明治、大正時代をイメージした物語には、不思議と観る者の心を強く惹きつける魅力がある。心を閉ざした冷酷な軍隊長と不遇の女性の運命の恋を描く話題の映画『わたしの幸せな結婚』(公開中)も、大正ロマンを思わせる時代が背景になった作品だ。西洋化が始まり、変貌をとげていく新しい時代を象徴する重要な要素の一つとなるのが、登場人物たちが身を包むファッション。今回のコラムでは、明治、大正期のファッションの移り変わりを辿りつつ、これらの時代を舞台にした作品もあわせて紹介していきたい。

【写真を見る】男性の洋装化は早かった?『わたしの幸せな結婚』から読み解く、大正ロマンあふれるファッションを解説

Web小説から人気に火がついた『わたしの幸せな結婚

わたしの幸せな結婚』の原作は、日本最大級の小説投稿サイト「小説家になろう」で連載がスタートした、顎木あくみの大ヒット小説。高坂りとによるコミック版も瞬く間に注目を集め、電子書籍、コミック含むシリーズ累計発行部数は、現在650万部を突破。「全国書店員が選んだおすすめコミック2021」、「電子書籍で読みたいマンガ大賞」など、様々な賞を受賞している本作を、『コーヒーが冷めないうちに』(18)の塚原あゆ子監督が、目黒蓮と今田美桜を迎えて実写映画化した。今年7月にはキネマシトラス制作によるアニメ化も決定している。

わた婚」の実写化では髪型、衣装を含め、コミック版のビジュアルをかなり忠実に再現。軍人の久堂清霞(目黒)をはじめ、清霞が率いる陸軍特殊部隊の隊員たちの服装は軍服。貿易会社の若き社長で謎に包まれた人物、鶴木新(渡邊圭祐)はスーツにネクタイ姿。宮内省長官、賀茂村(津田健次郎)も洋装だ。一方、プライベートになると、男性も女性も基本的に着物である。ヒロインの斎森美世(今田)は、清霞との初対面では名家の令嬢とは思えないほどの簡素ないでたちだが、物語が進むとともに、その装いに儚い美しさが加わっていく。清霞が休日に美世を街に連れだし、彼女のために呉服店で着物を注文するシーンは印象的だ。また、着物中心の女性キャラの中で、美世の異母妹・香耶(高石あかり)がゴージャスな西洋のドレスを着ているシーンも目に留まる。

■明治~大正は、ファッションにおける大きな転換期

日本のファッションの歴史を振り返る時、最も大きな変化はやはり和服から洋服への転換だろう。特に男性の洋服への転換は比較的早い時期だった。まず、散髪脱刀令により、明治初期に髪型が洋風に。戦前にはほとんどの男性の外出着は洋服になっていた。また、男性は軍事や警察などの制服、職場での服装規定などもあって、必然的に洋服にならざるをえなかったとも言える。

一方、女性の衣服の洋装化はとても遅かった。明治初期にはむしろ、伝統的な和装を維持するべく、公的な規制がかけられたり、洋装の是非の議論があったりしたほど。ただし髪形に関しては、衣服より早く洋装化が進んだ。不便、不潔、不経済な日本髪の代わりに、明治中期には、西洋女性の髪形にヒントを得た“束髪”が登場。自分で簡単に結えて、軽やかな束髪は、明治末期には主流になっていった。

実は女性の洋装が一般的になるのは、昭和に入ってからのこと。結局、だいぶ時間はかかったものの、後の女性の衣服の西洋化に大きな影響を与えたのが明治時代の鹿鳴館の存在である。鹿鳴館で催される華やかな舞踏会では、出席する上流階級の女性はイブニング・ドレスが必要とされた。それをきっかけに、あくまでも上流、富裕層のごく限られた女性たちの間で洋装が流行していく。とにかく当時は、外見と身分が対応していることが重要だった。また、明治時代、ファッションのインフルエンサー的役割は芸者と呉服店が担っていた。

