2014年に誕生したデンソーの新サービス「ライフビジョン」。自動車部品メーカーにとってまったくの異分野で生んだこのサービスは、現在、デンソーの次なる新規事業の創出に一役買っている。というのも、同社は外部企業から共創パートナーを公募する「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」を行っており、企業から募集するテーマの一つにライフビジョンが関わっているのだ。そこでこのプロジェクトの苦労話を聞くと、企業がイノベーションを生み出す上で参考になる体験談が出てきた。(インタビュー・文/有井太郎)

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デンソーにとって初のITサービスであり、自動車部品メーカーのイメージを覆すように生まれた「ライフビジョン」。本連載では、この新規事業にまつわるストーリーを追いかける。

<連載ラインアップ>
■第1回 高齢化の町で浸透するタブレット型回覧板 デンソーの「ライフビジョン」とは
■第2回 「デンソーを忘れよう」から生まれた地域サービス ライフビジョン開発の道のり
■第3回 「イノベーションを想像できない」 そんな声を無くすデンソーの取り組み(今回)

ライフビジョンは最初から募集テーマの一つに決めていた

「公募型のオープンイノベーションを行う上で大切だと感じたのは、目的と外部企業に求める期待値を明確にすること。そして、当たり前ですがとにかく丁寧に返信すること。地味ですが、それが重要かなと」

 デンソーは2022年5月から「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」を行っている。これは、デンソーの共創パートナーとなる企業を公募型で募集するもの。デンソーの設定したテーマに関する共創アイデアを外部企業が持ち寄り、審査を実施。採択されれば、実証実験などを通じて事業化を検討する形だ。

 2022年5月にスタートし、約1年をかけてプロジェクトを実施。3回にわたりパートナー企業の募集・審査を行っている。

 オープンイノベーション自体はデンソーにとって目新しいものではない。今回公募型にした狙いについて「自社の手の届く範囲は限られているので、公募によって私たちの知らない会社、予想もしない領域との掛け合わせが生まれれば、大きな化学反応が起きると考えました」と話すのは、プロジェクトを担当するデンソー クラウドサービス開発部 ビジネスイノベーション室の古川和弥氏だ。

 同プロジェクトでは募集テーマを二つ設け、共創アイデアを募っている。一つはデンソーの資産であるQRコードを使った「QRコード×本人認証」というテーマ。もう一つが「ライフビジョンを使った地域創生」だ。

 ライフビジョンとは、デンソーが2014年にローンチした地域情報配信サービス。それまで防災無線や回覧板など、アナログで伝えられていた地域の情報を、住民のタブレットやスマホにデジタルで配信するものだ。現在、全国65の自治体が利用するまでに普及している。
 

 同社の歴史の中でも、異分野へと踏み出した重要なサービス。そのライフビジョンが今回、公募型プロジェクトの募集テーマに選ばれた。その理由について、古川氏と同じ部署でプロジェクトを担当する李坤波氏  はこう説明する。

「ライフビジョンを募集テーマに据えることは最初から決まっていました。今回のプロジェクトは地域の課題解決や暮らしの利便性向上につながる新サービスを作るのが目的であり、非モビリティ分野で行おうと考えていたからです。さらに、ライフビジョンの特徴は、他の機能をシステムに追加しやすいこと。その拡張性の高さも今回のプロジェクトに適していました。ライフビジョンのメンバーが外部パートナーとの共創を強く求めていた点も大きかったですね」

 募集開始以降、さまざまな領域・規模の企業から応募があり、進捗も見られるようだ。また、当初ライフビジョンのテーマで提案してきた企業に対し、アイデアの内容やその企業のアセットから別のデンソー事業を紹介した例も出ているという。

「イノベーションを起こそう」と言っても、イメージは湧かない

 古川氏・李氏のいるビジネスイノベーション室は、本プロジェクトの事務局として窓口対応を行っている。今回のプロジェクトを企画したのもビジネスイノベーション室だ。そもそもどんな部門なのか。

「ミッションは二つあり、一つは私たちが主体となってゼロイチのビジネスを生み出すこと。もう一つは新規事業を生み出そうとする社内メンバーを支援するハブになることです」(古川氏)

