「桜ちゃんは理想の女の子なんですよね。完全無欠な」――

 声優・丹下桜さんが演じた代表作といえば、アニメ『カードキャプターさくら』のヒロイン“木之本桜”を挙げる人は多いだろう。
 放送から25年経った今でも、「作品に勇気をもらっている」と語るファンは多い。

 後に本記事で丹下さんから語られるエピソードだが、誰よりも演じた本人が冒頭で引用した発言のように、木之本桜というヒロインに魅了され、「声優として演じたかったことの全てが詰まっている」と語るほどだ。

『カードキャプターさくら』
(画像はAmazonより)

 声優たちが人生を振り返り、ターニングポイントとなった「3つの分岐点」を語るロングインタビュー集「人生における3つの分岐点」。
 これまで、大塚明夫さん三森すずこさん中田譲治さん小倉唯さん堀江由衣さんファイルーズあいさん石原夏織さん三石琴乃さん平野綾さん日髙のり子さん小松未可子さん関智一さん田中敦子さん茅野愛衣さんのインタビューを実施してきた。
 15回目のインタビューとなる今回は、丹下桜さんの人生にスポットライトをあてる。

丹下桜さん。

 演技の経験は学芸会しかなかったという彼女が声優を志した理由とは何だったのか?
 かねてから大ファンだったという『カードキャプターさくら』の生みの親、クリエイティブ集団「CLAMP」との運命的な出会い。
 そして、愛犬と接するなかで感じた今を生きるということの意味……。

 飾らない、丹下さんの言葉をお届けできればと思う。

文/前田久(前Q)
編集/トロピカル田畑


■分岐点1:「声優になったこと」、ほぼ未経験で飛び込んだ演技の世界

――丹下さんの人生における最初の分岐点はなんになるでしょう?

丹下:
 やはりまずは「声優になったこと」です。
 声優に限った話ではありませんが、学生から社会人になるときって、誰にとっても大きな分岐点だと思うんです。

――ですね。幼い頃からずっと声優志望だったんですか?

丹下:
 いえ。今と違って当時は声優を職業として目指す人はほとんどいなかったので、わたしも進路を決める段階まで、職業として意識したことはなかったです。
 意識した具体的なきっかけは、テレビでアニメ制作の裏側的な番組をやっていて、声優さんがアフレコしているのを観たことでした。

 子供の頃から「声が特徴的」みたいに褒められることがよくあったんです。
 自分ではわからなかったんですけど、みんなが褒めてくれるってことは私のいいところなんだろうなと思って(笑)。
 それを活かした仕事がしたくて、それなら声優かな……と。そんな、わりと直接的な動機でした。

――演じることには、それまでご関心はあられたんですか?

丹下:
 演じる経験は、学芸会くらいでしたね。お芝居よりも、声を活かした職業として意識した感じでした。

――そこから声優への道を歩み始めて、どんな行動をとられたのでしょう?

丹下:
 東京の大学に進学することは決まっていたので、大学に通いながらアルバイトをして、養成所の入学金を貯めました。
 今思えば、決めてからはすごく行動的でしたね。今の自分だと「よくできたな!」と思うくらい(笑)。

――養成所に入られてからはいかがですか? ほぼ未経験で飛び込んだ演技の世界は、丹下さんの目にどう映りました?

丹下:
 「演技とはこういうものなんだ!」と、頭で考えるより実体験でつかんでいく感じでした。
 発声練習や、他の練習を重ねていくうちに、声の出し方や、感情の使い方を理解していったんです。

――感情の使い方?

丹下:
 なんでしょう……たとえば、「うれしい」とひとことでいっても、「好きな人に会えてうれしい」のか、「家族に会えてうれしい」のか、それぞれ違う。
 「うれしい」だけじゃなく、怒っているとき、悲しいとき、それぞれの感情に振り幅があるんだと、実際にお芝居をしながら、ひとつずつ学んでいった感じです。

――なるほど。日常生活で、お芝居ほどの喜怒哀楽を出す瞬間って、あまりないですものね。それにしても、憧れた仕事に実際に就いてみようとしたら、「思っていたのと違ったな」みたいな気持ちになる人の話も、しばしば耳にします。丹下さんとしては、そういう違和感はなかったんでしょうか?

