「面接で『前例がない』と落とされてしまう」トランスジェンダー女性(36)に聞いた、当事者が直面する“就労の困難” から続く

 今日3月31日は、「国際トランスジェンダー可視化(認知)の日」。トランスジェンダーの人々が直面している差別や困難は、どのような現状にあるのだろうか。

 ドラマや映画の脚本監修、講演会への出演など幅広い分野で活動するトランスジェンダー女性の西原さつきさん(36)によると、当事者が就労の困難や貧困問題を抱えているという。長年貧困問題を取材しているライターの吉川ばんび氏が、西原さんに話を聞いた(全3回の2回目/3回目に続く)

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経済的な負担が多いトランスジェンダー

――西原さんは「トランスジェンダーの貧困」に問題意識を持っているそうですね。トランスジェンダーの方が貧困に陥るのには、どういった背景があるのでしょうか。

西原さつきさん(以下、西原) まず性別適合手術が自費なので、シスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と性自認が一致している人。トランスジェンダーでない人)の方と比較すると、トランスジェンダーの方の場合は数百万円余計にかかってしまうことが要因の1つとして挙げられます。

 特に手術を受けていなければホルモン投薬治療も自費になるので、毎月1万円近く、年間で12万円ほどかかりますし。

 あとは先ほども触れましたが、就職したくても面接の段階で落とされてしまうことが多かったり、性別適合手術を受けるには数ヶ月間働けない状態になるので、退職を余儀なくされてしまったり。

生活保護を受けていたり、自己破産してしまった子も

――日本はブランクがあると新たに就職をしたくても復職が難しい、という社会構造があるように感じますが、そのことも関係していそうですね。

西原 そうですね。色々な要因がすごく複雑に絡み合っているので、本当に根深い問題だと思います。

――LGBTQ等の性的マイノリティに関する調査研究・社会教育を行う認定NPO法人虹色ダイバーシティと、国際基督教⼤学ジェンダー研究センターが2020年に行った調査によれば、「トランスジェンダー男性の28.4%、トランスジェンダー女性の44.6%が預金残高1万円以下になった経験を持つ」というデータがあります。

西原 私も同じ経験をしています。あと、食べるものがなくて1日におにぎりを1つだけしか食べられなかったり、電気やガスが止まって家でロウソクを灯して過ごしたこともありました。借金だけは経験したことがありませんけど。

 私の周りでも、多くの人がいつも「お金がない」と言って不安を漏らしています。若い子のほうがより困窮しているケースが多いですね。生活保護を受けていたり、自己破産してしまった子も知っています。

「女性として昼間に働く」ことはハードルが高い

――同じ調査の中で「生活に困窮した際にどこに相談をするか」というアンケートの結果もあるのですが、「LGBT他」の方ほど、行政に相談しづらい傾向もあるようです。

西原 ああ、それは大いにあると思います。

――このあたり、どうしてなのかなんとなくイメージできますか?

西原 そもそも、行政に対する不信感が強いのかもしれません。窓口で傷つけられてしまった経験を持つ人も多いし、私自身も「また嫌な顔されちゃうのかな」「どういう風に扱われるんだろう」とか不安に思った経験があるので。

 周りでもよく聞く話ですが、例えばトランス女性が生活の相談に行くと、窓口の人から「じゃあ男の格好で、髪を切って、普通に就職してくださいよ」と言われてしまうケースが結構多いですね。それで精神を病んでしまう子もたくさんいます。

 そういう子から私に「男として就職しろと言われたんだけど、どう思う?」と電話がかかってきたことがあって。「就職はしやすくなるかもしれないけど、また病んでしまうんじゃない?」と言ったんですが。

 私たちにとっては「女性として昼間に働く」というのは、まるで夢の中の話のようにハードルが高いことなんです。

差別をされる対象ほど生活が困窮しやすい

――西原さんの過去の取材記事で拝見しましたが、トランスジェンダーの方は水商売をされている方が多いのだとか。

西原 以前はとても多かったですね。私自身、大学生の頃は薄化粧にユニセックスな服装をよくしていたのですが、そうすると夜の仕事……水商売や、いわゆる性風俗の勧誘がすごく多くなるんです。

――それはやはり「女性として昼間の仕事をするのが難しい」からなのでしょうか。

西原 そうですね。世間の認識というか風潮もあるでしょうし、当事者でも「昼職なんてどうせできない」と考える人が少なくないでしょうから。私より先にトランス(性別移行)した女性の先輩からは「私たちのような存在が昼の世界で生きていけると思うな」と言われたこともあります。

