■『ラブプラス』のツンデレヒロイン凛子が役の幅を広げてくれた

――それだけの作品と役に出会えてしまったことで、燃え尽きるといいますか、目標を見失いはしなかったのでしょうか?

丹下:
 作品としては本当に、一番やりたいことができた、ここに自分の全部が詰まっているな、完結したな……と思えるくらいのものと出会えました。
 でも、実は私、声の仕事……というか、声を使ってやりたいことって、昔から一貫して変わらなくて。

――それはなんですか?

丹下:
 私の声を聞いてくださった方が、ほっと和む空間を作りたいんです。その思いは昔も今もずっとブレずに、変わらないんですね。
 一生、声でほっと和む空間を作り続けていきたいので、「燃え尽きた」みたいな感覚はなかったですね。

――なるほど。役者としての代表作ができたことで、イメージに縛られてしまうことはありませんでしたか? ご自分がではなく、まわりが桜ちゃんのイメージにとらわれてしまって、それが仕事の枷になるような……。

丹下:
 そういう意味では幸いと言うべきか、その後も『ラブプラス』の凛子、『Fate/EXTRA』のネロと、「代表作」と呼べる役と出会えたんですが、両方とも桜ちゃんとは正反対みたいな感じの役で(笑)。
 特に凛子は、初めて「ツンデレ」を演じて、幅を広げてくれた役ですね。

――まさに「代表作からいろいろなことを教えられている」ですね。

丹下:
 ああ、たしかに!

――ちなみに、取材の中でこんなことを告白するのもお恥ずかしいんですけど、初代の『ラブプラス』では凛子のカレシでした……(笑)。

丹下:
 そうなんですね(笑)。ゲームが発売される前、選んでくれる人がいないんじゃないかって、とても不安だったんですよ。

――ええっ。

丹下:
 それまで演じてきたのは、好きな人がいたら全面的に「好き!」と突き進むタイプの女の子が多かったんです。桜ちゃんもそうですよね。
 それで『ラブプラス』の他のヒロイン、愛花ちゃんも寧々さんもそのタイプじゃないですか。

 でも凛子はどちらかというと、「これじゃ嫌われるよね!?」って行動を取っちゃう。だから「大丈夫かな?」と。
 役になりきって、一生懸命演じたものの、「カレシになってくれる人はいるのかなぁ……」と心配でした。

――そうだったんですね。あんなに可愛いのに。

丹下:
 凛子好きな方は本当に大事にしてくださる、優しい方が多いですよね。「よかったね、凛子!」って、感想を見るたびに思います。ありがとうございます(笑)。

――めちゃくちゃ変な汗をかいてます、今(笑)。『ラブプラス』以降、『Fate』もそうですが、ゲームの仕事がかなりありますよね。アニメとゲームの仕事で、意識の違いはありますか?

丹下:
 一番の違いは、アニメは掛け合いでの収録ですが、ゲームでは単独で録るところ。それから、セリフの量がとても多いところ。
 今はわかりませんが、ゲームの仕事が増え始めたころは、ゲームの台本はよく「電話帳」と言われていたんですよね。

 それ以外は、私の中ではそんなに差があるわけではないんですけれど……でも、私はゲームの仕事に向いているのかなって思いますね。
 上手くいえませんが、相性がいいキャラクターを振られることが多い気がします。

――凛子もネロも、尖った属性のあるキャラクターですよね。

丹下:
 スタッフの方に「キャラを立たせるのが上手いね」って言われたことがあるんです。例えばほかにも、『ガールフレンド(仮)』のクロエ・ルメール

――CMでの一言(クロエ・ルメールですヨ!)が話題になりましたね。

丹下:
 そうそう。私もあのセリフが使われると思わなかったので、CMを見て衝撃を受けました(笑)。
 あのセリフ、最初はもっと普通にしゃべる設定だったんです。

 でもすごくキャラクターの数が多いゲームだと収録前に聞いていたので、だったら、フランスからの留学生設定を活かして、カタコトの日本語を喋る子がひとりくらいいた方が面白いかな? と思って、あのしゃべり方で演じてみたら、採用されたんです。

