人生100年時代。「人生最後の職場を探そう」と、シニア転職に挑む50、60代が増えている。しかし、就労支援の現場ではシニア転職の成功事例だけでなく、失敗事例も目にする。シニア専門転職支援会社「シニアジョブ」代表の中島康恵氏が、シニア転職現場のリアルを紹介する。

 今回は、一見、不安定なマイナスイメージが大きいが、シニアの場合、実は条件に合った就職につながる可能性もある「派遣」の働き方について、これまでの固定観念を覆していきたいと思う。

◆派遣を選んで転職に成功したシニアとは?

 人材派遣や派遣社員に、皆さんはどんなイメージを持っているだろうか? たぶん、いいイメージの人は少ないだろう。特に自ら積極的に派遣で働くことを考える人は少ない。

 実際にシニアの就職支援をしていても、最初から派遣を希望する人は多くない。70歳くらいまで働き続けることも珍しくない現在、派遣社員ではなく逆に70歳まで正社員で働くことを希望する求職者がどんどん増えている状況だ。

 しかし、派遣という働き方を選んだことで「いい転職」を実現したシニアもまた多くいる。

 シニアの働き場所は派遣しかないといったネガティブな意味ではなく、むしろシニアは派遣社員という雇用形態をうまく活用することで、スムーズな就職や、自身の理想に近い就職を実現できる可能性が広がることもある。

 今回はなぜシニア就職の場合、派遣という働き方が意外とおすすめなのか、その理由を事例とともに解説する。

◆「条件のいい仕事探し」の中で周囲から派遣を勧められた60代

 一人目の事例は、周囲から派遣で働くことを勧められて、60代で初めての派遣にチャレンジしたAさんの話だ。

「派遣を勧められるなんて仕事ができない人だったの?」などと思ってしまうかもしれないが、業界や職種によっては派遣のほうがメリットがあり、進んで派遣を選ぶ人が多い場合もある。

 Aさんは長らく建築会社の現場監督をしていた。60歳で定年を迎え、勤めていた会社でそのまま再雇用となったものの、給料などの再雇用の条件に満足できず、転職を考えた。

 Aさんはまだまだ元気で能力は衰えないものの、50代で大病をしたこともあり、建設業界では工期の関係から多い、長時間の残業や休日出勤などはできれば避けたかった。定期的に通院する必要もあり、工事全体のお金や人員の管理も荷が重く感じ始めていた。

 とはいえ、給料はある程度ほしい。そのあたりの両立を考えて周囲に相談したところ、派遣での勤務を勧められたという。

 もしかすると派遣社員は低賃金というイメージがあるかもしれないが、職種によっては比較的高めの給与が得られる。

 今でこそ規制緩和でブルーカラーなど派遣が認められているが、1986年に初めて派遣が可能になったときには、専門的な13業種のみが認められた経緯があり、今回のAさんケースプロフェッショナルが高い技術を買われる、派遣の当初の形に近いと言えるかもしれない。

 実際、Aさんは給料と残業の少ない仕事環境を手に入れ、本人も「純粋に技術力を頼りにされている」と喜んでいた。Aさんを派遣で受け入れた会社の経営者さんも「Aさんのような技術力の高い方が力を貸してくれて嬉しい」と、双方が喜ぶ形だった。

◆派遣からあっという間に正社員転換した60代

 二人目の事例は、人材を求める企業側が能力を見極めたいために派遣での人材確保を希望したパターンだ。

 60代のBさん。結論から言うと、Bさんは2カ月程度の短期間で正社員に切り替わった。

 Bさんが勤めるようになった職場は税理士法人で、Bさんは税理士資格を持っていなかったが、長年税に関わる仕事をしてきた経験と知識があった。そうした経験・知識もさることながら、この企業のトップはBさんの真面目で意欲的な仕事ぶりや姿勢を高く評価し、短期間で正社員に転換したのだった。

 Bさんを派遣から正社員に切り替えた税理士法人のように、シニア人材に関しては特に「いったん派遣で働いてもらってから、じっくり評価したい」という会社は多い。

 シニア人材の場合、どうしても伸びしろではなく即戦力を期待されるため、経験・スキルは十分なのか、自社に馴染めて力を発揮できるのかをある程度見極めたいという会社のニーズも高くなる。派遣ではなく直接雇用でも、最初から正社員ではなく、パート契約社員などから始まる場合や、半年程度といった長期の試用期間が設けられる場合も少なくないのだ。

 そうしたテスト期間中で自ら辞めてしまう人も一定数いるが、評価された人材については、いつまでも派遣で下積みというわけではなく、Bさんのように短期間で正社員に転換、条件もアップされることが多い。

◆シニアは「派遣」の固定観念を今こそ捨てよう

 確かに年齢とともに健康面での不安も高くなり、思わぬ入院や定期的な通院など仕事を休まなければならない場面も多くなることから、もっとも身分が安定した正社員を目指したい気持ちはよく理解できる。

 一方で、いくら高いスキルや経験を持っていても、ブランクが空いてしまったり、まったく違う仕事をしばらく続けてしまったりすると、それもまた就職選考時に評価を下げる要因になる。

 すでに新卒で入った会社で引退までずっと勤め続けることが美徳とされた時代ではない。直接雇用でも評価が得られなければ結局、長く勤めることは叶わない。

 一見、不安定さが目立ち条件も悪そうに見られがちな派遣だが、実際には直接雇用と条件に差がないか、むしろ好条件で長く働き続けるシニアも多い。

 そして、派遣法には同じ事業所・同じ部署に、同じ派遣社員を派遣できるのは最大3年という、いわゆる「3年ルール」があるが、60歳以上は対象外となって何年も同じ職場で派遣の働き方ができる。これも、シニアを派遣からステップアップさせないのではなく、むしろ、シニアの安定した働き方につながっている側面もある。

 派遣というだけで毛嫌いせず、自身のスキルが生かせる条件のいい仕事があるならチャレンジしてみるのも手だろう。<文/中島康恵>

【中島康恵】
50代以上のシニアに特化した転職支援を提供する「シニアジョブ」代表取締役。大学在学中に仲間を募り、シニアジョブの前身となる会社を設立。2014年8月、シニアジョブ設立。当初はIT会社を設立したが、シニア転職の難しさを目の当たりにし、シニアの支援をライフワークとすることを誓う。シニアの転職・キャリアプラン、シニア採用等のテーマで連載・寄稿中

写真はイメージです