 特に私が学生だった頃、もう15年以上前ですね、当時は「トランス=夜の仕事でしか生きられない」みたいなイメージってすごくあったと思います。

――周囲の偏見や差別的な意識が、当事者の方々の就労に影響を与える、というのはすごくイメージできます。

西原 非常に問題だと感じるのは、差別をされる対象ほど、就職が難しかったり収入が低かったり、生活が困窮しやすい点です。

トランスジェンダーそのものの立場が不安定

――最近では、LGBT理解増進法の採択について、さまざまな議論が繰り広げられていますよね。

西原 ありますね。シス女性(シスジェンダー女性の略)の方の立場で考えれば「男性が女性のトイレ公衆浴場に入ってくるのではないか」と不安になったり、恐怖心を覚えるのは理解できます。

 でも、実際のところ女性トイレ公衆浴場をすべての「トランスジェンダー女性」が利用している、もしくはしたいと思っているかというと、そうではありません。この辺りの話はトランスジェンダーそのものの立場が不安定でもあり、非常にデリケートでセンシティブな話題なので、私たち当事者同士でもよく議論になるんです。

 私の感覚では、身近にいるトランス女性の多くが、「女性用スペースを利用するのは、性別適合手術と戸籍変更が済んでから」という感覚や、「節度を持って常識的に」という認識を持っていると思うんです。まずはシス女性の立場を尊重したほうが良いですよね。

――実際には、すでに性別適合手術を受けているトランス女性の方が、女性用トイレなどの女性用スペースを利用しているケースが多いだろうと感じる、ということですね。

西原 やはり心と体の性別が違うことで、他人の目を気にして生きてきた方が多い分、ある程度の条件をクリアしていない状態で、そんなわざわざ目立つようなことはしないですし、したくないと思います。

節度を持って生活している人の声はあまり取り上げられない

――私の知人にトランス女性の方がいますが、確かにその方も「手術が済んでいても公衆浴場には絶対に入りたくない」と言ってました。目を向けるべきは「トランス女性を騙って女性用スペースに侵入しようとする男性の犯罪者」であって、「トランス女性に女性用スペースを利用させないこと」ではない、と思います。

西原 今、だんだん性的マイノリティと言われる人々への関心や話題が大きくなってきているからこそ、それを利用して犯罪を犯そうとする人もいると思いますし、当事者の中にも世間の「理解しましょう」という空気をうまく利用してというか、羽目を外しすぎる人ももちろんゼロではないと思います。

 ただ、さっきもお話ししたように多くの場合「ちゃんとしよう」と節度を持って生活している人の声はあまり取り上げられないし、一部の目立つ部分だけがメディアネットで切り取られてしまうので、そういうところに対して起こる反発なのかな、と思いながら昨今の流れを見ています。

性的マイノリティに対しての誤解や偏見

――それだけ世間的な認知が広まった、ということでもありますよね。

西原 そうですね。特に近年は、これまで潜在的に存在していた、性の悩みを抱えている方や、同性愛トランスの方の多くがはっきりと自身がそうであると自覚したり、表面化し始めている段階だと思うんです。

――今は、いわゆる社会実装の部分だったり「じゃあ、みんなが共生していくためにはこういう法律が必要だよね」「こういう制度が必要だね」といった過渡期のフェーズで壁に直面している感じなのでしょうか。

西原 そうだと思います。で、そういう動きが大きくなると不都合を感じる人がいたり、衝突が起きたりすることもある。だからこそ今、トランスヘイトであったり、性的マイノリティの方に対しての誤解や偏見が入り混じってしまっているのではないかと思っています。よく知らないことって、誰にとっても怖いことだと思いますし。

――西原さんは当事者としての発信もされていますが、世間からの無理解や批判を受けることはありますか?

西原 あります。トランスジェンダーの貧困問題についてお話をすると「お金がかかるなら性別適合手術をしなければいい」といったことを言われたり。

性別適合手術を「好きでやってるんでしょ」と言われることも

――「そうすれば費用を抑えられる」というような?

西原 そうですね。「好きでやってるんでしょ」と言われることが多いのですが、私たちはそもそも好きでトランスジェンダーになったわけでもない。心と体の性別が違うという、人とは違うスタート地点に生まれたというだけなのに。そういうことを言う人は「性別適合手術」を、エステなどの延長線上にあるものだと認識しているのかな、と思ってしまいます。想像がつきにくい境遇なので、仕方がないのかもしれませんけど。

――単純に「綺麗になりたいから手術している」といった解釈をしているケースはありそうですよね。

西原 「お金がないならエステ行くのやめたら」「好きなことしてお金がないだけなんだから自己責任」的な言い方をされることはとても多いですね。治療の一環で手術をしているわけですし、痛みにも耐えなくてはなりません。

 お金もかかるし好きでやっているわけではないですけど、人には理解されないし、就職も難しいし。はっきり言ってハードモードですよね。

撮影=山元茂樹/文藝春秋

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(吉川 ばんび)

西原さつきさん ©山元茂樹/文藝春秋