――演技のニュアンスは丹下さんのアドリブだったんですか。それはたしかに、キャラを立たせるのが上手い。

丹下:
 『グランブルーファンタジー』のカリオストロとかも、おじさんなところと女の子なところのギャップを演技のニュアンスで出してみたり……。
 『プリンセスコネクト!』のイリヤオーンスタインも、もともとは真の姿と仮の姿でそんなに演技に差がないキャラクターだったんですけれど、真の姿を妖艶なお姉さんにして、仮の姿の方をもともとの指定よりももっと幼い、小さい感じにしてもいいですかね? とこちらから提案したら、作中での設定もどんどん小さくなっていった(笑)。そういう形で、キャラを立たせるのが結構得意かもしれません。
 ゲームのキャラって、そもそもアニメよりアクが強い気がするんです。それが私の声や演技と、どうも相性が良いみたいです。

――演技でアイデアを足して、役のキャラクター性を広げることが得意。すごい仕事をされていますね。

丹下:
 いやいや。さっきから得意なことばかりお話ししているんですが、違うんですよ。不得意なことはほんっとに不得意なんです。
 例えば、アナウンサーさんみたいによどみなく情報を伝えるのは、ハードルが高くてできません。

 先輩方と5人で持ち回りの形で、レギュラーでやったことがあるんですけど、毎回、私だけがあまりにできなくて、家に帰ってから泣いてしまうくらいだったんです。
 そのころまだ新人で、新人は基本的には自分から仕事を断ることはないんですけど、初めて自分から降板を申し出ました。

――それは苦しかったのでは。

丹下:
 結果的には、いい判断をしたと思っています。ずっとやっていたら、どこかで壊れて、「自分はなんてできない人間なんだ、声優の仕事が全て向いていないんじゃないか」と思って、辞めていたかもしれない。あと、それがあったから、相性が良さそうだと感じた作品には、とにかく全力で臨もうと思うようにもなれたんです。
 できない部分もあるから、できる部分はちゃんとしよう! と。

――続けるためには大事なことですよね。得意なところを伸ばす。

■分岐点3:愛犬との出会って、今を生きることの大切さを知る

――では、そろそろ3つ目の分岐点に。

丹下:
 これはもう、「愛犬との出会い」です!! よくある言い回しになってしまうんですが、「天使って本当にいるんだ……!」って、愛犬と出会って、生まれて初めてリアルに思ったんです。

――気になります。どんなところが可愛らしいんでしょう?

丹下:
 朝起きた瞬間から「おはよー! 今日も一緒だね! 大好きだよ!」って尻尾を振りながら飛びついてくれるし、帰宅したら「おかえりー! ずっと一緒だよー!」って来てくれるし、こんなに毎日、新鮮な気持ちで喜んでくれる存在って他にいないな! って思うんですよ。
 ほんと、毎日癒やされていますね。

 『カードキャプターさくら』に私が声優としてやりたかったことが全て詰まってるとお話ししましたけど、愛犬は私が素晴らしいと感じるもの……「可愛い」「愛しい」「無邪気」「天真爛漫」「うれしい」「大好き」……そういういろいろなものが全部詰まっている存在で、宝物です。

――「分岐点」というテーマに沿ってうかがうと、そんな天使のような存在に出会って、一緒に暮らすようになって、ご自分に与えられた最大の影響はなんですか?

丹下: 
 ワンちゃんと一緒にいると、本当に幸せな気持ちになるのが大きいですけど……一番ハッとさせられたことは、「なんだかんだいろいろあるけど、今を楽しんじゃおう!」という感覚を教わったことですね。

――人間は過去や未来を考えて思い悩んでしまいがちですが、そうではない、目の前に集中する生き方を犬の姿から教わった。

丹下:  
 そうなんです。今直面しているコロナ禍なんてまさにそうですけど、何があるかわからない世の中じゃないですか。
 だから将来に対して不安なことを考え出したらキリがないんですけれども、ワンちゃんの短期記憶は10秒程と言われていて、いつだって今を全力で楽しんでいる。そんな姿を見ていて、「これ、悩んでもしょうがなくない!?」って改めて気づけたんです。

