仕事とは、自分の能力を生かして働き、その対価をもらうこと。近年、増え続ける障害者雇用に関しても、それは同じだ。ただ、弁護士ドットコムニュースのLINEに当事者から寄せられた声には、仕事への適応に苦慮している現状が浮かんできた。

約10社の企業で産業医を務める堤多可弘医師は「特に精神の障害の場合は周りからは見えづらくギャップが出やすいです。例えば柔軟性や迅速性など能力を五角形で示した場合、障害者は平均的ではなく、大きくデコボコができる。多様な人たちにフェアに活躍してもらうには、得意な部分を最大限生かし、苦手な部分は目立たないようにすることが肝要」と強調する。

「すべては本人が主体です。産業医ができるのは社員と企業の間に入って、中立の立場として、うまく回るように調整すること。本人が主体となり適応を目指しつつ、会社も環境を整える。環境が整えば障害が目立たなくなるケースも多いんです。優しい上司が過剰に守ってあげて、ぬるま湯につけておくことは誰のためにもならない」

「働く前に得意なこと、苦手なことを社員・企業・医師の三者で共有するんです。うまくいかなければ、別のことを見つける。体調が悪く会社にちゃんと来られないようなら、いったん長期で休むことを提案する。会社側も表面的に寄り添うという体はやめて、本気で向き合うことが求められています」

●「逃げ道を正しくふさぐ」解決メソッド

堤医師は大学病院勤務を経て、累計40社で産業医を務めた経験がある。精神の障害を抱えた数千人ものケースに向き合ってきた。起きがちな同僚や上司との軋轢、会社側がやりがちな過剰な配慮や差別…障害者雇用の現場で生まれるトラブルは千差万別だという。

解決へのメソッドはこうだ。

まず、うまく回らない原因を探る。労働環境に起因するものなのか、個人の能力と業務のミスマッチかー。課題をはっきりさせ、会社側(管理職・人事部)、本人と共有する。そして解決策を見つける。医師を含めて、三者ともに根気が必要な作業となる。これは障害者に限らずすべてのビジネスパーソンに求められる過程だと堤医師は言う。

「障害者本人には、逃げずに自分の課題に向き合ってもらうことが長期的には成長や適応につながります。例えば、注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断されていた男性がいました。彼は、前職では創造的な仕事がなく、ルーティーンだったからうまくいかなかったと言った。でもルーティーンワークは、どんな仕事にも必ずある。行き過ぎた配慮や甘やかしをしないように、正しく逃げ道はふさぎます」

追い詰めるという意味ではなく、絶妙なさじ加減で体調やタイミングを見計らい、サポートしながら無理のない範囲で課題に向き合えるようにするという。本人を守りすぎて、課題から目をそらし続けると成長の機会をなくしてしまう。

そのためには、自己分析し、社会での働き方を学ぶ就労移行支援事業が大事になってくる(法令で2年間が上限)。堤医師は、本来は行政がもっと力を入れるべきで、東京都でもセンターが2カ所しかないのは不十分だと訴える。

●「過剰な寄り添い」こそが差別を生む

一方、法定雇用率を上げるべく障害者を採用する企業の中では、現場の管理職が最も苦悩していると堤医師は感じている。

「日本の昔ながらの企業風土が問題です。管理職や現場に押し付け、現場を知らない上司は『本人は頑張ると言っている』などと過剰な寄り添いをしがち。甘やかされた本人は、徐々に配慮されることに慣れて当たり前になっていく、一方で成長の機会を失っていく。管理職は疲弊する。悲劇しか生みません」

だからといって心のマネジメントまで、ただでさえ多忙な管理職にさせるのは酷だといい、解決するためのサポートチーム(遊撃隊)が理想的だとする。絶対に逃してはならないサイン(KAPE)があり、そのサインをキャッチしたら出動する部隊だ。

K:勤怠=欠勤、突発休み、遅刻、早退など勤怠の乱れ
A:安全=現在、未来において安全に自他ともに通勤・勤務ができるか
P:パフォーマンス=パフォーマンスが低下していないか
E:影響=周囲への悪影響を及ぼしていないか

加えて、企業側にすべてを丸投げせず、国からのバックアップは欠かせないと指摘。例えば企業数社でデータ処理を専門とする大規模なBPOセンターをつくって外注するなどの事業を、国が援助することなどが想定される。

「ある20代の女性は、臨機応変が苦手でした。ただ、定型化された仕事を的確にするのは苦ではなく、資料をまとめるのがうまかった。本人は『誰でもできる仕事』と思っていましたが、あるべき姿を設定して土壌を整えれば、生産性は上がるし、育成もできます」

●目の前の数字にとらわれると落とし穴

さらに堤医師は、企業は表面的な寄り添いばかりで本質的な課題解決をしないと、訴訟などの大きなリスクを抱える可能性があると警鐘を鳴らす。2月には発達障害がある玩具メーカー元社員が不当な退職勧奨を受けたのは障害者雇用促進法違反だとして会社に賠償を求めている。

2007年にうつ病になり自殺した研修医の遺族が病院に賠償を求めた訴訟で、大阪地裁判決は「健康や精神状態に配慮し負担を減らすべき義務を怠った」として、安全配慮義務違反を認めた。

「病院側は早い段階で不調を察知し、精神科の受診を勧めたり、研修医の異動を行い負担軽減などできる限りのカバーをしていました。自殺の1週間前に、研修医は自殺をほのめかすメモを残し失踪していました。研修医はその翌日には定時に出勤しましたが、院内で自殺しました」

失踪したり、ほのめかしたりしていたから直ちに休ませるべきだったと解釈でき、使用者側に多大な責任が求められていることが分かる。

法定雇用率が高まる中、障害者の特性や経験に基づいた多様な雇用の形が期待されている。

「(厚労省が問題視している本業とは違う)農園での作業を単に規制するのではなく、そこで培った経験、たとえばコミュニケーション力や体調の維持の仕方など『働き続けるチカラ』をベースにさらに活躍できるステップを作っていくべきでしょう」

「よく障害者への理解促進といいますが、結果として行動が変わらなければ意味がありません。いまは通院休暇も私傷病手当ももらえる一般雇用のいわゆる『働かない社員』と、基本は契約社員からスタートする障害者の待遇の隔たりが大きすぎます。良い職場にするために、根気よくノウハウをつくっていくことが急務です」

【プロフィール】 堤多可弘(つつみ・たかひろ) 精神科医。弘前大学医学部卒業後、東京女子医科大学精神科で助教、非常勤講師を歴任。 現在はVISION PARTNERメンタルクリニック四谷の副院長を務めつつ、複数企業の産業医として活躍している。共著に「企業はメンタルヘルスとどう向き合うか―経営戦略としての産業医 」(祥伝社新書)。
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