経営不安が広がっていたスイスのクレディスイス・グループが同国のUBSに買収されることが決まった。行き詰まりの要因は異なるものの、米シリコンバレーバンク(SVB)の破綻をきっかけに広がった金融機関に対する経営不安は拡大している。当局による迅速な対応で、金融危機を防いでいるとの見方もあるが、筆者にはまだみえていないところで火種がくすぶっているとしか思えない。

JBpressですべての写真や図表を見る

【筆者の関連記事】
シリコンバレー銀行破綻は氷山の一角、世界金融危機に発展してもおかしくない

(市岡 繁男:相場研究家)

シリコンバレー銀行のバランスシートを読む

 3月はSVBなど米国の銀行3行が経営破綻(3月20日時点)し、スイスではクレディスイスがUBSに吸収されるなど、波乱の展開となっています。

 前回の当コラム「シリコンバレー銀行破綻は氷山の一角、世界金融危機に発展してもおかしくない」で筆者は、次のように書きました。

「問題の本質は、銀行が預金の引き出しをカバーするため、含み損を抱えた債券等を売却せざるを得なかったことにあります」
長期金利が急騰していない日本を除けば、世界中の銀行が同じ悩みを抱えているのです。つまり、いつ世界的な金融危機に発展してもおかしくないということです」

 そこで今回は、SVBのバランスシートの推移をみることで、破綻の経緯を振り返ってみます。

 まずSVBの総資産と預金をみてみましょう。

急増した総資産と預金

 2020年3月から21年末にかけて総資産は2.9倍、預金は3.2倍に急増しています(図1)。そうした急成長に管理体制が追いつかなかったことが今回の悲劇を招きました。

【本記事は複数の図版を掲載しています。配信先のサイトでご覧になっていて図版が表示されていない場合は、JBpressのサイトでご覧ください】

 米預金保険公社(FDIC)のデータによると、同じ期間、米銀全体の総資産は1.2倍、預金は1.3倍の増加に留まります。SVBの増加度合いが爆発的だったことがわかります。

 SVBはスタートアップとの取引が多いことで知られていました。資金調達によるスタートアップの余剰資金を受け入れて預金を増やしてきたのです。その結果、総預金残高は約1754億ドルに膨れ上がりました(FDICによる2022年末時点の残高)。

 こうして集まった預金を銀行は寝かせておくわけではありません。融資にまわすなり、運用するなりするわけです。

 コロナ禍の拡大による経済収縮懸念で融資の需要は見込めない状況が続きました。銀行の本業ともいえる貸出は同じ期間に1.9倍に留まり、預金の伸び率を大幅に下回りました。貸出は審査などで手間がかかり預金の急増と比例して増やすわけにはいかないという面もあるでしょう。

 そこで余剰資金は国債や政府機関債の投資に振り向けたのです。

株価は5倍になったが

 預金が急増した20年8月末時点において、5年国債の利回りは過去最低の0.82%であり、3カ月CD(譲渡性預金)の金利0.09%をはるかに上回っていました(図2)。

 FRBが資金を潤沢に供給する中、「預金金利が上がってもたかがしれている。貸倒れリスクなし(の国債投資)で0.7%ポイントの利ざやが入ってくるのは魅力的だ」と、同行の経営陣は考えたに違いありません。

 預金の多くを債券投資に振り向けた結果、預証率(債券残高÷預金残高)は20年3月の44%から21年12月には68%に上昇しました(図3)。その結果、資産全体に占める債券の割合も37%から61%に急増しています(図4)。

 株式市場もそんなSVBのビジネスモデルを評価し、株価は約5倍に急騰したのでした(前出の図1)。

 つまり、SVBはコロナ禍以降の量的緩和とITブームの恩恵を最大限、享受した銀行だったのです。

 だが宴はそこまででした。

22年3月をピークに預金が減少へ

 21年11月、ハイテク株主体のナスダック総合指数のピークとほぼ同時に、SVBの株価も天井を打ちます。

 決定打となったのは22年2月のウクライナ戦争の勃発です。その翌月、米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに踏み切ったのです。

 FRBは究極のインフレ要因である戦争という事態に対処したのですが、以来、長短金利の上昇に弾みがつき、リスクフリーだったはずの米国債は多額の含み損を抱えるようになりました。そして国債価格の下落に伴ってSVBの株価も急落し始めるのです(図5)。

