軍がどれだけ高性能な兵器、装備を備えていても戦いに勝てるとは限らない。元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)の香田洋二氏は、著書『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』の中で、「軍が機能するかどうかは、国の政治のあり方、そして政治と軍の関係に大きく左右される」と指摘する。真の防衛力強化のために日本人が直視すべき、日本の防衛の構造的欠陥とは?

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(*)本稿は『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』(香田 洋二著、中公新書クラレ)から一部を抜粋・再編集したものです。

「憲法違反」と卵を投げつけられる

 自衛官にとって憲法は特別な存在である。自衛隊に入隊する際に読み上げる服務宣誓でも「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し・・・」と憲法遵守を誓う。

 そして憲法は、自衛官にとって悩ましい存在でもある。「武力の放棄」を謳う憲法第9条を理由に、自衛隊を「憲法違反」と批判する声は嫌でも耳に入ってくる。2015年6月30日朝日新聞社が行った調査によると、自衛隊を違憲と考える憲法学者は63%に上るという。

 憲法を遵守した上で命がけの任務遂行が求められる一方で、その憲法は自らの存在を否定しているのであれば、自衛隊ほど矛盾に満ちた組織はない。その中にいる自衛官は日本で一番ひどい精神的ハラスメントを受けていると言っても過言ではない。

 個人的な話になって恐縮だが、35年ほど前にマンションを購入したときのことは、苦い思い出として残っている。書類の記入を進めていると、職業欄がある。私は「海上自衛官」と書くべきところを「公務員」と書いた。誰かにそうしろと言われたわけではない。だが、自分の職業を「自衛官」と書き込むと、予想もできない不利益を被るのではないかと感じ、反射的に「公務員」と書いてしまったのだ。

 本来であれば、自衛官は誇るべき職務だ。私自身、退官した今でも海上自衛隊を誇りに思う。悲しいかな、それでも自分の職業を堂々と書けなかったのである。

 何しろ、横須賀防衛大学校の学生が京浜急行で、立っている人がいない車両の空き椅子に座っていると「自衛官は座るんじゃねえ」と文句を言われた時代である。私の先輩の話では、横須賀駅で防大の制服を着て歩いていると、卵を投げつけられ「憲法違反」と罵られたという。

 吉田茂首相は、防大の第1期生にこう語ったという。

自衛隊が国民から歓迎されチヤホヤされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡のときとか、災害派遣のときとか、国民が困窮し国家が混乱に直面しているときだけなのだ。言葉を換えれば、君たちが日陰者であるときのほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。自衛隊の将来は君たちの双肩にかかっている。しっかり頼むよ」(『回想十年』)

 吉田氏の時代はともかく、私が現役だった1985年日本航空ジャンボ機が群馬県の御巣鷹山に墜落した際も、悪質なデマを聞いて愕然とした。「あれは自衛隊が撃ち落とした」というのだ。そんなデマが流れるのは、「悪いのは自衛隊」という先入観があってこそだ。自衛隊を悪者とみなす雰囲気は、私の家族にも及んだ。

うちの息子が不登校に

 1988年7月23日横須賀の沖合で、海上自衛隊潜水艦「なだしお」と漁船「第一富士丸」が衝突し、30人が死亡、16人が重軽傷を負った。この事故では当時の瓦力防衛庁長官が引責辞任し、1992年には、横浜地方裁判所が「双方が安全義務を怠った」として、なだしお、第一富士丸の責任者に有罪判決を下している。

 事故直後のことだ。息子が学校に行かなくなった。理由を聞くと、学校の先生から「お前のオヤジが悪い。自衛隊が悪いことをしたんだ」と言われたという。

 当時は私も海上幕僚監部で苦情電話の対応に追われていた。とにかく反論はできない。

 夜中の2時であろうと、なんであろうと、お叱りの声を丁寧にお聞きするという仕事だった。私は海上自衛隊の一員なので仕方がないが、息子までそんな目に遭っていたのかと思うと申し訳ない気持ちだった。

 幸いにして、学校の校長先生教頭先生が気を遣ってくれた。息子には「お父さん、大変だよね」と声をかけてくれ、ほどなくして息子は学校に通うようになったが、自衛官になるということは、家族にも迷惑をかけることを意味したのである。

 個人的な話を持ち出したのには理由がある。2019年2月13日の衆院予算委員会で、立憲民主党の本多平直衆院議員が、安倍晋三首相のある発言を問題視した。その発言とは、2018年8月12日安倍氏の地元、山口県下関市で行った講演でのものだ。

「ある自衛官は息子さんから『お父さん、憲法違反なの?』と尋ねられたそうです。そのとき息子さんは、目に涙を浮かべていたと言います」

 本多氏はこの発言について、「これは実話か」「私は自衛隊の駐屯地のそばで育ったが、そんな話は出たことがない」「何県でいつごろどういう方から聞いたのか」などと、あたかも安倍氏が作り話をしているかのように追及した。

 安倍氏は「私の言うのがウソだというのか? 無礼だ」と反論したが、本多氏の「追及」に怒っているのは安倍氏だけではなく、私のような世代の自衛官、自衛官OBも怒っているはずである。多かれ少なかれ、似たような経験はしているのだ。

 自衛隊は憲法違反と考える国民は少なくなっているとはいっても、憲法学者の大半は自衛隊を違憲とみなしている。いざ、というときに国民の間で「自衛隊は違憲」という認識が広がるかもしれない。命がけの任務に就く自衛官に対し、最低限の敬意を払ってほしい。とまではいわないとしても、憲法との関連において少なくとも「普通」に扱ってほしい。憲法改正は自衛官の悲願である。

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