2010年代アメリカでは、オバマ政権の下、有色人種、LGBTの権利向上の動きが加速しました。しかし、そこにはある種の「ねじれ」がつきまとっていました。それが、2017年トランプ大統領誕生により一気に噴出することになります。NHKエンタープライズ エグゼクティブプロデューサーの丸山俊一氏が著書『アメリカ 流転の1950ー2010s 映画から読む超大国の欲望』(祥伝社)より解説します。

オバマ大統領の誕生で開花した文化―カート・アンダーセン(作家)の証言

「結婚の平等を認めた最高裁の判決は2010年代で絶対的に重要な出来事だと思います。

10年前には誰もが予想していなかったことが、信じられないスピードで実際に起こったのです。

2010年代オバマ大統領抜きに語ることはできません。彼は2009年アフリカアメリカ人として初めての大統領になりましたが、もちろんそれによってアメリカの人種差別がなくなったことを意味するわけではありません。

ですが、8年にわたり私たちの大統領が黒人だった事実は重要です。そして、そのことが逆にこの国における白人至上主義運動を活性化させました。

いずれにせよ、オバマ大統領の誕生はアメリカ2010年代に起きた重要なことの一つです。そして、その結果、黒人のアメリカ人による素晴らしい芸術や文化、映画が開花したことは幸運だったと言えるでしょう。」

マイノリティの本当の姿を描く『ムーンライト』

オバマ大統領は2期目の大統領就任演説で、性的マイノリティの法的な平等を実現すると約束していた。翌2015年アメリカではジェンダーを巡る大きな出来事が起きた。

アメリカ連邦最高裁が、同性婚を禁止する州法は違憲だと判断。全米で同性婚が合法となったのだ。

そして、最高裁判決の翌年、2016年に映画『ムーンライト15』が公開される。

※15『ムーンライト』(Moonlight) 2016年 監督:バリー・ジェンキンス 出演:トレヴァンテ・ローズ、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス ▶シャロンは体が小さく内気でいじめられている。ある時、彼は麻薬の売人をしているフアンに出会い、父のように慕うようになる。だが、シャロンの母ポーラフアンから麻薬を買っていることを知り、ショックを受ける。同時に彼は友人ケヴィンに特別な感情を持っていることを自覚する。

貧しい黒人少年のシャロンは体が小さく内気でいじめられている。ある時、彼は麻薬の売人をしているフアンに出会い、父のように慕うようになる。だが、シャロンの母ポーラが彼から麻薬を買っていることを知り、ショックを受ける。

高校生になったシャロンは、やはりいじめを受けており、それは過酷さを増していた。そんな中、幼馴染みケヴィンだけが彼の友達だった。気の置けない友情はいつしか恋愛感情へと変わっていくことに彼は気づく。

黒人、同性愛者、そして貧困。シャロンがマイノリティとしての人生を歩みながらアイデンティティを模索する物語は大きな話題となった。

黒人の同性愛を受容する―ジョナサン・ローゼンバウム(映画評論家)の証言

「私がとても心を打たれたのは、映画が単に同性愛を取り上げたというだけでなく、黒人の同性愛メインストリームにあるべきものとして受容することを印象づけた映画だったということです。

配慮されるべきとか、周辺文化だとか、特別なものとか、そういうものではなくてね。

この映画が重要なのは、そこに繊細さがあるからだと思います。ありきたりな黒人男性のステレオタイプである荒々しさではなく繊細さを描き出しました。ですが、意図的に逆にしたわけではありません。登場人物を自然に描写しただけのことなのです。

この映画は黒人の人生を様々な面からあらわにしていると感じました。一般的な黒人の人生ではなく―そんなものはありませんからね―これまで描写されることがほとんどなかった複数の異なる黒人の人生を。そうした繊細さが見られるのが特色です。」

