
菅前総理と自民党政治の本質を突いた『パンケーキを毒見する』の続編、『妖怪の孫』が全国で絶賛公開中だ。「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介の孫、安倍晋三元首相をSNSを駆使したマスメディア対策、統一教会問題、憲法改正など多角的な観点から検証した本作は、公開後から満席が続出、上映後に拍手が起こっている劇場もあるという。8年間もの長期政権を維持し、「美しい日本」「アベノミクス」など、数々のキャッチフレーズと共に大人気を博した安倍政権とはいったい何だったのか――。前作に続き、今作も監督を務めた内山雄人さんに制作の背景や作品に寄せる思いなどについて聞いた。
◆今のテレビでは絶対できません
――本作は、前作『パンケーキ~』のプロデューサーである故河村光庸スターサンズ社長の企画だったとのことですが、この映画の監督を引き受けた理由についてお聞かせください。
内山:右左といった思想や政治的な傾向の問題ではなく、客観的な事実を元に「政治をきちんと検証してみたい」という思いがありました。前作の『パンケーキ~』もそうですが、今回も「安倍政権の軌跡をきちんと検証してみよう」という姿勢があるだけで、「反安倍」を掲げる気は全くないです。むしろ、「何をしたか」という事実のみをきちんと並べて紹介したかった。
本来はテレビの2時間の特集番組でできることなのですが、今のテレビでは絶対できません。それをやるべきと発する人もいない。『パンケーキ~』でも描かれていた本作の企画プロデューサー・古賀茂明さんの「I am not ABE」発言をきっかけにした報道番組の降板がありましたが、「圧力がかかるかもしれない」という忖度があるせいか、この種の検証をテレビでは全くやらなくなった。それならば「映画」で描こうと。
統一協会の友好団体と自民党が「政策協定を結んでいた」というニュースが流れましたが、人権の問題や二世の問題とは別に、「政策が歪んだ」ということも統一教会問題を語る上で見逃せない点です。同じことが財界、いわゆる電気業界や自動車業界等にも起きており、劇中ではその事実についても触れています。そういう意味で日本社会のあらゆる場所で自民党との癒着関係が存在し、それによって票が大きく動き、政策の変更が頻発していることが今回の映画で伝わるのではないでしょうか。
そこからは、自民党政権が利権や癒着でがんじがらめになっていることから生じる「日本の舵取りの歪み」「経済的なチャンスを逃している政治」が見えてくる。安倍さんの足跡を辿りながら、「自民党の構造」を伝えられればいいと思っています。
とにかく安倍さんは選挙に勝ち続けてしまったが故に、さまざまな疑惑がなし崩し的に「もう禊は済んだ」という結論に落ち着いていました。結局、「モリカケ桜(森友学園・加計学園・桜を見る会」があっても「選挙に勝ったのだからもう言わなくていいんじゃない?だって、国民が認めてくれたし」という雰囲気があったので、逆に、なぜ選挙にそこまで強いのか、というところを検証したかったんです。
◆若い世代にも刺さる“自民党の発信力”
――映画冒頭では、自民党のSNSも含めたメディア対策、演説内容まで指導する選挙対策について、西田亮介教授が解説しています。
内山:自民党の情報発信力は本当にパワフルです。どんな手を使ってでも自分たちのメッセージを届けようという情熱、熱量が他の党とは全く違う。「これだけやっている」という客観的な事実を並べましたが、そこには「野党ももう少し頑張ってほしい」という意味合いも込められています。
自民党の発信は若い世代に深く刺さっているので、若い世代は自民党を悪いと思わない。あれだけバラエティ出ることも、今までの総理はして来ませんでしたが、それをサラッとやってのけて、「安倍さんって素敵よね」と思わせる。そうすると、誰も悪く言わなくなります。
自民党は2009年の秋に野党になったことで、覚醒しました。第1党であった時は、何もしなくてもメディアは「(情報を)教えてください、教えてください」と集まってきた。その頃は、自然に情報発信できていたのに、野党になった途端、当たり前のことですが、記者は民主党の方に行くようになった。
提案したいことがあっても、誰も聞きに来ない。これはまずいということになり、自民党は本気になって、メディア対策をやり始めたそうです。自分たちが本気で勝つには、まず情報発信しなくてはいけない、そして、メディアをこちら側に引き寄せてこないといけない。しかも、自分たちを報じるメディアも自分たちが全て選ぶのだと。そこで「メディアを選ぶ」という発想が出て来る。そして、自分たちが握っているので、メディアに対して強気の態度を取ることもできるわけです。
◆現役官僚たちの心の叫び
――元経済産業省官僚の古賀茂明さんによる現役官僚へのインタビューもありました。
内山:劇中では、集団的自衛権行使を容認する閣議決定をした時に、反対していた山本庸幸内閣法制局長官を退任させたことについてのコメントが登場しますが、安倍政権以降は、「こんなの無理だろう」「法律的におかしいだろう」ということがまかり通って、それがどんどん上から降って来るそうです。そして、そればかりやっていると感覚がどんどん麻痺してくる。
彼らはやはり「青雲の志」で国を良くするために官僚になりました。要するに、国をきちんと動かしていくために官僚になったのに、なぜこんなことになってしまったのか、という物凄い後悔の念があるようです。しかも10年以上にもわたって…。