 過去にしても、起こってしまったことは取り返せないし、悩んでても時間の無駄だなって。失敗したら、反省して、解決策を立てて、ひとつずつそれを実行していこうと。
 ワンちゃんと一緒にいて、こんな絵に描いたような幸せな瞬間を過ごしているのに、なんで私は勝手に心を重くしているんだろう? って、ハッと気づかせてくれたんです。

――目の前にまさにそうやって生きている存在がいると、影響を受けますよね。

丹下:  
 あと、今飼っているワンちゃんは二代目なんですけど、先代のわんこは9歳で亡くなったんですね。
 ずっと元気だったのが、いきなり病気を発症して、手術もしたんですが、あっという間に亡くなって……。今思い出しても、そのときのことは苦しいです。
 一緒にいられる時間は本当に限られる。そうした経験もあって、「今を楽しもう」という気持ちが、より強くなりました。

――そうした「今」を大切にする話からの流れでこれをうかがうのもなんですが、分岐点を経た先の「未来」はどうお考えですか?

丹下: 
 私の代表作と呼べるものの中には、先ほど名前を挙げた作品や役以外に、ラジオと、それと結びついた音楽があると思っています。14年、毎週続いている仕事は他にありませんから。

 演じることも楽しいんですが、ラジオでは素の自分のトークで、それも楽しいんですよね。
 私はスムーズにお話しできるタイプではないというか、考えながらぽつぽつとしかしゃべれない、あまりいいしゃべり手ではないと思うんですけれど、聞いてくださる方が楽しんでくださるなら、いっぱい考えてしゃべってみようとは思うタイプで。
 今日のインタビューの様子を見てくださったらわかると思うんですけど(笑)。

丹下桜Radio A La Mode 1st Anniversary CD』
(画像はAmazonより)

――とても考えながら、こちらに気を遣いながらお話ししてくださっているのが伝わっていました。

丹下:  
 それに、わたしのライフワークとする「ほっと和む空間」を一番発信しやすいのもラジオなんです。
 だから何かしらの形で、この先もラジオは、続けられる限り続けていきたいです。

――『ときめきメモリアル』のラジオ(『もっと!ときめきメモリアル』『CLUBときめきメモリアル』)で丹下さんのお名前を意識したファンも多いですよね。

丹下: 
 『ときめきメモリアル』のラジオはずいぶん長くやっていたイメージがあったんですが、どちらも正味1年なんですよね。そういえば、今日は違う分岐点をお話ししましたけど、あれも私の中では、ひとつの分岐点でした。

――すごい盛り上がりでしたものね。そうした経験をされてきた方が、20年以上経った今、あらためてラジオへの思いを語ってくださるのは、なんだか感動的な思いがします。

丹下: 
 ラジオって、トークでは伝えきれなかったことを曲を流してお伝えすることもできるじゃないですか。
 特に今のラジオで流す曲はほとんど私が作詞していて、「言い足りなかったことを曲が代わりに届けてくれるだろう」と気持ちを託して歌詞を書くことも多いんです。

 「愛してる」とか「I love you」と話しかけるのはハードルが高いけど、曲だとスッと伝えられるのが、歌ならではの力だと思っているので。
 そういうことができる媒体としてのラジオを、これからも大事にしていきたいですね。


 深く掘り下げていくインタビュー取材では、取材対象の偽らざる本質的な部分が露わになることがある。
 時としてそれは情熱的であったり、ユーモアに富んでいたり……千差万別なのだが多くの声優に取材をする中で、とりわけ丹下さんから話を聴くときに流れていた時間は穏やかなものだった。
 
 多くの役を演じてきたにも関わらず「役に教わる」「役が幅を広げてくれた」と謙虚に語る丹下さんだからこそ、25年経ってもなお愛される“完全無欠のヒロイン”木之本桜を演じることができたのだろうと思う。

■丹下桜さん直筆サインをプレゼントインフォメーション!

 インタビュー後、丹下桜さんに直筆サインを書いていただきました。今回はこの直筆サインを2名様にプレゼントします!
 プレゼント企画の参加方法はニコニコニュースTwitterアカウント(@nico_nico_news)をフォロー&該当ツイートをRT。ご応募をお待ちしています。