リベラルもまた共犯関係にある

そして、2017年1月、ドナルド・トランプが第45代アメリカ大統領に就任する。

アメリカファースト」「メキシコに壁を作る。中国、日本を倒す」など選挙戦を通じ、移民などのマイノリティを排除する言葉を振りまいてきたトランプ

彼が大統領に就任した2017年に、ヘイトクライムの発生数は、前年に比べ17%も増加していた。大統領選後、トランプの勝利を受け、オバマはこう漏らしたという。

「私たちは夢を追い過ぎたのかもしれない。10年か20年早かったのか……」

早すぎる変化への反動が、時代を覆う。そうした2017年公開の映画『ゲットアウト17』。

※17『ゲットアウト』(Get Out) 2017年 監督:ジョーダン・ピール 出演:ダニエル・カルーヤ、アリソンウィリアムズ ▶黒人カメラマンクリスは、恋人ローズ・アーミテージの両親に紹介されることになった。アーミテージ一家は表向きリベラルな考え方を表明し、クリスを受け入れているかに振る舞っているが、彼はどこか違和感を覚える。

スリラーだが、クライマックスの恐怖以前に何気ないシーンが怖い。

「表層だけでは捉えられない時代」を描いた作品

白人のガールフレンドであるローズの実家を初めて訪ねた黒人青年クリス。恋人の家族や親戚に紹介されるが、次第に奇妙な感覚に陥る。

ローズの一家は父が脳外科医、母がセラピストの裕福な家庭であり、広大な屋敷に黒人の使用人を雇っている。「オバマの3期目があるなら投票する」というリベラルな考え方を強調する父ディーンだったが、アーミテージ家や使用人の行動はどこか変だとクリスは感じる。

翌日、パーティーが開催されるが、そこに集まったのは裕福な白人ばかり。彼らはクリスに興味津々の様子で「時代は黒だよ」などと言っている。そんな中、唯一の黒人参加者であるローガンは、突然クリスに襲いかかり「出ていけ!(Get Out)」と叫ぶのだった。

黒人への理解を示す白人たちの言葉が、じっとり不気味さを醸し出す。その背景にあるものをウィルモアはこう指摘する。

「『ゲットアウト』での悪役のキャラは、味方だと主張する人たちです。『できるものなら3期目もオバマに投票したよ』という有名なセリフがありますよね。つまり、彼らは自分たちが問題の一部ではなく、解決策の一部であると考えているのです。

しかし彼らの計画は、黒人の体を乗っ取ることです。愛情の名のもとにと言わんばかりに。それが、奴隷制度の歴史と相似しているのです。ただのあからさまな人種差別の描写ではなく、アメリカ人の共犯関係を表しているのです」

美辞麗句が表層を覆う社会の怖さをあぶりだすかのような表現が、リベラルを装う人々を青ざめさせた。

表層だけでは捉えられない、ねじれた時代。そんな時代の空気を表したミュージックビデオが話題を呼ぶ。ドナルド・グローバーの名で、俳優、コメディアン、作家としてマルチな活躍するチャイルディッシュ・ガンビーノの「ThIs Is America」だ。

ネット上に公開されると、24時間で、1290万回の再生回数を記録。わずか10日で、1億回を超える。

様々なメタファーを使い、アメリカの差別社会、そして銃社会を痛烈に描いたこのミュージックビデオ。その解釈をめぐっては、様々な意見が飛び交った。

批判すら「ひとつの商品」に過ぎないという現実

「お金を稼げ、ブラックマン、ブラックマン」と歌い、黒人エンターテイナーとしての自分にさえ、批判の目を向けるチャイルディッシュ・ガンビーノ。そこにはマイノリティ擁護の言説によっても変わらない現状があるとウィルモアは感じ、次のように述べる。

「このミュージックビデオが本当に面白いのは、誰もが『共犯者』として批判の対象となっているからだと思います。そしてそこにはグローバー自身も含まれているのです。

この曲の中に『金を稼げ』と言い続けている部分があるのですが、これは、アメリカン・ドリーム資本主義的な成功について歌っているのです。彼はグッチなどの高級品を持ったところで、社会に受け入れられるようになるわけではないと言っています。

成功は身を守ることにはなるけれど、社会構造のレベルで物事を変えることはできません。黒人の有名人や黒人の物語がスクリーン上でよく見られるようになったからといって、現実の生活は変わらない、ということを表現しているのです」

カウンター」という形で、現実に立ち向かってきたはずのアメリカン・サブカルチャー

しかし、カウンターも「アメリカ資本主義」の中、一つの商品に過ぎない現実がそこにあった。

丸山 俊一

NHK エンタープライズ

エグゼクティブ・プロデューサー

(※写真はイメージです/PIXTA)