劇中のお二人はこの舵取りを少しでも切り変えられるならと出演して下さいました。官僚になるぐらいですから、同じ思いを抱えた人たちはきっと沢山いて、みなさん苦渋の選択の末に現在の職に留まっているのではないでしょうか。若い官僚が辞めていき、優秀な人材は政府に来なくなっている現実…。この国の中枢で起きている危機です。彼らの心の叫びを聞き、震えました。本当に痺れるような事実を聞いたと思っています。
◆内閣人事局を作って官僚を掌握する
――安倍政権は人事を徹底的にコントロールするという強い意志の元に運営された政権だったのでしょうか。
内山:90年代には官僚批判もあったので、もっと官邸に力を戻さなくてはならない、官僚を変えていかなければならないという流れで、官邸が人事をコントロールするというアイデアは民主党政権の前からありました。各省の幹部人事を首相官邸が一元的に決定し、政治主導の行政運営を実現する「内閣人事局」を作って官僚を掌握するというシステムです。
安倍政権はそれを一気にガツンとやって、そして、そこから一歩進んで官邸の意に反する人のクビを飛ばすということをしていました。
なぜそんなことができるかというと国民の支持があるからです。しかもこの政権は長く続くという確信があるから、官僚たちも反発できない。そうすると骨のある官僚たちは辞めていなくなるという悪循環が続いていました。人事戦略というよりも、とにかく「邪魔なものはどければいい」というぐらいの感じだったのかもしれませんが、それがとんでもない結果を招いてしまいました。
◆「反日的な」統一教会と組む理由
――鈴木エイトさんが登場しますが、安倍政権を検証する上で、やはり統一教会の問題には触れざるを得なかったのでしょうか。
内山:統一教会と自民党の関係は、安倍さんの祖父に当たる岸信介元首相の時から始まっています。そして、その関係が孫の安倍さんの代まで続き、しかも、それが隠されようとしている。そのことはきちんと取り上げたいと思っていました。
最も私が知りたかったのは、なぜ自民党、いわゆる保守の人たちが「反日的な」統一教会と手を組むのか、です。なぜ「反共」というだけでつながれるのだろうか、なぜ天皇陛下を「悪」と呼ぶような宗教団体と自民党なり右派の人たちがくっつくのか、全くわからなかった。その本質的な部分はどのメディアも伝えてくれなかったので、それがずっと気になっていました。右派と言われる人たちの実像が見えなかったというか…。
そこはどうしても聞きたかった。そして、その答えは、劇中でも紹介されますが、一水会代表の木村三浩さんが教えてくれました。
◆現政権が目指すものは
――なぜ、今のタイミングで、この映画を公開するのでしょうか?
内山:この映画を見ることによって、現政権がやろうとしていることの背景や大きな狙いが見えて来るのではないかと思ったからです。安倍政権が岸田政権にどれほど影響を与えているか、与え続けているかーー例えば、LGBTQ政策が進まないのも、原発運転期間の延長と新増設を進めるのも然り、もっと怖いこともあるかもしれない。「最終的に何をしようとしているのか」という目的が見えてくるのではないでしょうか。
特に昨年末から今年にかけて、防衛費倍増などの閣議決定が続き、就任当初掲げていた「丁寧な説明」「丁寧な対話」もなく、安倍元首相すら決断しなかったことが次々と実現されようとしています。まさに歴史の転換点と言ってもいいでしょう。そして、メディアはこの異常な事態を客観的な視点で大きく伝えているとは言えません。
強権的な物事の進め方をはじめとする安倍政権の手法を見ることで、現政権が見えて来ると思います。少子化対策、増税など目先のことに捉われがちですが、もっと引きで見ると、安倍元首相が暗殺という形で亡くなってしまったことで、首相在任時のルール無視のやり方は検証されておらず、歯止めが利かなくなっていることがわかるのではないかと。
◆「よくぞ作ってくれた」の声
――先週末に公開されてから、上映後に拍手が起こっていると聞きました。上映館も増えていますが、お客さんからはどのような感想が寄せられているのでしょうか。
内山:「よくぞ作ってくれた」「覆面官僚の方々のシーンがリアルだった」という声が多く寄せられています。
また、「嫌がらせや危ない目に遭っていないのですか?」という心配して下さる方もいます。確かに、「なぜこのようなタイトルを付けたのか?」というようなことを20分も30分も話すような電話が何本も劇場に入りました。制作サイドに専用電話を設置したら、掛かって来なくなったのですが…。
そういうこともあって、上映していてもポスターを貼っていない劇場もあります。なので、見に行きたいと思ったら、公式HPでお近くの劇場を探してみて下さい。
ウクライナ問題もあって、軍事力を強化しなくてはならないという自民党内の空気は強くなっています。自民党がその先に目指していることは何か?そして、その背景にあるのは何なのか――。ぜひ、この映画を見て考えて欲しいです。<取材・文/熊野雅恵>
【熊野雅恵】
ライター、合同会社インディペンデントフィルム代表社員。阪南大学経済学部非常勤講師、行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、映画、電子書籍製作にも関わる。

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