テレビWBCを見ていたら、CMで石原さとみが「いろいろ値上がるこの時代」などと歌っていた。ま、確かにありとあらゆるものがどんどん値上がりしていて、大変なご時世である。しれっといつの間にやらいろんなものが値上がりしている。その中のひとつが、電車の運賃だ。

 首都圏では、JR東日本東京メトロ東武鉄道など主要各社がこぞって値上げを実施した。1回乗るごとに、つまり初乗りごとに10円増し。バリアフリー料金制度といって、値上げ分はバリアフリーの整備に使いなさいね、という仕立ての中での運賃アップである。

 そうなると、あちこち乗ったり降りたりを繰り返すと、その分だけ負担が増えてしまうということになる。ICカードを使いつつ東京で暮らしていると実感しにくいが、たとえば郊外から私鉄に乗って都心ではそのまま地下鉄に入り、さらに郊外でまた私鉄に、などという相互直通運転を存分に味わうような旅をする場合、運賃はちゃんと3社分の“初乗り”を支払わねばならぬ。つまり合算30円の値上げだ。

 これはあんがいバカにならない。ならば、郊外の直通先に行かない寸前で降りてみる、というのがちょうどいい節約になるのではなかろうか。そう思ってやってきたのが、東京メトロ千代田線の綾瀬駅である。

千代田線“ナゾの終着駅”「綾瀬」には何がある?

 千代田線は、小田急線と接する(というか直通する)代々木上原駅から表参道やら赤坂やらといったオシャレタウンを抜け、国会議事堂前・霞ケ関などのお堅い町も経て、根津・千駄木の下町ゾーンを通って北千住駅から再び郊外へ。綾瀬駅をいったんの終点としつつ、そのままJR常磐線に乗り入れるという地下鉄路線だ。

 つまり、綾瀬駅は地下鉄常磐線の境界の駅にあたる。綾瀬駅から先は地下鉄ではなく常磐線なのである。

 ダイヤを調べてみると、日中の千代田線は綾瀬駅止まり・支線の北綾瀬行きと、常磐線直通の我孫子行きがそれぞれ交互に5分間隔でやってくる仕組みになっている。ちなみに昼間は1時間に3本の我孫子行きだけが小田急線からの直通である。いずれにしても、10円の負担が増えないギリギリの駅が、綾瀬駅というわけだ。

東側の改札を出て、北側の線路沿いの道に出る

 さて、そういう理屈をつけて綾瀬駅にやってきた。見方を変えれば綾瀬駅は千代田線の駅でもあり、常磐線の駅でもあるということになる。ただ、管理しているのは東京メトロ。なので、駅名標やら何やらはメトロの仕様。

 高架駅だから、階段を降りて高架下のコンコースに出て改札を抜けることになる。出入り口は、東口と西口のふたつ。どちらからも、高架の線路の南北に出られるようになっている。

 今回利用したのは東口だ。東側の改札を出て、すぐに北側の線路沿いの道に出ると……まず目に留まるのは工事中の仮囲い。その壁面には「シティタワー綾瀬」などと大書されている。

 綾瀬駅の目の前で建設中のタワーマンションで、地上なんと32階建て。クレーンのたっている工事現場の向こうにはアパホテルも見える。お隣にはヨーカドー。もっと下町情緒のあるようなエリアかと思っていたら、大開発は当たり前のように及んでいたんですね……。

こち亀』の亀有はすぐお隣。高架沿いの商店街に漂う“それらしい雰囲気”

 といっても、高架沿いの商店街を中心に綾瀬駅の周りを歩けば、やっぱり庶民的な空気感が濃厚だ。高架下にはいかにもそれらしい飲み屋が建ち並ぶゾーンもあるし、個人経営の商店の数も多い。

 駅から少し離れたところでそうした空気感は変わらず、綾瀬という町の特性は庶民派の下町という点にあるであろうことがうかがえる。常磐線でひとつお隣にいけば『こち亀』でもおなじみの亀有駅だ。

 隅田川も荒川も渡ったさきで、江戸川を渡るその手前。大河川に挟まれたいわば中州のようなこの一帯は、東京東部の下町であることに疑う余地はない。

 おおざっぱな言い方をすれば、いまのようにタワマンが建ち並ぶ前の武蔵小杉にもよく似ているような気がする。小さなアパートやマンション、駅の周りにひしめく飲食店や商業施設といったラインナップはまさにそれだ。そしてちょうど駅前にタワマンが建設中というあたり、綾瀬という町も大きく変わりつつあるのかもしれない。