 自動車業界が「100年に一度の変革」を迎える中で、同部署は2017年に立ち上がった。メンバーの多くが転職組、IT業界出身者だ。

 さらにこの部門の兄弟的な組織として、デジタルイノベーション室がある。そこはエンジニアを多数抱えており、古川氏は「私たちが考えたアイデアをデジタルイノベーション室に持ち込み、スクラム・アジャイルで素早く作って市場にぶつけるというサイクルを回し続けています」と話す。

「イノベーションを起こしましょうと全社に言っても、イメージが湧きにくく新規事業を作る動きは起きにくい。そこで私たちが素早く実例を作って具体的にイメージしてもらうのが一つの目的。だからこそスピード感が重要で、たくさんの部署を巻き込んで作るよりも、自分たちの手が届きやすい範囲で、スモールスタートで行っています」(古川氏)

 製造業となると、スピード感を出すのは難しい面もある。古川氏もIT業界からの転職組だが、デンソーに来た頃は前職との開発タイムスパンの違いを感じたようだ。しかしこの新規事業部門は、デンソーの中でも「新横浜イノベーションラボ」という本体とは離れた場所に作られている。「地理的にも組織的にも出島のようになっていて、違う文化やスピード感で進めやすい」と話す。

「公募したところで本当に成果が出るの?」という声を払拭するには

 そんなビジネスイノベーション室の企画で実現したのがDENSO OPEN INNOVATION PROJECT。運営する中で、より良い形にするための学びがいくつもあったという。

 なかでも重要だと感じたのが、募集段階での「目的と期待値の明確化」だ。

デンソーがこのプロジェクトをどんな目的で行い、その上で、我々がどこまでの技術を持ち、外部企業に何を求めるのか。これらを明確に示さないと、募集企業との価値観が合わず、お互いの成功にならないと感じています」(李氏

 たとえばライフビジョンのテーマで募集するなら、事前にライフビジョンチームと密に話し合い、チームが今後目指すことやそのために欲しい技術を擦り合わせる。その情報を募集サイトで的確に表現し、共感した企業からアイデアを募る形だ。

「正直に言えば、私たちはこの形をまだうまく作れていません。そこで今年度(2022年度)は、必要に応じて外部企業が応募してきた段階で我々が一度コミュニケーションを取り、目的と期待値の擦り合わせを行っています。その後、実際の審査や面談を行うライフビジョンチームにつなぐ形。これはQRコードのテーマの応募も同様です」(古川氏)

 一方、プロジェクトのスタート時から心掛けているのは、企業への返信を丁寧に行うことだ。

「ごく当たり前のことではありますが、とにかく1件1件きちんと返信しようと。お断りする場合もきちんと返信する。理由はシンプルで、今回のプロジェクトで共創できなかった企業も、今後何かで手を取り合う可能性はあります。我々のお客さまになることもあるでしょう。一つ一つの連絡は信頼関係に影響するのできちんと行っています」(李氏)

 今年度の取り組みを経て、2人は来年度以降もこのプロジェクトを継続したいと考える。次はテーマの追加や変更も検討している。
 
「もっとメリハリのついたテーマ設定も検討したいですね。目的や条件、必要な技術をガチガチに固めたテーマと、反対にオープンなテーマの二つを募集するなど。ガチガチに固めたテーマは、短期で成果が出やすくなります。公募型のオープンイノベーションは『本当に成果につながるのか』と疑問を抱く人も社内外に多く、参加を足踏みさせる要因にも。素早く成果を出すことはその説得材料になります」(古川氏)

 一方、ガチガチに固めると「生まれる事業も予想がつきやすい」と古川氏。予想もしない大きな化学反応を生むには、ガチガチとは真逆のオープンなテーマも必要と考える。今年度のテーマは、どちらも中間のイメージだという。

 ライフビジョンが一翼を担ったデンソーの新規事業に向けた取り組み。公募型のオープンイノベーションが近年増える中で、担当者の率直な言葉にはいろいろなヒントがあるかもしれない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  高齢化の町で浸透するタブレット型回覧板 デンソーの「ライフビジョン」とは

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