
早朝や深夜、街を慌ただしく駆け回るゴミ収集車。作業員が車両後部の投入口に次々とゴミ袋を詰め込んでいく。語弊を恐れずにいえば、“男性の仕事”というイメージがあるかもしれない。だが、運転席から降りてきたのは、アイドルグループにいてもおかしくなさそうな小柄で明るい髪色の女性……。
InstagramやTikTok、YouTubeなどでゴミ収集業者の何気ない日常を投稿する「ゴミ回収ガール」というアカウントがじわじわと反響を呼んでいる。昨年末(2022年12月)の開設ながら、すでに総フォロワー数は2万人を超える。
彼女はいったい何者なのか。なぜSNSで発信するようになったのか。本人を直撃したところ、意外な“想い”が隠されていたのだ。
◆ゴミ収集業者の仕事は「何をしているのかあまり知られていない」
ゴミ回収ガールの正体は、齋藤ひなのさん(24歳)。神奈川県横浜市のゴミ収集業者(株式会社イーブライト)で働き始めて約1年になるという。
「ゴミ収集業者の仕事は、実際に何をしているのか、一般的にはあまり知られていません。いま、とくに若い人たちにとってはSNSが大きな情報源になっているので、少しでも興味を持ってもらえたらいいなと思って。それで、職場で“ちょっとやってみませんか?”と提案してみたんです」
当初はそこまで深く考えていたわけではなかったというが、いざ始めてみると、ひなのさんがゴミを運んでいる姿を載せた2回目の投稿で「さっそく手応えを感じていた」と話す。
投稿内容は、主にひなのさんが作業員として働く様子となっているが、普段はほとんど見ることのない裏側まで垣間見られる。たとえば、ゴミ収集車の整備や洗車、休憩中に公園でお弁当を食べるシーンまで……。
「働いている人じゃないとわからない部分を出していったら面白いと思ったんです。そしたら、狙い通りというか。けっこう反響があって、みんなでどんどんやってみようと」
◆職場での“コミュニケーションの機会”に
アカウントを開設してから約4か月。制作会社や代行業者などは使わず、すべて社内のスタッフで運用しているそうだ。ここまで順調にフォロワー数を伸ばしているが、SNSを通して“思わぬ収穫”もあったとか。
「作業員はそれぞれがゴミ収集車に乗って担当ルートをまわるので、仕事中はひとりの時間が多いんです。なので、ゴミ回収ガールの企画のアイデアをみんなで出し合いながら撮影することが、職場での“コミュニケーションの機会”にもなっていて。これが、ちょっとした息抜きなんですよ。
当然、全部ひとりでSNSをまわしていたらネタが尽きたりパンクしてしまいそうですが、みんなでやっているので楽しんでいますね。あとは事務担当いわく、ゴミ回収ガールの投稿がきっかけで、求人の問い合わせがきたこともあるようです」
◆「何も反応がないことのほうが怖い」
しかしながら、反響が大きくなればなるほど、誹謗中傷などの“アンチコメント”も増えてくるものだ。悩ましい問題と言えるが、どのように向き合っているのか。
「SNSで発信する以上は仕方がないのかなって。やっぱり、コメントが付いてようやく見られているんだなって実感するものなので。あまり炎上リスクは気にしすぎないようにしていますね。誹謗中傷もされない100%綺麗なバズり方なんてありえないと思っているので」
ひなのさんは「何も反応がないことのほうが怖い」と達観する。SNSの扱いに慣れているデジタルネイティブ(Z世代)とはいえ、その立ち居振る舞いから、ただならぬセルフプロデュース力も感じる。彼女は何者なのか……。
◆昼は芸能関係、夜はゴミ回収ガール
じつは彼女、深夜にゴミ収集業者で働きながら、昼間はダンサーやモデルとしても活動しているのだとか。要するに、“二足の草鞋”生活を送っている。
19歳で単身上京後、幅広く芸能関係のキャリアを積んできた。ファッション雑誌や大手企業の案件のほか、Alexandros、與真司郎(AAA)、Aile The ShotaなどのMVにも出演した。
「ずっとフリーランスで活動しているのですが、芸能事務所に入ったほうがいいのかなと思いつつ、大手はことごとく書類落ちで(汗)。ただ、SNSがあれば個人でも仕事がとれるので、そこまでこだわる必要もないのかなって……。
そんななかで、ゴミ回収ガールも表現活動のひとつとして、なおかつ仕事の一環として、きちんとやれたらいいなと思ったんです。バズれば、どちらの仕事にもプラスの相乗効果が生まれるはずなので」
ひなのさんがゴミ収集業者に勤めるようになって約1年。その一方では芸能関係の仕事でスポットライトを浴びている。だからこそ、“日陰の存在”にも光を当てたいと考えたのだ。
◆“日陰の存在”に光を当てたい
ひなのさんが言う。
「ゴミ回収の仕事って、みなさんからすると、あんまり良いイメージではないと思うんですよね。でも、もっとよく知ってもらって、評価されてもいいんじゃないかって。いわば、日陰の存在です。ゴミ捨て場に置いておけば、いつの間にかゴミは無くなっている。それって“当たり前”じゃないですか。当たり前のことって、フォーカスして見ようとしなければ、見えないんです。
普通に生活しているとぜんぶ当たり前になってしまうのですが、本当は決して当たり前じゃなくて。私は、それを“震災”で知ったんです」
彼女は福島県で生まれ育った。2011年の東日本大震災、当時は小学校6年生だった。
◆“当たり前”は決して当たり前じゃない
幼い頃に見た光景が、今でも記憶に残されているという。
「原発や津波の被害が身近で起きたのですが、当たり前だったことがすべて失われて。そこで気づいたんです。瓦礫の山だった被災地が復興していくなかで、じつは陰で汗を流している人たちが存在する。そして、私も“人の役に立つ仕事がしたい”という想いが湧いてきたんです。いま、ゴミ回収の仕事をしているのもそういう部分がありますね」
我々がゴミを捨てた先には何があるのか。ゴミ回収ガールが、日常生活においては見えづらい“当たり前”を改めて認識させてくれるかもしれない。そこには、確実に“誰か”がいるのだ。
<取材・文・撮影/藤井厚年>
【藤井厚年】
渋谷系ファッション誌『men’s egg』編集部を経て、フリーランスのライターとして様々な雑誌や書籍に携わる。その後はWebメディアの制作会社で経験を積み、紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者に。現在は、若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。Twitter:@FujiiAtsutoshi

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