もう少し駅から歩く。5分ほどすると町並みは変わり「武道館」が…

 もう少し駅から離れて歩いてみると、5分ほどで商業地ゾーンから離れてのどかな住宅地へと町並みは移り変わる。南側を歩くと、まっすぐ遠くに小さく浮かび上がるのはスカイツリー。西に進むと首都高の高架が見える。その奥には綾瀬川という駅名の由来にもなった川が流れていて、その川の先にあるのは小菅の東京拘置所だ。

 反対に北側に歩くと、真新しいマンションなども建ち並ぶ住宅地の中に、東京武道館なる建物がある。もちろんあの武道館とはまったくの別物で、こちらは1990年オープンした東京都立の武道館

 文字通りの武道館ということで、柔道や剣道、弓道、薙刀、空手などの大会が開かれる場所なのだという(もちろんあちらの武道館でもそうですが)。武道・武術以外では、プロレスなどの開催実績もあるようだ。規模としてはまったく九段下日本武道館には及ばないが、こちらも東京を代表する立派な武道場であることには変わりがないということだろう。

 ただ、ひとつ気になるのは青梅と青海のごとく、九段下日本武道館ライブに行こう!と勢い込んで、間違えて綾瀬の東京武道館にやってきてしまった……などという悲劇が起きていないかどうか。綾瀬の東京武道館から九段下日本武道館へは、千代田線で新御茶ノ水駅、そこから都営新宿線乗り換えるのが良いでしょう。

高架沿いを東に歩いて行くと線路がふたつに分かれていった。あれは…

 東京武道館の脇からは、駅に向かってよく整備された公園のようなスペースが広がっている。その周囲が住宅地、駅に近づけば商業施設も増えてくるそういうエリアだ。公園は東綾瀬公園といい、駅前から東京武道館を挟んでさらに北へ延びてゆく、広大な都市公園になっているらしい。

 公園巡りは趣旨ではないのですべてを歩くつもりはないが、どこをとっても地元の人々、子ども連れのファミリーから学生のグループ、お散歩中のお年寄りまで実にさまざまな人がいる。下町といってもそこは大都会・東京の一角。クルマの通行を気にせず安心して遊べる場所はなかなかないわけで、駅前にこうした公園があるというのは地元の人にはありがたい限りだろうと思う。

 綾瀬駅の高架沿いを東に歩いて行くと、高架下の巨大な駐輪場のすぐ真上で線路がふたつに分かれてゆく。まっすぐ東に進んでいるのが常磐線。北に分かれるのは北綾瀬駅に向かうひと駅だけの千代田線の支線である。

 いまでは綾瀬から直通してくる列車も多くなっているが、ひと昔前までは綾瀬~北綾瀬間のピストン輸送だけのローカル区間だった。もともと北綾瀬の車両基地へのアクセスのために設けられた線路を流用した形だ。それがいまでは事実上千代田線本線の一部に組み込まれている。沿線一帯が実に発展したことの証といっていい。

戦争の真っ只中で開業した「綾瀬」。当時は…

 綾瀬駅の開業は戦時中、1943年である。1940年東京府立第11中学校(現在の都立江北高校)が青山から移転してきており、学生たちの交通の便を確保するために学校側が国鉄に陳情して駅を設けたという。同時期に開業した駅は全国で3つだけで、そのうちのひとつだった。

 それだけ重要な存在だった……といえば聞こえはいいが、戦時中のことだからおいそれと駅を新設する余裕などはなかっただけのことだろう。開業当初の綾瀬駅、周囲は田畑が広がっているばかりであり、利用者はほとんど件の学生ばかりだったようだ。

町を大きく変えた千代田線の開通。「交通の便が良くなる」だけじゃない目的も…

 町が大変貌する大きなきっかけになったのが、千代田線の開通であった。

 千代田線の建設は、1964年に決定している。都市部の輸送の便の向上という目的ももちろんあったが、大きな狙いのひとつに常磐線の混雑緩和があった。千代田線を建設して常磐線への乗り入れを行い、加えて上野~綾瀬間を千代田線として常磐線から事実上分離することで輸送力を増やそうと考えたのだ。