丹下:
 声優業に関してはそうした違和感はなかったですね。
 他のことだと壁にぶつかったり、「思っていたのと違う!」と思うことがいろいろあったのですが。

■分岐点2:『カードキャプターさくら』との出会い

――養成所を経て、声優として仕事を始めてから、役者としての自覚や仕事への手応えを感じられた瞬間はあったのでしょうか?

丹下:
 それがふたつ目の分岐点、「代表作との出会い」につながるんです。
 声優という職業に向いているか向いていないか、正直、今でも自分ではわからない部分はあります。
 でも演じていて、「楽しい」と感じる瞬間に湧いてくる満足度や達成感は、他のことをやっていて感じるそれよりも、ずっと大きい。

 そういう部分で「向いているのかな?」と思えるときはあって、それは代表作を通じて得てきた感覚なんです。
 代表作を演じた経験からは、ほかにもいろいろなことを教えられていますね。

――たとえば、どんなことですか?

丹下:
 多くの方に知ってもらえて、私の代表作だと感じているキャラクターは、『カードキャプターさくら』の木之本桜ちゃん、『ラブプラス』の小早川凛子、『Fate/EXTRA』のネロ……。

――どれも丹下さんの声があってこそ、と感じるキャラクターばかりですね。そのなかでも特に分岐点として大きい役は、どの役になるのでしょう?

丹下:
 やっぱり一番大きいのは『カードキャプターさくら』です。クロウカード編、さくらカード編、クリアカード編と、TVシリーズを3期に渡って演じさせていただいてきました。
 中でも25年前に演じたクロウカード編とさくらカード編には、私が声優として演じたかったことの全てが詰まっていたんです。

――全て……それは作品全体の雰囲気、世界観としてですか?

丹下:
 世界観もそうですし、何より、桜ちゃんは理想の女の子なんですよね。完全無欠な。
 私にとってもそうですし、「桜ちゃんの『絶対大丈夫だよ!』の言葉に励まされて、ここまで来られました」という方に、今まで大勢お目にかかったんですね。
 それくらい、いろんな方の人生に影響したり、心を支えたり、宝物みたいになっている作品だなって思いますね。

――そんな桜ちゃんとの出会い、あらためてお聞きしてもよろしいでしょうか?

丹下:
 もともとCLAMP先生の作品が好きだったんです。最初に出会ったのは、高校生のときに読んだ『聖伝-RG VEDA-』。

『聖伝-RG VEDA-[愛蔵版](1)』
(画像はAmazonより)

 シリアスで、活躍していたメインキャラが亡くなったりするお話も衝撃的でしたけど、独特の世界観とイラストがなんて素敵なんだ! と。まさに「美麗」という言葉がぴったりで、すっかり魅了されました。
 声優になったときの一番の夢が、「いつかCLAMP先生の作品に出たい」だったんです。

――それほど大きい存在だった。

丹下:
 桜ちゃんの前にも、『不思議の国の美幸ちゃん』というOVAにユリさん役で出演できて、そのときもうれしかったんです。

『不思議の国の美幸ちゃん』
(画像はAmazonより)


 でもその後に発表された『カードキャプターさくら』を見たら、「どうしてもこれはやりたい!」という気持ちがこみ上げて。
 でもそのころはまだ私も新人でしたし、役のオーディションというのは自分が望んで受けられるものでもないので、ただただ「オーディションのお話、来ないかな?」と待っていることしかできなかった。そうしたら、オファーをいただいたんですよ!

――それだけ待ち望まれたことだと、オーディションのこともよく覚えておられるのでは?

丹下:
 はい。スタジオで、ケロちゃん役の久川綾さんと、知世ちゃん役の岩男潤子さんと3人のチームで、掛け合いの形でのオーディションだったんですね。
 で、まさにその3人に決まったのですが、あとから聞いたお話ですと、それまでに何百人とオーディションをやったあとで、CLAMP先生のご指名がこの時のメンバーで、そのまま役に決まったんです。

――のちにCLAMPのみなさんに直接お会いする機会もあったと思うのですが、そのときはいかがでした?

丹下:
 お会いしたのはアフレコが進んだあと、打ち上げが何かの機会でしたが、アフレコの本番よりも緊張しました(笑)。
 「CLAMP先生って、実在するんだ!?」じゃないですけど。「神がそこにいる!」みたいな感じでしたね。