単にお金を貸さなくなった。これは必ずしも企業や一般市民が借りたくなかったわけでなく、銀行が貸さなくなったのだ。

それで企業や一般市民があまり銀行からお金を借りようとしなくなった。バブルで痛い目に遭ったとか、もしくはバブルで失敗した企業や一般市民はいまでも借金を返している。だから日本の場合、国の借金が増えても、市場におけるトータルマネーは急速に増えなかったわけである。したがって、日本はインフレにならなかった。

米国がコロナ禍にインフレを引き起こしたワケ

米国は真逆で、で1年間だけMMT現代貨幣理論)的な政策を採っただけで、すぐに5~6%のインフレを起こしてしまった。

なぜか。基本的に米国の一般人はお金を持っていないからだ。手持ちのアセット(資産)もない。買い物はほとんどがクレジットカードだが、多くの人は多額のクレジット債務を抱えている。お金が手に入ったらすぐに使うし、さらにクレジットカードで借りて使う。

クレジットカードを使うことはイコール、将来のインカムを使うということだから、当然ながら、彼らは膨大なお金をつくることになる。世の中にたくさんのお金があって物が少ない状態がインフレである。米国ではそれが起きているのだ。

ただ今回は、サプライチェーンの乱れというもう一つ特殊な理由が生じている。パンデミックによりいろいろなサプライチェーンが機能不全になった結果、たとえば半導体不足でメーカーの計画通りに自動車がつくれなかった。そのため米国では新車のピックアップトラックが市場に供給されなくなった。するとどうなったか。

中古車の価格が新車より高くなってしまった。新車ディーラー経由では1年後の納入になるが、米国の消費者は「いま」欲しいわけである。

たとえば「プレイステーション5」とか「ニンテンドースイッチ」が超品薄になったとき、一番儲けたのは転売屋だった。物の供給が足りていない一方で、お金があり余っているから、商品の価格がどんどん上がる。要はインフレなのだ。

インフレにはもう一つの問題があって、同じぐらい賃金を上げないとスタグフレーションが起きてしまうことである。米国が本当にルーズベルト的な社会政策をやりだしたら、賃金は上がると思うのだが……。

バブルのトラウマを抱えている日本人

設備投資をしたり、その国の未来に投資するのが本来の投資手法なのだが、いずれ過剰投資が起きて、投機熱に浮かされるようになる。そして、その逆は先進国の上場会社が設備投資をせずに、自社株買いで自社の株価を吊り上げることに血道を上げていることだ。

設備投資をしないことは、最終的にはインフレを生まないし、高成長も生まない。だから世の中で、特に先進国は低成長に陥っている。これをジャパニフィケーションと呼んでいる。

日本で最初に起きたことだからである。日本がバブルのときは現金の価値が低く、不動産や株式などのリスク資産の価値が高かった。バブル崩壊後に日本で何が起きたかというと、日本の会社、特に銀行セクターは大量の不良債権を抱えていたが、それを国が救済した。もう一つは、膨大な人たちが不動産や投資で大損をしたので、現金の価値が高まった。

現在はもうその必要性はないのだが、心理的な状況はいまでも続いていて、日本人は現金をすごく大事にする。それはバブルのトラウマを抱えているからだ。だから、日本は長らくデフレから抜け出せなかった。

結局、現金のニーズが高まっても、日本人はバブル前よりもお金を借りなくなってしまった。銀行に借りに行かない。銀行から遠のいてしまった。そうなると、デフレ脱却は無理なのだ。お金は中央銀行がつくっているのでなく、信用創造でつくられるわけだから、誰かが銀行で積極的に借金をしない限り、社会に出回るお金は増えない。

したがって、他国に資金を貸し出すキャリー体制とは、本質的にはインフレになりにくい、デフレ的な環境といえる。だが低成長、低金利のジャパニフィケーションを生み出したとはいえ、日本の場合は優秀だった。なぜならば、日本は経常黒字をずっと出していて、さらに日本は世界最大の債権国で海外に資産をふんだんに持っているからだ。

だから日本円はずっと評価され続け、日本の豊かさが大きく失われることはなかった。他の国ではこれがそのまま起きるとは思えない。ジャパニフィケーションとは言っているが、米国においては、日本と同じことが起きるとはとても思えない。

エミン・ユルマズ

複眼経済塾取締役・塾頭

著者画像撮影 Rikimaru Hotta

(※写真はイメージです/PIXTA)