サイケアウツ

〈エム・レコード(EM Records)〉より『逆襲のサイケアウツ:ベスト・カッツ 1995-2000』が2023年1月27日(金)にCDとLPで発売された。本記事では、DJユニットSoi48がいま最も大胆なサンプリングミュージックが生成されてるアジアの街のシーンを解説しながら、日本・大阪で究極のサンプリングミュージックを作り上げたサイケアウツ・大橋氏の最新インタビューをお届けする。

記事に入る前に、サンプリングミュージックの先駆者・サイケアウツが活動していた当時のシーンの背景と『逆襲のサイケアウツ』リリースまでの経緯を辿るべく、〈エム・レコード〉による作品の案内文を紹介させていただく。

サイケアウツは、当時ゲットーミュージック最新鋭だった<ジャングル>に共鳴した大橋アキラが、Off Mask 00のフロントマン、秋井仁と出会い1994年に結成した伝説的なテクノユニット。当時、ジャングルをプレイするDJはいたが、制作にのりだすミュージシャンは絶無で、大橋は黎明期の日本のハードコアジャングルの開拓者として記録されます。 最盛期にはパブリックエネミーのような大所帯にふくれあがり、1999年フジロックに出演したのを頂点に解散。2000年代以降は<サイケアウツG>と改名して活動する。   ※いまジャングルはいち音楽ジャンルとして定着しているが、90年代初期の日本でジャングルをプレイすることはそれ自体で相当なものであった。   サイケアウツ=大橋で特筆すべきは、ジャングルを取り込むだけでなく、次々と自己流に、そして驚異的な改造を施して新しいスタイルを開拓していったことです。その中には00年代ナードコアJ-Coreと命名され逆輸入されたものや、どう呼べば良いのか困惑する未来のベースミュージックの姿があり、今現在もジャングルドラムンベースのマニアを唸らせます。また、現在、世界各国で進行するモダンジャングルのど真ん中を貫くサウンドでもあります。   しかし90年代サイケアウツは、当時やっていた音楽スタイルが足かせとなり、あれだけのポテンシャルを持ちながらメジャーでの活躍が憚られるという二律背反を抱えた、「アンダーグラウンド」の字義そのままのユニットでした。   今回のコンピレーションでは、これまで留保されていた90年代サイケアウツの正統性についての評価を促したいという願いがあります。

引用元:エム・レコード

ダンスミュージックの革命が起こっているアジアのダンスシーンの変移と、サイケアウツの揺るがぬサンプリングの美学、そのコントラストをなぞりながら、『逆襲のサイケアウツ』を聴き込んでほしい。

「アジアのダンスミュージックとサイケアウツのサンプリングの概念」 Text by Soi48

数年前からアジアのダンス・ミュージックを掘っている。伝統楽器の音をサンプリングし、四つ打ちやベースミュージック化したものもあるが、筆者の興味を引いたのはアジア各国のクリエイターが自国のリズムを探求し独自に生み出した音楽スタイルだ。タイのサイヨー、フィリピンのブドッツ、ベトナムのビナハウス......これらのダンスミュージックstillichimiyaのYOUNG-G、MMMと共にADM(Asian Dance Music)と名付けることにした。ADMの特徴はTikTokをはじめとしたインターネット上で流行しているヒット曲やグローバルヒットしているEDM、トップ40をサンプリングしアジア各国にある独自のグルーヴにリミックスしているところである。近年日本でも人気のアフリカのダンスミュージックであるゴムやシンゲリと比べても全く遜色のないダンスミュージック革命と言えるだろう。

東南アジアの国タイを例に挙げると、2010年代に入りダブステップフューチャーベースが登場しダンスミュージックが複雑化すると客の反応が悪くなり、タイのDJ達は一昔前に流行したダッチハウス、ハードハウスをプレイした。当時最先端だった欧米のトレンドとズレが生じたためDJは新しいトラックをプレイせず、クラブで同じ曲ばかりプレイすることになる。その結果、客に飽きられて、ヒップホップ箱へと客は流れ、タイのダンス・ミュージック界は窮地に追い込まれた。そんな中、生まれたのがサイヨーという音楽ジャンルだ。

タイでは60年代にラテンリズムであるチャチャチャが大流行した。70年代になるとタイの歌謡ジャンルであるルークトゥン、イサーン地方の語り芸モーラム、ロック、ポップスにチャチャチャのリズムは取り入れられ大流行。タイ人達はチャチャチャのビートを強調した楽曲をサーム・チャー(※タイ語で3つのチャという意味)と呼びお祭りディスコで流れる定番ダンス・ミュージックとして成長を遂げる。そんなサーム・チャーのリズムを強調し、よりクラブで映えるように改変したのがサイヨーだった。タイのトラックメイカー達はEDM、ヒップホップ、ポップスからSNS上の喧嘩の罵声まで、ありとあらゆるものをサンプリング。元ネタを強調したものから、原型がわからなくなるほど細かくチョップしダンスミュージックとしての機能性だけを追求したリミックスまで、様々なサイヨーのスタイルが誕生した。