 本来、債券は償還期限まで保有し、途中売却をしなければ、損失が実現することはありません。市場金利が上昇したとはいえ、調達コストである預金の金利はなおも0.5%程度に過ぎないのです。

 あのリーマン・ブラザーズ出身だったSVBのリスク管理責任者は、そんな風に楽観していたことでしょう。

 ところが、22年3月をピークにSVBの預金が減少し始めました。

資金繰り穴埋めの増資発表で株価が急落

 要因は2つ。1点目はSVBの顧客層であるハイテク業界が不振に陥り、売り上げの減少で預金を取り崩す企業が増えたことです。一方で多額の預金流入が期待される新規上場が少なくなりました。

 2点目は、0.5%程度だった銀行預金から、4%を超えた短期国債に資金をシフトする動きが拡がったことです。

 こうして預金の流出が加速しました。

 22年3月末時点で資産は2200億ドル、預金は1980億ドルあったのですが、わずか9カ月後の22年12月末には資産が2120億ドル、預金は1730億ドルに縮小しています。資産が80億ドル減ったのに対し、預金はその3倍の250億ドルも減少したのです。

 資金繰りが悪化した同行は、現金を用意するためにやむなく債券の売却に踏み切り、18億ドルの債券実現損が発生します。その穴埋めに増資を発表した途端、今度は株価が急落し、さらに預金が引き出されて万事休すとなったのです。

 これがSVB破綻劇の経緯です。

 破綻後、金融当局は、預金保険の対象となる上限(25万ドル)を超える分まで保護することを決定するなど、次々と異例の対応を繰り出して、火消しに動きました。それによって大混乱を招くような事態にはなっていません。現時点では。

全ての銀行と預金者を救済するとは限らない

 ただ筆者は、SVBの失敗は他行より一足早く表面化しただけなのではないかと考えています。程度の差こそありますが、SVBと同様、債券の含み損を抱えた銀行はたくさんあるからです。

 前回のコラムで指摘したように、米銀全体の債券含み損は6200億ドル(約84兆円)と、自己資本の28%相当もの規模となります。

 今回の件では、民間企業で倒産リスクもある銀行の預金金利が0.5%程度なのに対し、世界一安全とされる米短期国債の利回りが4.8%もあることの不条理さに皆が気がついたのではないでしょうか。

 そして、前述のように最終的には当局が保護するとのアナウンスを出しましたが、本来はSVBの預金の9割以上が預金保険の対象外であり、その部分は全て損失となる可能性もあったのです。

 こうした現実を知ってしまった以上、今後は銀行預金から短期国債に資金をシフトする動きが加速する可能性があるのではないでしょうか。

 なにしろ、期間3〜12カ月と銀行の定期預金と似たような期間が設定されている短期国債で運用すると、満期まで保有すれば元本が保証されるうえ、同じ期間の銀行預金に比べ10倍の利回りがあるのです。

 今回は政府が国債を原資にSVBの預金者を救済しましたが、破綻する銀行が続けば、その限りではありません。そもそも米議会では債務上限の引き上げを巡って、与野党が対立しているくらいなのです。

日本の投資家も意識が変わる可能性

 このことは「預金流出→資金繰り難→債券売却損の表面化→預金流出……」という形で金融危機が悪化する近未来を示している可能性があります。

 巨額の債券含み損を抱えているのは欧州や日本の銀行も同じです。欧州や日本では長らくマイナス金利が続いていたので、その間に発行された債券はいずれも大幅に値下がりしているからです。

 欧州はともかく、日本では短期国債の利回りはまだマイナスであり、預金の流出は簡単には起きそうにないようにみえます。

 しかし筆者のもとには、公益財団や年金基金、そして個人投資家から、「(利回りが4%以上もある)米2年国債への投資をどう思うか」という相談が相次いでいることもまた事実なのです。

※本稿は筆者個人の見解です。実際の投資に関しては、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  シリコンバレー銀行破綻は氷山の一角、世界金融危機に発展してもおかしくない

[関連記事]

米国債を売り続ける中国の深謀遠慮、世界の金利高で日本はどう動くべきか

世界の株式相場を支える日銀、このままでは強烈なインフレが日本を襲う

シリコンバレーバンクは預金流出が止まらず経営に行き詰まった(写真:ロイター/アフロ)