会社と社員の関係は良好であるに越したことはありません。トラブルが起こった時、会社側がどんな対応をするか…。それは、日頃の行いが良ければ比例して良くなるものだからです。もしも、会社から不当な扱いを受けた場合、どのように対処するのが賢明なのでしょうか。実際にココナラ法律相談のオンライン無料法律相談サービス「法律Q&A」によせられた質問をもとに、退職時のトラブル対応について、南宜孝弁護士に解説していただきました。
自損事故に「全額52万円を払え!」の呆れた理由
相談者は、 現在の運送会社に勤務して7年9ヵ月。初めて自損事故を起こし、事故から3ヵ月後に事務所に呼ばれ、社長から「車両の修理費を全額(約52万円)払え」と言われました。
車両保険は対人対物は加入しているものの、自損に関しては未加入で保険適用外とのこと。なぜ全額なのか聞くと、「普段の運転が荒いから」との回答でした。その後、会社側と何度か話し合いましたが、折り合いはつかず、「辞めるなら全額払え、残るなら2割でいい」と言われたそうです。
相談者は結局、労働基準監督署に相談の上、退職を決意。退職届と残っている有給(20日支給の条件にも関わらず10日しか支給してなかったため、去年の隠されていた10日と今年の20日分)を消化する申請をしました。
申請は就業規則を理由に拒絶されたため、次は弁護士を通じ退職代行を依頼。追記で「修理費用に関しては2割相当の11万円までは支払う意思がある」旨も会社側に伝えました。その結果、退職と有給については問題なく処理できたといいます。
ところが後日、会社側から相談者に弁護士名義で内容証明が届きます。
内容は「トラクターの修理費用(52万4,942円)とシャーシの時価額(75万円)と廃車費用(1万5,770円)合わせて129万712円の5割になる64万5,356円を、代理人である弁護士の口座に2週間以内に振り込んでください」というものでした。
一方的に支払えという内容で、連絡方法の記載もありません。
シャーシ(車の足回り枠組部分)については事故以前からかなり劣化しており、次の車検には通らないと言われていました。そもそも、シャーシは事故後に知り合いから個人的に借りていたため、業務に大きな損害は与えていないというのが相談者の見解です。
そこで、ココナラ法律相談「法律Q&A」に次の2点について相談しました。
(1)会社側の対応に、まずどのように対応すべきか。
(2)請求内容に納得がいかない。労基署に相談すべきなのか、法的に争うべきなのか教えてほしい。どちらかの場合、それぞれどんな準備が必要になるのか。
全額負担する必要はない
本件では、自損事故を起こした元従業員が会社から、修理費等の物的損害の全額を請求されている事案です。
本事案において法律上問題となる争点は、
①損害の金額が適切か
②損害の負担割合が適切か
です。
会社側の対応に対して、どのような対応をするべきかを①と②の視点で検討していきましょう。
損害額は適切か?
損害のうち請求を受けているのは①修理費、②シャーシの時価額、③廃車費用です。これらの修理費が適切であるかを検討します。
修理費について
今回、会社は修理費として52万4,942円を請求しています。
しかし、会社の主張する52万4,942円の修理費が適切な金額であるかが定かではありません。必要な範囲を超えた修理費を計上している可能性もあります。
損害として認められる修理費は、必要かつ相当な範囲のものに限られます。
また、自損事故によって52万4,942円の修理費が必要となったとしても、この修理費全てが必ず事故の損害と認められるわけではありません。
事故当時のトラクターの時価額と買替諸費用が修理費用を下回っている場合、たとえ修理が物理的に可能であったとしても、この時価額等を超えた修理費用は損害として認められません。つまり、トラクターの時価額等の限度で認められます。
トラクター等の特殊車両の時価額については、
・中古車サイトの販売価格
・中古車業者の査定書
・減価償却法による算出
・全国技術アジャスター協会発行の「建設車両・特殊車両標準価格表」
などの情報を参考に算出します。
そのため、会社の請求に対する対応として、拙速な回答は控え、修理費の内容やその金額、トラクターの時価額を十分精査した上で、会社の請求に対して回答していくことが重要です。
シャーシについて
会社は、新品のシャーシの時価額を請求しています。
しかし、時の経過や使用による損耗等によって、シャーシそれ自体の価値は下がっていきます。
現に、今回のシャーシは、車検にも通らない程にかなり劣化していたわけですから、事故当時の価値は、新品価格よりも下回る金額であったと予想できます。そのため、自損事故によってシャーシが使用不能となったとしても、新品の価格を請求することはできません。
請求できる金額は、シャーシそれ自体の中古価格に限られます。
廃車費用について
自損事故によって、トラクターが全損となっていない場合には、廃車費用の請求は認められません。なぜなら、事故によって車両が全損となっていない以上、事故と廃車費用との間に因果関係が認められないからです。
他方で、自損事故によって、トラクターが全損となった場合には、廃車に伴う費用の一部は損害として認められます。
そのため、廃車費用の請求に対しては、前提として車両が全損となっているのかを確認した上で、全損となっているのであれば、異なる費用が混在していないかなど、廃車費用の金額が適切かを確認します。
「5割」の負担割合は適切か?
会社は、元従業員と会社の負担割合を5割と主張しています。
しかし、会社の主張する負担割合が大き過ぎる可能性があります。従業員は、自らの過失によって、会社が所有する車両等を損傷させたのであれば、会社に対して、事故によって生じた損害を賠償する責任を負います。
ですが、事故が会社の業務を行なっている最中に生じたものであれば、従業員は発生した損害の全てを負担する必要はありません。
なぜなら、会社は、従業員を通じて利益を受けているにも関わらず、従業員の活動を通じて損害が発生した場合に限っては、その損害を一切負担しないというのは、あまりにも不公平だからです。
そこで、会社は、以下の要素を踏まえて信義則上相当といえる限度で損害賠償できるとされています。
・事業の性格、規模
・施設の状況
・従業員の業務の内容
・労働条件
・勤務態度
・加害行為の態様
・加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度
そこで、会社の主張する割合が適切か否かを検討するにあたっては、どのような態様による事故であったのか、従業員の就労状況、事故を予防するための予防策を講じていたか、自動車保険の加入状況といった事情を十分に確認する必要があるでしょう。
例えば、従業員の就労状況として、長時間の勤務が続いており、肉体的精神的に疲弊している状況であったにもかかわらず、会社が従業員の労務管理を適切に講じず放置したのであれば、従業員の責任は小さくなるでしょう。
また、従業員の過失の程度が軽く、会社がリスク回避のための対策を何ら講じていないような場合も、従業員の責任は小さくなるでしょう。
選択するプロセス
労働基準監督署は、企業が、労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法等の労働関係法令を遵守しているかをチェックし、違反している企業に対して指導等を行う機関です。
今回の問題は、会社から元従業員に対する不法行為に基づく損害賠償請求の問題で、労働関係法令が直接関係している事案ではありません。
そのため、元従業員から会社に対して、時間外等割増賃金やその他の賃金の請求をすることもないのであれば、労基署ではなく、民事訴訟や民事調停を通じて解決するべき問題といえます。
会社からの請求が適切な内容であるか、慎重に検討することが重要です。会社からの請求に対して、慌てて対応する必要はありません。
まずはお近くの弁護士に相談することを推奨します。
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