サーム・チャーを取り入れたヒップホップ คิดถึงจังหวะ (Unofficial Version) | ก้านคอคลับ

2016年、サイヨーはSNS上で大流行し、それ以来タイ人が好むダンス・ミュージックとして確固たる地位を築き上げている。サイヨーのムーヴメントを後押しした要因は2つある。1つはトラックが圧倒的に作りやすくなったことだ。PC、インターネットの普及により誰でも簡単にリミックスが作れる時代が到来した。2つ目はSNSの普及、特にアジア各国でのTikTokの大流行だ。フロアにテーブルのあるディスコ・スタイルが主流のタイではEDMのようにブレイクで一緒にジャンプするのは難しい。一般的にタイのクラブはドレスコードが存在し、ハイヒールを履いて遊びに行く女性が多い。そんな女性客をジャンプさせるのは気の毒である。EDMが縦の踊りなら、サイヨーは腰をくねらせて、足を移動させないで地面を這いつくばるように踊る。そんなセクシーでちょっと面白いダンス・スタイルが、性別、年齢問わずTikTok上に投稿され国境を跨いで拡散されていった。タイを一例に挙げたが、フィリピンのブドッツ、ベトナムのビナハウスなど、サンプリング、TikTokを使った独自のダンスミュージックが同時多発的に誕生している。この状況は欧米のダンスミュージックに対するアジア各国での植民地解放運動の様である。

サイヨーのダンススタイル DJ.JEFF MC.DRAGON / LIVE IN TERRITORY @ CHAINART

〈エム・レコード〉からリリースされた『逆襲のサイケアウツ:ベスト・カッツ 1995-2000』に付属されている〈Murder Channel〉梅ヶ谷雄太氏の解説には「サイケアウツの音楽を定義づけするなら、『サンプリングミュージック』とだけ言える。サイケアウツはサンプリングという行為そのものを体現しており、活動当初から現在まで一貫してほとんど全ての音素材は他の音源のサンプリングで構成されている。他者の音源から抜き取ってきた借りものの素材だけで、ここまで強固なオリジナリティを放出できるのは日本ではサイケアウツだけであろう。」と書かれている。

逆襲のサイケアウツ

日本のサンプリングミュージックパイオニア的存在であるサイケアウツはサンプリング大衆化した現在をどう捉えているのだろうか? 2月12日に新宿SPACEにて開催されたSoi48 Vol.50『逆襲のサイケアウツ』リリース・パーティーにて現在はサイケアウツG名義でソロとして活躍する大橋氏にインタビュー取材をおこなった。

INTERVIEW:サイケアウツG

──サンプリングする際に元の楽曲、ネタにこだわりはありますか?

昔はサンプリングする時はサンプラーを使ったじゃないですか? 秒数に限度があるというか。今はPCに取り込んだら無限じゃないですか? サンプリングというのはあまり取れないから価値がある。全部曲を取れたらそれはカバー。ビルボードのチャートを見ているとカバーが多いけど、昔のサンプリングにそれはない。最近の人でもヒップホップの人はそこにこだわっているね。

──リスナーにサンプリングの元ネタを知って欲しいですか? 記号のように音としてサンプリングしている人もいます。

マニアックな人なら知っている位のネタを選んでいる。アニメとか、え、それ行く?的なもの。最近のヒップホップドリル系の人がアニメをサンプリングしたりしているよね。一方アリアナ・グランデを使ったりもしている。しかしこれは商売。メジャー・アーティストの宣伝になる。著作権料支払えばサンプリングされた方もお金になる。最近は昔に比べて宣伝になるので寛容やね。コマーシャルになっている。自分はそっちの方向ではないサンプリングネタを探したい。

──サンプリングとカバーの違い、コマーシャルとしてのネタ使い、確かにそうですね。現在AIが波形で著作権のパトロールをしていることについてどう思いますか?

AIって言っても人間がやっていること。とてもじゃ無いけど本当の意味でのAIでは無い。人間が設定したプログラム通り動くだけのこと。プログラムした人の腕が悪ければ当然かい潜り可能だよね。だからやればいいと思う。昔でも見つかれば文句言われるだけのこと。勘違いしている人も多いけど自分はAIが得意。得意というよりは概念が好き。だから90年代から考えている。意識がわかっていないのにその機械は作れない。ただのプログラムやね。プログラムのことをAIと言っているのなら、それはそれで良いですけど。

──90年代はインターネットがまだ盛んじゃなかったじゃないですか? 現在サンプリングと一言で行ってもクラブや現場でプレイされるのを想定して製作されているものと、リミックス作品としてインターネット上で披露しているものがあると思うんです。つまり現場とネットと分かれている。大橋さんの時代は現場中心だったと思うんです。クラブで流すのを想定してサンプリングネタを考えていましたか?

