パシャーー。静かな美術館で鳴り響いた、その場にふさわしくないスマホの撮影音。少しして、黒いスーツ姿の係員が「ここでの写真撮影は禁止です」と撮影した男性に声をかけると、男性は逃げるようにその場を後にした。

東京都内の主婦・J子さんが、そんな場面に遭遇したのは、20世紀初頭にウィーンで活動した画家、エゴン・シーレの展覧会(東京都美術館)でのことだった。

「20代から30代の若い男性に見えました。禁止されたエリアでの写真撮影も驚きですが、係員に注意される前も、別のエリアでも撮影していたんです。異様だったのは、その全てが裸婦や女性のきわどい姿を描いた作品だったことです」(目撃したJ子さん)

館内では、撮影が認められたエリアもあり、その他では「撮影禁止」とわかるよう注意書きもあったという。その男性は係員に見つからないよう撮影すると、呆気にとられる周囲の目線も気にせず、別のエリアでも同じように写真を撮影していた。

撮影禁止の作品を撮影することに法的な問題はあるのだろうか。もし、禁止された展示品の作品をSNSにアップしたり、他人に送信することも法的な問題に問われる可能性はあるのか。大橋賢也弁護士に聞いた。

●美術館が撮影を禁止できる根拠とは?

——禁止されているのに美術作品の撮影をする行為は、法的な問題があるのでしょうか

まず、美術館が、展示作品の写真撮影を禁止する根拠について考えてみましょう。

エゴン・シーレは1918年に亡くなっているので、美術館は著作権侵害を理由に写真撮影を禁止することはできません。

では美術館が撮影を禁止する根拠はどんなところにあるのでしょうか。

考えられる1つ目の根拠は、当事者間の合意です。美術館が事前に写真撮影不可の作品があることをパンフレット等で告知していて、入場者がそれを承諾して入場した場合、当事者間には、「撮影が禁止されている展示物については写真を撮らないで鑑賞する」という合意が成立していると評価することができるでしょう。

このような合意が成立している場合、撮影禁止の展示物を写真撮影することは、当事者間の合意に反する行動に出たということになります。美術館は、写真撮影の禁止を求め、それにもかかわらず撮影をやめないような場合は、他の来場者への迷惑等を考慮し、退去を求めることも検討することになるでしょう。

——「自分はそんなのは聞いていなかった」など、当事者間で合意が成立していると評価できない場合は、どうなりますか?

その場合は、美術館の施設管理権の問題になるでしょう。

施設管理権とは、建物や敷地の所有者・管理者に認められる権利で、施設を包括的に管理する権利権限です。根拠は施設の所有権です。

したがって美術館は施設管理権の行使として、撮影禁止の展示物の撮影をやめるように求めたり、それにもかかわらず撮影をやめないような場合は、他の来場者への迷惑等を考慮し、退去を求めることも検討することになると思います。

●SNSにアップするのは?

——撮影禁止の展示物を撮影した上、その写真をSNSにアップしたり、他人に送信した場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか

当事者間で、撮影が禁止されている展示物の写真を撮った場合にはすぐにデータを削除し、SNSにアップしたり、他人に送信したりしないという合意が成立していると評価することができれば、美術館は、当該行為をした者に対し、損害賠償請求することが可能と考えます。ただし、損害額の算定やその立証は難しいです。

これに対し、当事者間で、上記のような合意が成立しているとまで言えない場合、美術館は、施設管理権に基づき、損害賠償請求することはできないと考えます。所有権に基づく施設管理権を写真やデータの後日利用にまで及ぼすことは難しいと考えるからです。

【取材協力弁護士】
大橋 賢也(おおはし・けんや)弁護士
神奈川県立湘南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。平成18年弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。離婚、相続、成年後見、債務整理、交通事故等、幅広い案件を扱う。一人一人の心に寄り添う頼れるパートナーを目指して、川崎エスト法律事務所を開設。趣味はマラソン。
事務所名:川崎エスト法律事務所
事務所URL:http://kawasakiest.com/

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