大正時代になると、若いブルジョワ女性と職業婦人たちによって、断髪・洋装・洋風のメイクで装ったモダンガールが登場。モダンガールは昭和初期にかけて流行し、一般女性の洋装化の先駆けとなったが、それでも大都市の一部のみに見られるファッションだった。ちなみに、ファッションとは別の話になるが、明治、大正期の大きな特徴としては、上流階級の女性の結婚年齢が低かったことが挙げられる。原作の「わた婚」では、19歳になった美世の「良家の娘ならば、もう嫁いでいて当然の年齢だ」というモノローグがあるが、実際に20歳前後の未婚女性は比較的少なく、女学校在学中の10代半ばで結婚する場合も珍しくなかった。

■上流階級のファッションを味わえる『春の雪』

大正時代の上流階級の麗しいファッションをたっぷり堪能できる作品が、三島由紀夫の名作「豊穣の海」四部作の第1巻を、行定勲監督、妻夫木聡、竹内結子主演で実写映画化した『春の海』(05)だ。大正初期の貴族社会を舞台に、明治維新の功労者を祖先に、侯爵である父を持つ松枝家の一人息子・松枝清顕(妻夫木)と、公家の家系にある綾倉家の令嬢・聡子(竹内)の破滅へと運命づけられた悲劇的な愛の物語が描かれる。

名家だが、武家の成り上がりである松枝家は洋装がメイン。由緒正しい貴族である綾倉家は和を重んじるスタイルと、ファッションで家のカラーを表現しているのがポイント。主人公の清隆は当時の学習院の制服を再現した詰め襟の学生服、学帽、黒マントとストイックなイメージで、私服では白いシャツにサスペンダーつきのパンツが定番だ。一方、聡子は鮮やかなエメラルド色の着物に、髪には大きなリボンという無垢な娘らしい登場シーン以降、数十にもなるコーディネートの数々が、少しずつ変化する彼女の心模様を映しだしていく。また、聡子の婚約者である宮家の王子、洞院宮治典殿下(及川光博)は軍服で登場する。

■和装洋装の中にも着こなしに個性が現れる「明治東亰恋伽

明治時代にタイムスリップしてしまった現代の女子高生、綾月芽衣(声:諸星すみれ)が、森鴎外(声:浪川大輔)や菱田春草(声:KENN)など、歴史上の人物たちと出会う、大ヒット恋愛ファンタジー作品「明治東亰恋伽」。最初は恋愛ノベルゲームとしてリリースされ、以後、アニメ映画『劇場版 明治東亰恋伽 〜弦月(ゆみはり)の小夜曲(セレナーデ)〜』(15)、『劇場版 明治東京恋伽 ~花鏡の幻想曲~』(16)、アニメシリーズ、舞台とメディアミックスが続き、2019年には実写ドラマと実写映画が公開された。

ヒロインの芽衣が森鴎外らと初めて出会うのは、鹿鳴館で開かれていた舞踏会。出会いのシーンで、時代にそぐわない服装を突っ込まれる芽衣は、その後、当時の女学生スタイルだった袴を着用している。明治を舞台にした作品らしく、キャラクターたちの普段の服装は着物が中心だが、謎の奇術師、チャーリー(声:森川智之)は当時の男性の礼服だった燕尾服姿である。

■書生服の先生&セーラー、ブレザー女子高生さよなら絶望先生

さよなら絶望先生」は、久米田康治による同名コミックを原作とするアニメシリーズ。ブラックなギャグをちりばめながら、超ネガティブな性格の高校教師、糸色望(声:神谷浩史)と、彼が担任するクラスのクセ強キャラな生徒たちが繰り広げる学園生活が描かれていく。実は本作の舞台は、昭和の元号が続く現代日本という設定で、そこに近代文学風のレトロ調が混在するという異色な世界観が特徴だ。基本的に女子生徒はセーラー服、男子生徒は学ラン。しかし、信州の名家出身で、文学好きの絶望先生は、スタンドカラーの白シャツに着物を着て、縞袴をあわせた、夏目漱石の「坊ちゃん」を彷彿とさせる書生スタイルで通している。