 そうして綾瀬駅は千代田線常磐線の“境目”の駅になった。綾瀬駅は千代田線開業に先だって1968年に高架化され、約250m東側に移転してリニューアル。そして1971年千代田線北千住~綾瀬間が開業し、常磐線との直通運転もはじまった。常磐線はこのときに各駅停車が走る緩行線と中長距離列車が走る列車線の複々線に改められている。かくして、千代田線のおかげで常磐線の輸送力は大幅にアップした、というわけだ。

 この時点では、綾瀬駅の周辺の開発はまだまだはじまったばかりといっていい。駅の移転・高架化にあわせ、駅北口の商店街のうち、17店舗が用地買収の対象にかかって営業を休止。改めて高架下に移転することになった。綾瀬駅の高架下の飲食店などは、そうしたお店にルーツを持っているというわけだ。

 以後、東京都心に直接乗り入れることができて、それでいてそれほど都心部からも離れていない綾瀬一帯は、住宅地として発展していくことになる。駅を取り囲むように流れていた古隅田川はほとんどが埋め立てられ、いまではその一部が道路などになっている。

「言われてみれば、綾瀬駅ほど便利な場所もない」

 言われてみれば、綾瀬駅ほど便利な場所もないと思う。

 巨大ターミナル・北千住まではたったのひと駅だし、千代田線に乗れば30分で大手町まで出ることができる。山手線と交差する西日暮里駅となるとわずか15分。それでいて、始発列車も多いから座って都心へ通勤することもできるというものだ。

 さらになんといっても東京都内、ちょっと歩けば東武スカイツリーラインの小菅駅や五反野駅などもある。どこかひとつの路線がストップしても、なんとでもなるという利便性もある。

 そりゃあもう、場所さえ確保できれば駅前にタワマンが建つのも、あたりまえのお話なのである。公園も広く確保されていて、味のある個人店も多い。こういう町に暮らすのが好きな人、多いのではないかと思う。

この春からより強烈になった「綾瀬」の“トラップ

 ただ、そんな便利な綾瀬の町と、それを生み出した千代田線も、すべてがハッピーというわけではない。

 いま、北千住~綾瀬間は東京メトロの中でいちばん運賃がお安い区間として知られている。ICカードを使って146円だ。というのも、この区間は運賃計算上“常磐線扱い”。だから、常磐線、すなわちJRの運賃にあわせている。そのまま北千住駅でJR線に乗り換えてたとえば上野駅まで行った場合は、すべて常磐線に乗ったという扱いで運賃も計算されるシステムだ。

 ところが、北千住駅でのJRと地下鉄乗り換えが実にやっかいだ。地下と地上の乗り換えだから仕方がないのだが、さらにマンモスターミナルということもあって手間がかかる。

 そこで西日暮里駅乗り換えて、となる。すると、この場合は北綾瀬~西日暮里間は常磐線扱いではなく地下鉄扱いになってしまう。運賃も北千住乗り換えと比べて高くなってしまうのだ。

 この千代田線常磐線乗り継ぎ問題、綾瀬~上野間で計算すると以前まではICカード利用で差額は105円だった。ところが、この春からの“初乗り10円値上げ”のおかげで、いまでは115円に増えている。

 常磐線だけの扱いの北千住乗り換えでは初乗り1回、西日暮里だと初乗りが2回という計算になるからだ。これが綾瀬以東、たとえば亀有から計算すると、北千住乗り換えだと初乗り1回の230円、西日暮里乗り換えだと初乗りが3回の391円。差額はなんと161円になってしまう(値上げ前は141円)。

 いや、別にこれはルール通りなのだし、いまさらどうこういうつもりもないんですけど、日常的に使う人にとってはなかなかバカにならないのではなかろうか。

 のどかな下町という雰囲気を持ちつつ、それでいて活気もあって利便性も高い……。そんな綾瀬の駅は、そうした相互直通運転の利便性の“影”を教えてくれる駅でもあった。やっぱり、今年の春はいろいろ値上がる時代なのである。

(鼠入 昌史)

千代田線“ナゾの終着駅”「綾瀬」には何がある?