4つの歯科医院を運営する村瀬千明氏は、患者のためだけではなく、クリニックで働く「女性スタッフ」のためにも、高価な治療機器を導入することは効果的だといいます。それはいったいなぜなのか、村瀬氏が詳しく解説します。

高価な治療機器を導入した経緯

歯科衛生士が受けたセミナーで最新の機械のことを学ぶセミナーがありました。けれどもせっかくセミナーを受けたのに医院にその機械がないと習ったことを活かせません。多くの女性スタッフがセミナーに行って、「この機械すごく良いですよ」と言ったものは高価でも購入することがあります。

例えば、細菌の塊であるバイオフィルムなどを除去してむし歯などを予防するエアフロープロフラキシスマスター(※)という機械は1台約135万円で、本院だけでトータル400万円以上掛かりました。 ※18 EMS Dental「エアフロープロフラキシスマスター

将来はその機械が使われなくなったり活かされなくなったりする可能性もゼロではありません。過去に新しく買って使わなくなったものもあります。しかし女性スタッフは自分たちが見てきた機械を実際に買ってもらえれば、より意欲的に仕事に取り組んでくれるのです。

あるスタッフは面接のときに「日本デンタルショー(歯科医療関係者向けの展示会)で見て良いなと思ったから、前いた医院で院長にお願いしたけれど買ってはもらえなかった。でもここにはこんなにたくさんあるんですね」と驚いていました。

新しい機械に詳しい女性スタッフは「前から欲しいと思っていたんです」ととても喜びました。ほかの医院にはなくて自分たちは恵まれているのだと感じてくれています。

歯科衛生士にとっては憧れの機械らしく、そういうものも取り入れることでスタッフの頑張りが違ってきます。高い最新の機械を入れて患者様に良い治療を提供することだけが目的ではなく、そこには女性スタッフの士気向上や自尊心の形成といったメンタル面での成長の狙いもあるのです。

人材が育つかどうかはスタッフたちの目に見えない精神力をいかに育てるかに掛かっています。彼女らはセミナーを受けたり憧れの機械を使ったりすることで士気がアップし、やがて目に見える効果を出してくれます。

そんなスタッフたちの成長を喜べるとき教育への投資は大切だと実感するのです。

女性スタッフのキャリア形成の道を拓く

女性スタッフは日々の診療で経験を積み、時には研修を受けて「キャリア」を積んでいきます。

女性スタッフ自身も仕事をしていれば成長してキャリアアップを望んでいると思います。得意な分野の専門性を高めたりそのために研修を受けたりして、現場で技術を磨き歯科衛生士・歯科助手としてプロの道を歩みたいと思っているのです。

しかし経営者が「5人くらいの組織だからうちの医院に必要なことをやってくれればいい」、もしもそのように考えているとすれば、それは大きな誤解です。

日本歯科衛生士会の調査では、職場で改善してほしいこととして、1位が待遇、2位が専門性・資格等の評価、3位が教育研修等・レベルアップの機会の充実でした。

また「歯科衛生士の仕事の魅力」という質問には、「国家資格である」には96.1%、「専門性の高い仕事である」に93.6%の人が丸を付けています。さらに「人の命や健康を守る仕事である」に91.4%、「人に直接関われる・手助けできる」は88.2%という結果です(※)。 ※11 日本歯科衛生士会「歯科衛生士の勤務実態調査報告書」(令和2年3月)

歯科衛生士という国家資格とその資格をもつことでできる仕事を誇りに思い、専門性をもっと評価してほしいと感じているのです。言い換えれば、歯科衛生士としての仕事を評価されていないと感じている女性スタッフが多いということです。

女性スタッフは向上心をもち技術を磨きたいと思っているのに、院内の教育システムの整備ができていない、キャリアを積める道が開かれていない歯科医院が多いと思います。

歯科医師として技術を磨き成長したいと思うのと同じように、女性スタッフも同様に経験を重ね技術を身につけ、歯科衛生士としても人としても成長したいという気持ちをもっています。

それにより人や社会に貢献したり、人の健康を預かったりする歯科衛生士という職に誇りと責任を感じているのです。

成長したくても環境がない、努力しても報われない職場は離職されやすく、いくら優秀な女性スタッフを雇っても長くは定着しません。仕事をしていて未来が描けなければ不安だからです。

女性スタッフのキャリアや技術に対する評価制度も同時に設け、昇給や昇進させることも大切です。

1年目の新人と2年目3年目の女性スタッフでは、明らかに仕事ぶりが違うはずです。それを正当に評価し賞与に反映させたり仕事内容をレベルアップさせたりして、キャリアに合った待遇を用意し仕事を与えます。

自分の仕事ぶりが評価され努力が報われれば仕事に前向きになり、結果的には良い人材が定着し、より良い治療やサービスを患者様に提供することになるのです。

人材育成が組織の成長につながる

女性スタッフがキャリアアップできて成長できることは、歯科医院としての成長を約束するといっても過言ではありません。言い換えれば、組織として成長するためには女性スタッフの人材育成がカギとなります。

人の成長は一朝一夕で成せるものではなく成果としては日々実感できるものではありません。しかし日々の積み重ねが成長へつながることを忘れてはいけないと思っています。

歯科医院の経営者は、歯科医師としての業務と経営者としての業務の両方を担うため、人材育成にまで手が回らないという人も多いと思います。

でもだからこそ、人材を育成して仕事を任せれば、自身の業務に対して選択と集中ができるようになるのです。5〜8人の組織であっても、新人や若手に教えたり面倒を見たりするスタッフが1人いるだけで、経営者の負担はかなり軽くなります。

常に経営者が新人の一人ひとりまで目を配り、手取り足取り仕事を教えなければならない状況では、経営者の負担が重過ぎます。

でも開業すれば自分が先頭に立ってやらなければいけないと一生懸命になる気持ちはすごく分かります。私も自分が治療も事務も何もかもやっているときは、時間的にも精神的にも余裕がありませんでした。私がピリピリしていたので医院内の雰囲気は悪く、そんな状況では人は定着しませんでした。

しかし、私の考えや価値観を伝えてそれを理解して実践してくれる人に現場を任せるようになると、私自身に時間的にも精神的にも余裕が出てきました。

すると不思議というか自然の成り行きというか、院内の雰囲気は柔らかくなりスタッフも定着するようになったのです。そして矯正をもっと学んだり休暇を取ったりすることもできるようになり、仕事もプライベートも充実しました。

矯正歯科専門医として私自身まだまだ多くの学びたいことがありますし、技術を磨いて成長もし、スタッフに学んだことを還元していきたいと思っています。

3つの分院すべてのスタッフの仕事ぶりや業務内容をすみずみまでチェックし指導することは現実的にはできません。そのため今は現場のベテランスタッフと勤務医に人材育成のほとんどを任せ、困ったことがあれば相談に乗ることにしています。

中間管理職ともいうべきスタッフが育たなければ、いつまでも経営者が現場のすみずみにまで目を光らせていなくてはならず、負担は増える一方です。

経営者がスタッフに仕事を任せることで自らステージアップし、それによりスタッフたちも自動的にステージアップすることができ、組織を成長させることができます。

何十人というスタッフを抱えて組織が大きくなってからではなく、1医院または10人ほどの規模のうちから経営者の価値観を浸透させながら人材育成を進めます。

そうすれば分院展開するなどでスタッフを増やし組織が大きくなったときに、経営者の方針や価値観を理解する右腕となるベテランスタッフや勤務医が育っており安定的に歯科医院を運営していくことができるのです。

村瀬 千明

歯学修士

日本矯正歯科学会認定医

(※写真はイメージです/PIXTA)