■衣服の“模様”に込められた意味にも注目「鬼滅の刃

大正時代を舞台にした作品として、いまや最も有名な作品といえるのが「鬼滅の刃」。様々な和洋折衷的スタイルが誕生した時代にふさわしく、登場人物たちの服装もバラエティに富んでいる。主人公、炭治郎(声:花江夏樹)を始めとする鬼殺隊の制服は軍服、鬼殺隊の頂点にいるお館様(声:森川智之)は着物、鬼舞辻無惨(声:関俊彦)はスーツにネクタイ姿、医師の珠世(声:坂本真綾)を敬愛する愈史郎(声:山下大輝)はシャツに着物の書生スタイル。大正初期を設定しているため、女性は和装が基本だが、その中でも禰豆子(声:鬼頭明里)の着物は麻の葉文様、帯は市松模様と、日本の伝統的な柄なのに対し、珠世の着物は艶やかな大輪の花の柄で、西洋の影響を受けている。また、炭治郎の羽織の柄が、禰豆子の帯と同じ市松模様であり、市松模様は子孫繁栄の意味を持つなど、鬼殺隊の隊員たちが軍服の上に羽織るコートの柄が、キャラによって異なり、それぞれに意味があるのも興味深い。

■“大正時代”の定番ルック「はいからさんが通る

はねっかえりのじゃじゃ馬娘、花村紅緒(声:早見沙織)と、彼女の許嫁で、陸軍歩兵少尉の伊集院忍(声:宮野真守)の波乱に満ちた運命の恋。短くも激動の大正時代を背景に描く「はいからさんが通る」の原作は、大和和紀による同名コミック。これまでにテレビアニメシリーズ、テレビドラマ化、南野陽子主演の実写映画化(1987)、単発ドラマ化、そして、アニメ映画『劇場版 はいからさんが通る 前編~紅緒、花の17歳~』(17)、『劇場版 はいからさんが通る 後編~花の東京大ロマン~』(18)と、繰り返し映像化されてきた。特に劇場アニメの後編では、各メディア作品では初めて、1923年(大正12年)に起こった関東大震災前後の感動のフィナーレまでが描かれている(ちなみに本作の時代設定は「鬼滅の刃」とほぼ同時代、紅緒は禰豆子もしくは炭治郎と同い年だったと考察されている)。

本作を代表するファッションといえば、矢絣の着物に海老茶色の袴という紅緒の女学生スタイルと、少尉の軍服(矢は一度放たれると戻ってこないことから、矢絣の柄は結婚で出戻りしないという意味を持つ)。それ以前の時代では、女性が自転車に乗ったり、スポーツしたりすることは考えられなかったため、ハツラツとした袴姿の女学生たちは、女性が家庭の中だけでなく、社会での活躍を目指していく新しい時代のシンボルでもあった。

■ファッションから見る日本の変化も一緒に楽しむ

こうして見てみると、西洋のさまざまな文化が取り入れられていった明治、大正期は、日本の伝統と近代化が入り混じった革新的な時代であり、そのドラマティックな背景ゆえに、物語を生み出すクリエイターたちから作品の舞台に選ばれてきたことがわかる。人々の生き方や在り方とも関係している当時のファッションもチェックしながら、どこか懐かしさと新鮮さを同時に感じさせる、レトロモダンな魅力あふれる作品を楽しんでほしい。

文/石塚圭子

※高石あかりの「高」は「はしごだか」が正式表記

『わたしの幸せな結婚』ほか、大正ロマンを感じる作品を一挙に紹介!/[c]2023 映画『わたしの幸せな結婚』製作委員会