大前研一氏が会長を務めるビジネス・ブレークスルーは、経営指導・人材育成教育を軸に、日本初のオンライン大学として開校したBBT大学・大学院の運営に加え、グローバル人材育成を軸にした複数のインターナショナルスクールやオンラインインターナショナルスクールの運営も行っている。同社の社長を務める柴田巌氏はBBT大学の事務総長も兼任、学び直しを推進したい企業と、学び直したい社会人の現状を見てきた。国も諸手を挙げて学び直しを推奨する今、なぜ学び直しが必要なのか。その背景にあるものと、企業の中での学ぶ体制づくりについて考える。

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「学び直し」とは本能的なものである

――本日は学び直しをテーマに話を伺いますが、本題に入る前に柴田さんにとっての学び直しとは何かお聞かせください。

柴田巌氏(以下敬省略) 僕にとって人生は、働き・学び・愛すること。学ぶことは僕にとって人生そのものといえます。自分が死ぬときに充実した人生だったと思える瞬間を迎えるためには、やはりこの3つが不可欠です。お金でも地位でも名誉でもなく、「学び直し」とは本能的なものだと捉えています。

 働くというのは社会に対して何か自分という存在の価値を提供することであり、そのためには学び続ける必要があります。何歳になっても自分が何らかの形で社会において役割を示すことができる存在であり続けたい。そのために学びは不可欠です。

――「学び直し」が本能的なものであれば、取り立てて「学び直しが重要」と言う必要もないように思います。

柴田 日本は、なぜ学ぶのかを考えたり、学ぶことで得る喜びを体感したりしにくい教育制度になっていないでしょうか。

 ご自身の受験を思い出してほしいのですが、学校選びに偏差値は重要で、あなたの偏差値は幾つだから合格できる・できないを判断します。あと、どれだけ偏差値を伸ばしたら合格できると指導を受けますよね。なぜ学ぶのか、何になりたいのか、どのように学ぶのか。HowもWhatもWhyも全部抜け落ちてしまっています。もっと自然に考えて、あなたは何になりたいんですか、何を学びたいんですか、学ぶことは好きですかを重視する。つまり、マインドを養っていくべきだと思います。

――柴田さんは海外で学ばれたご経験も豊富です。比較されてどう思われますか。

柴田 私はこれまで日本、イギリス、アメリカの大学で学ぶ機会がありました。それぞれに特徴のあるユニークな存在で、どれが優れていると比較できるものではありませんでしたし、日本の教育が優れていないとも思いません。

 例えば、ノーベル賞の受賞者の数は、アジア圏では日本が突出しています。それからミシュランの星の数もフランスのパリよりも東京の方が多いと聞きます。音楽など芸術、スポーツと分野ごとにみるとグローバルに活躍されている日本人はたくさんいます。やはり受験制度や社会の仕組みが課題で、学びを促進させる制度設計が必要でしょう。

学びのハードルを下げることが重要

――今なぜこれほどに、学び直しが必要だと言われているのでしょうか。

柴田 コロナ禍の約3年間で、今まで緩やかだった変化が加速度的に変わったため、社会の変化に適応せざるを得なくり、適応できなければ会社がつぶれてしまうという危機感をもつ企業が増えたことは大きいと思います。また、学び直しが企業のDXにつながるという観点で語られることも増えましたが、確実に関連すると僕も思っています。

 企業の経営要素は、人・モノ・金・情報です。この4つの要素を組み合わせて、自社の業務やプロダクト、サービスや戦略を遂行していきますが、この4つの要素のうち、人だけがコロナに感染して、それ以外は感染しないことが分かったわけです。そうなると感染しない3つの要素にシフトした方がリスク回避になると経営者が考えるのは当然です。こうした経験がいろいろな形で経営要素の組み合わせを変えつつある今だからこそ、働き方改革も踏まえたDXと学び直しとが密接に絡んでくると思っています。

――企業はDX推進と合わせて学び直しを奨励してくるかもしれません。社員はどのようにマインドを醸成していけばいいのでしょうか。

柴田 学ぶ場所を増やすべきだと感じています。学びたい意欲のある方は多いですが、朝から晩まで仕事をして、仕事関係者や上司との付き合いもあるし残業もある。週末には家族サービスもある。そんな状況でまだ学ぶのかとためらいが出て、ハードルが高くなっているように思います。

 BBT大学の科目の中で一番人気があるのは「デジタルファーストキャンプ」というデジタルの基礎を学ぶ科目です。受講者の平均年齢は48歳で9割が男性です。社内では地位もあるので部下には質問しにくい。そもそも理解できない単語が並ぶ会議で意見もできず危機感を覚えている。ところがBBT大学にやって来ると、私だけではなかったと安心されるようです。学ぶことで自信がつけば、さらに羽ばたいていけます。学ぶ場所は大学に限らずどこでもいいのですが、学ぶ場所、キャッチアップする場所が増えたら日本は明るくなります。いかに学びのハードルを下げるかが課題です。