そんなもん、特に考えておらへんよ。そりゃ出音は常に良い音を目指しているけど。出音なんてクラブ、箱によって異なるやん。基本的にその場のEQで直してやるだけ。現場もしくはネットを意識してどうこうというのは無いね。

──シンプルにサンプリングと向き合ってますね。現在はPC1台あれば誰でもリミックスできる時代が到来したと思うのですが。

そんなことはない。そんな簡単なもんちゃうよ。できている人は音楽的な能力があるはず。誰でもできるものでは無い。

──アジアのダンスミュージックはPCの登場で、新しいシーンが生まれています。

アフリカもそうやね。アマピアノ、ゴムとか。PCが手に入るかどうかというよりは新しいテクノロジーとの出会い方が重要なのとちゃうかな。日本は固定電話ポケベルPHS携帯電話、スマートフォン......と順繰りに成長してるやんか? 人によるだろうけどアフリカはいきなりスマホやで。その間の産業的なものが無いから面白い。無駄がないというか。遠近法的な考え方がない。西洋人の知識優先的な考え方がないと思う。これは視覚、感覚に影響することだから絶対に違うし面白い。その辺寝っ転がっていたような奴がいきなりアーティストになれる。我々にはない何かが彼らにはあると思う。

──逆に大橋さんが最先端のアフリカのダンスミュージックから影響を受けることはあるんですか?

アフリカに影響されることもあるし、良い曲もあるけど、自分は普通のハウスが好きなんや。だけどなかなか作れない。マスターズ・アット・ワーク、ルイ・ベガが大好きなんやけどいくら真似しても同じような楽曲を今だに作れない。元々俺はインダストリアルミュージックシカゴ・ハウス、トッド・テリーとかが大好きなんや。自分が作るとヘビーな四つ打ちになってしまう。

──TikTokはサンプリングミュージックが多く様々なリミックスが存在します。そんな音楽を一般人が楽しんでいることについてどう思いますか?

現代の拡張ツールやね。みんなやっているからやっている。自分が若い時にあったら絶対にやっていない。流行っていてみんなが飛びつくようなもんに興味あらへんから。中身がサンプリングかどうかは関係ない。もし90年代にみんながサンプリングに夢中だったら自分はやっていない。流行り物は"もの"としては面白いけど、みんながやっていたらやらない。そういうもの。

──一昔前はレコード、カセット、CDと音楽ソフトウェアがありましたが、現在は音楽をインターネットを通して楽しむのが普通になっています。大手のサブスクリプション・サービス、SoundCloudBandcampなどで気軽に楽しめますが、一方アクセスする場所によって住み分けができて一般的なものからアート系まで聞く音楽の分断がおこっていると思うんです。音楽との出会いが狭まっている気がしますがいかがでしょうか?

昔なら大きなCDショップ行けばジャニーズからマニアックなノイズ音楽までなんでもあった。でも自分の興味あるコーナーしか見ないよね? 俺はノイズとダンスミュージックしか見なかった。人それぞれになるけど餌箱が違うだけ。現在はみんな忙しくなったね。知らなくて良いものを知る、聞かなくて良いものを聞かなければいけない時代。ちょっと前まで人間はもっと他のこと考えていてよかった。聞かなくて良い人も聞いてしまう、聞かされてしまうのが今の世の中。再生回数とか、お金が儲かるから無理矢理聞かせようとする人もいる。自分の本当の欲望を忘れているから疲れていく。訳のわからない音楽を聴いてしまうから。昔は聞く手段がないからCD買ったり、レコード探したり自分の欲望に忠実だった。買うしかない。みんなクロウリーの言葉"汝の欲することを為せ、それが汝の法とならん"のようにやった方がいい。

──これからサンプリング音楽はどうなっていくと思いますか?

予測できない新たなことが起こるやろね。無くなることは絶対にない。著作権が存在するから商売になる。一方盗用する楽しみもあるから楽しい。というかドレミファソラシドで作っている時点でパクリ。これだけで短いサンプリング。これ以上言い出したら作れる音楽がなくなってしまうけど、極論に言えばそういうもんや。

Text by Soi48

INFORMATION

サイケアウツ

逆襲のサイケアウツ:ベスト・カッツ 1995-2000

2023.01.27(金) 解説:梅ヶ谷雄太(Murder Channel) 解説英訳:Ian Willett-Jacob

【CD version CATALOGUE #:EM1203CD BAR CODE:456028321203 ¥2,500(+tax) +Standard jewel case,insert, obi

【Vinyl version CATALOGUE #: EM1203DLP BAR CODE: 4560283215318 ¥3,600(+tax) +4mm spine disco sleeve, 12-page insert

【TRACKLIST】 01. Swampy Murder 02. Mujin O.B. 03. Tong poo 04. Lum'n'Bass 05. HellboroFunky Hell Mix) 06. Red CometShining Cosmos Mix) 07. LPU vs. Cycheouts(DJ Horn Mix) 08. I.G.T.F. 09. 0083 Mantras(God-outs Mix) 10. God Eater 11. Beast 666 Step(Emperor Kumazawa Mix) 12. Hit Man(Jungle Assassin Mix) 13. Dub Killer 91(Minnie House Mix) 14. Solomon's 2-step(Gato Mix) 15. Cycheouts Live at Lubnology(short edit) (+ 1 secret track)

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