(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授

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 韓国社会は熱くなりやすいという指摘を日本ではよく耳にする。実際に韓国人は納得できないこと、不本意なことがあると、すぐに怒りの声を上げる。

 そういえば韓国に移り住んだ頃、バスと乗用車が2車線にまたがって停車し、その脇で運転していた2人の男が大声で怒鳴り合っている光景を目にしたことがある。接触事故を起こしたのだ。道路は大渋滞である。

 何もそんな大声で喧嘩をしなくても警察を呼んで検証すれば済む話だろう。事故現場で罵(ののし)り合っても何の解決にもならない。外国人としては理解に苦しむ、違和感たっぷりの光景だったが、最近はそういう道路上の喧嘩はあまり見なくなった。

「国を売った」尹大統領の支持率が急落

 見なくなると逆になんだか物足りなさを感じてしまうものだが、そうした韓国はもちろんまだまだ健在である。徴用工問題の解決策と尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の訪日に対する韓国社会の反応がそれだ。

 解決策発表から2週間が経った頃にリアルメーターが行った世論調査の結果によると、尹大統領の支持率は42.9%から36.8%に落ち込んだ。6.1ポイントの下落である。それほどまでに尹大統領が切り出した対日政策は不評だった。

 今回の解決策は対日外交の「完敗」であり、尹大統領は「国を売った」とみられているのだ。

 これらの批判を最も声高に叫んでいるのは野党の「共に民主党」だ。彼らの言動は解決策発表直後から大々的に報じられた。

 また、政治評論家たちも「韓国だけが譲歩した」とか「日本側はこれまでのことを繰り返すだけで、結局は何も譲歩していない」と不公平感を吐露していた。

 とりわけ印象的だったのは、解決策発表の3日後に開かれた日本の衆議院・安全保障委員会での一コマをめぐる報道である。徴用工について「強制労働として表現するのは適切ではない」とした林芳正外相のコメントをめぐり、韓国メディアは蜂の巣を突いたかのような騒ぎとなった。

 だが、今回発表されたのはあくまでも「策」であり、2015年12月の慰安婦合意と根本的に異なっている。徴用工解決策をめぐっては、これから両国政府が話し合っていくつかの合意が行われていくであろう。だから韓国人ではない私からすると、大騒ぎするのはまだ早いのではないかと思えてしまう。

 でもそんなことは韓国社会にとっては関係ない。尹大統領は日本に一方的に譲ってしまった。さらに3月21日の閣議では、「日本はすでに数十回にわたり歴史問題について謝罪している」と述べ、反日を政治利用しないよう呼びかけた。そんな尹大統領は、「けしからん」こと、この上ないのである。

日本側が何も踏み出さなければ関係は変わらない

 一方で日本側にしてみれば、韓国に疑心暗鬼にならざるを得ない。日韓首脳が互いに往来しなかった時期が12年も続き、さらに野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表は、日韓関係完全崩壊もやむなしと思わせるほどの言動をこれまで何度も繰り返しつつ支持を得てきたのだから。

 NNN日本ニュースネットワーク)と読売新聞による世論調査が実に興味深い。韓国政府の解決策について「評価する」は58%、日韓首脳会談について「評価する」は64%だったものの、日韓関係が良くなるかについては「変わらない」が61%だったのだ。つまり日本社会は、尹大統領の政策は評価するものの、韓国社会を信頼していないのだ。

 私もこの点では同じ思いである。そもそも日本側がこのまま何も踏み出さなければ、解決案はご破算である。そうなると、日韓関係は何も変わらない。

私が大統領選で李在明氏を推していた理由

 だがここではその話をしたいのではない。果たして韓国社会は日本を本当に必要と考えているのか。これが私の最大の関心である。

 実は、私は大統領選挙で、反日姿勢が色濃い李在明候補を推していた。

 朴槿恵パク・クネ大統領文在寅ムン・ジェイン大統領は、日本とは距離を置いて中国を重視した。日米韓による東アジアの安全保障という観点からすると、そうした韓国の動きは少なくとも日本にとっては予想外であり衝撃的でさえあった。

 文大統領は政権後半になって、歴史認識問題と日韓関係を分離する2トラック外交を提唱したが、それをどこまで本気で考え、現実的な具体策を思い描いていたのだろうか。なすすべなく任期を終えたのだから、その点については疑わしい。

 そうしたなか、日本批判を続けていた李候補が、大統領選挙で尹候補と激戦を繰り広げた。私は、日韓関係を修復するには一度完全に壊したほうが良いと考えている。韓国社会が望むのであれば、日韓関係は一度断絶したほうがよい。それができるのは、李在明氏しかいない。

尹大統領が抱く台湾有事への危機感

 ただし、そうした反日・嫌韓合戦は、世界が平和であれば許される。ウクライナ戦争により、今、世界は大混乱に陥っている。台湾有事の危険性も高まっており、反日・嫌韓でいがみ合っている場合ではない。

 東アジアの危機はヨーロッパでも心配されている。この冬訪ねたフランスドイツポーランドで、そういう話を何度か切り出された。なかでもドイツでは、バーで話していると「台湾有事について日韓はどう考えているのか」とことあるごとに質問された。ベルリンで出会った40代の男性は、「ウクライナよりも技術力・経済力のある台湾が危機に陥るようなことがあれば、全世界への影響は計り知れない」と力説していた。

 また、つい先日の3月18日には、ドイツからショルツ首相が来日して岸田首相と会談し、今後は政府間協議を開催して「経済安保」での連携を強化する点で一致し、ドイツの軍艦をさらに太平洋地域に配備することが約束された。これには台湾有事も念頭に置かれていて、ドイツのZDFはショルツ首相訪日を夜7時のニュースでトップで伝え、「中国依存脱却のために日独両国の協力関係が新たな段階に入った」と報じている。

 そうした台湾有事による東アジア危機に、韓国社会はリアリティーを感じているのか。徴用工問題の解決策に反対するボルテージの大きさを見ると、答えは「ノー」である。

 だが、まったく希望がないわけでもない。現地メディアの間で冷静な議論が見られるようになってきたのだ。「日韓は経済安保で重要な関係」といった意見や、「今後の日本の出方を見守りましょう」というコメントも出てきている。

 尹大統領は明らかに台湾有事に危機感を抱いており、だからこそ日韓の協力関係に大きな価値を見出している。その思いが韓国社会に浸透していけば、「日韓は昔はほんとに仲悪かったよね」と笑い飛ばせるようになるかもしれない。いや、そうあってほしいものだ。

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