ナレッジとスキルを区別して捉える

――学び直しを語る際に、リカレント教育とリスキリングという言葉が出てきますが、リカレント教育とリスキリングをどう定義されていますか。

柴田 例えば、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が出てきたときもデジタルディスラプションと言ったり、DXとすら言わずにエドテックとかフィンテックとか言ったりもしました。使われることで角が取れていき、社会通念的にこういうものだと定義が固まるのはこれからでしょう。

 では、私はどう捉えているのかというと、リカレント教育は「recur(繰り返す)」という語源からも分かるように、何度もリピートしながら学び続け、自分をアップデートしていくという概念に近いと思っています。

――ではリスキリングとは何でしょうか。

柴田 一方のリスキリングは取得したスキルが陳腐化していくので、もう一回スキルを学び直すという感じです。例えば、私が身に付けている包丁の研ぎ方やメンテナンス方法で説明すると、それは10年前の方法で、今は新しい道具も出てきたし、メンテナンスのための素材も増えてきた。だから今までのスキルを捨て、まっさらな状態で最新のスキルを身に付けるという感覚です。

 ちなみに教育は、「適切なマインドセット」「適切な知識を得るナレッジ」「適切なスキル・技能を身に付ける」、そして「アウトプットできる実践力」と少なくとも4つの領域に分けて考える必要があると思っています。混同しがちなのはナレッジとスキルの違いです。例えば、教科書で魚のさばき方を覚えるのがナレッジ、実際にさばくのはスキルです。ナレッジとスキルの捉え方でもリスキリングの定義は変わってきます。

「とりあえず海外で学ばせておけば」という時代は終わった

――企業からのご相談は多いですか。

柴田 とても多いです。特に2020年以降は入社式もできず、新入社員研修も対面で実施できなかった企業が多く、極端にいえば出社せず、パソコンと資料は全部郵送するので何かあったらメールで聞いてください、という日常が始まりました。それなのに新入社員にはわが社に愛着を感じてもらって、先輩社員や上司、社長と結び付きを強める場をつくり、学びも深めてもらいたいと企業側は考えています。ただノウハウがないので、毎年何千人という学生さんにオンラインで学んでいただいているBBT大学に相談いただくケースは増えました。

――「学び直し」を推進したい企業にアドバイスはありますか。

柴田 それこそ20年前は社員を何人かハーバードにでも送っておけば、そのうちの誰かが社長になってくれるという時代でした。でも今は違います。以前は年間300万~400万円程度だった授業料が、今は1000万円ほどかかります。加えて海外の大学が日本人を受け入れなくなってきました。だからといって国内大学のビジネススクールで将来の社長が育成できる保証はないし、競合他社も同じ大学に社員を送り込んでくるので差別化にもなりません。だからこそ社内に自社の未来を担っていく人材を育成するコーポレートユニバーシティ(企業内大学)をつくる。これに尽きると思います。

コーポレートユニバーシティづくりはトップダウンで実施すべき

――コーポレートユニバーシティは、旧来の研修システムとは違うのでしょうか。

柴田 少し違います。研修所に缶詰になって研修を受けて同じ時間を過ごす、同じ釜の飯を食いながら対話を重ねるといったことは大切にすべきですが、知識やスキルを身に付けるところはeラーニングでやろうとか、OJT(On the Job Training:実際の仕事を通じて指導し、知識、技術などを身に付けさせる教育方法)とOFF JT(Off the Job Training:日常業務を行う職場から離れ、外部講師を招いて実施する業務研修)の両方を兼ね備えたものだと思います。BBT大学でも授業をオンデマンドではなくライブで行うなどして、先生と学生が議論する場をつくるなどOJTのような場も増やすよう工夫しています。

 加えて若手の頃から育成のための母集団をつくり、その中から最終的にリーダーになっていく人材を選抜していけるピラミッドのような体制を組むことも重要です。40代になったら急にリーダーシップを発揮できるわけでもないですから、早い段階で継続的な教育が必要でしょう。

 人材に投資しなくて、どうやって生産性を上げることができるでしょうか。人材に投資するからこそ生産性が上がり、将来リターンが返ってくるのです。組織内に人材を育成できる場所をつくって、しっかり投資していく。そうすれば社員の給料を上げることができ、稼ぐ企業になれば優秀な人材も集まります。コーポレートユニバーシティづくりはぜひトップダウンで実施すべきです。

――学びの機会を組織の中につくるということですね。

柴田 そうです。人生100年時代ですから学ぶタイミングは20歳でも50歳でも構わないわけです。BBT大学には上は70代の学生さんもいます。

 加えて学びの方法もどんどん進化しています。例えば、BBT大学ではChatGPTをeラーニングプラットフォームに組み込む試みを進めています。世界各地の学生さんが多言語で話していて、アメリカの学生さんが国旗の絵文字を送信したら、議論した内容がそのまま英語でテキスト化され、学習や議論の履歴が残せるようになるといった感じで、学習サポートのためにテクノロジーを使っています。そうした取り組みもまた学び直しに有効だと思います。

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