
役所では「男の格好で就職してください」と言われることも…トランス女性(36)が語る、当事者が“貧困”に陥りやすい理由 から続く
今日3月31日は、「国際トランスジェンダー可視化(認知)の日」。トランスジェンダーの人々には、どのような差別や困難に直面している現状があるのだろうか。
ドラマや映画の脚本監修・演技指導、講演会への出演など幅広い分野で活動するトランスジェンダー女性の西原さつきさん(36)は、当事者の就労問題や貧困問題解決に向けた取り組みを進めているという。いったい、どのような内容なのか。長年貧困問題を取材しているライターの吉川ばんび氏が、西原さんに話を聞いた(全3回の3回目/1回目から読む)
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イベントや朗読劇、音楽活動でトランスジェンダーを雇用――西原さんは、トランスジェンダーの方の貧困問題や、就労が難しいという問題について、取り組んでいることはありますか。
西原さつきさん(以下、西原) 中学・高校などの教育現場での講演会を行ったり、トランスジェンダーの方に直接アプローチする「乙女塾」の運営以外ですと、今は、トランスジェンダーの方たちの雇用を創出するためにスタジオを設立したところです。
――そのスタジオはどんなことをする場なのですか?
西原 イベントや朗読劇、音楽活動などを行っているのですが、スタッフやアーティストに当事者の方を積極的に起用していて。まだ少額ですが謝礼をお渡しして、少しでも雇用を生み出したくて動いているような形です。
――スタジオは今、何人くらいで運営されているのでしょうか。
西原 12、3人ですかね。
「女性らしさ」は教えられても雇用を生み出すのは難しい――ちなみに、スタジオのお名前を聞いても?
西原 ごめんなさい、恥ずかしいんですけど。「スタジオさつきぽん」です。
西原 自分が去ってもこのスタジオが続いて、いつか「さつきぽん」って名前だけで安心してもらえるようになれたらいいなと思ってこの名前にしたんですけど(笑)。
テーマとして掲げているのは、SDGsの目標に含まれている「ジェンダー平等」と「貧困をなくそう」です。この2つを最重要課題として、その解決のために尽力する組織を目指しています。
「乙女塾」はトランスジェンダーの方の支援団体として立ち上げたんですけど、そこでは「綺麗になる方法」やいわゆる「女性らしさ」を習得するところまでは教えられても、雇用を生み出すところまでは、なかなか難しく感じています。
例えば「トランスジェンダーには昼の仕事なんてできない」と考えている当事者の方はとても多くて、本人が望んでいないとしても夜の仕事に就かざるを得ないような現状がありました。
明るい場所で人に姿を見られる恐怖から抜け出すために――企業側や社会全体での理解の遅れによる就労困難はもちろん、当事者の方の中でも「諦め」のようなものを感じている方は少なくない、と。
西原 そうなんです、だからこそ「乙女塾」では「昼間の開催」にすごくこだわったんです。いつも土日の昼間に開催しているんですけど。
立ち上げ当初は、当事者の方から「自分のような存在が、昼間に日光の下を歩くのは怖い」と言われることもありました。
ご自身が「まだ女性的に見えない」と自覚のある方だと思うんですけど、「人目の多い土日の昼に街を歩いて、電車に乗って会場まで行くのが怖いから、夜の時間帯にしてほしい」と。
――それくらい、人目に晒されることに恐怖を感じる方もいらっしゃるのですね。
西原 私自身もそうでした。例えば「妖怪人間ベム」の曲の歌詞じゃないですけど、明るい場所で人に姿を見られるのが怖かったです。でも、それだといつまでも夜の世界から抜け出せないなと思って。
――訓練ではないですけど、女性として社会で生きて行くために、少しでも自信を持ってもらって、というところを目指しているわけですね。
西原 そうですね。
マスメディアが「トランスジェンダー」を取り上げることで、生活のしやすさが変わった――脚本監修、演技指導、支援団体の運営など、西原さんが取り組まれているような活動を通して、少しずつ社会が変わってきているな、と感じられることはありますか?
西原 すごくありますね。やはりテレビや大きな配給映画のようなマスメディアでそういったテーマを取り上げてもらえると、あくまで私の感覚ですが、生活のしやすさが全然変わってくるんです。
特に変わったなと思うのは、これまで「トランスジェンダー」というとバラエティ番組などで「お笑いの対象」として消費されることがほとんどでしたが、作品を通してそういう扱い方が変わってきたな、と。
――どこか「消費される」感覚が少なくなってきたという実感が?
西原 はい。より一般的というか、身近に感じてもらえるような自然な存在に変わり始めているのかなと思います。
ダブルマイノリティで悩んでいる人がたくさんいる――これからもっと、社会や企業などが「こう変わればいいな」と思われることなど、西原さんのご視点で何かありますか?
西原 多様な事情や価値観を認め合って、ひとつの会社を作り上げていくことです。あとは平等に接して欲しいということですね。実際に知ってもらって触れ合ってもらって、驚かずに他の社員と同じようにというか、私たちの存在が否定されずに、立場の違う人同士でも苦楽を共に分かち合える関係になれたら素敵だと思います。
あと、ここからは私個人の視点の話になりますが、トランスジェンダーの方にも知っていてほしいのは、自分の特性を知ることで、生きやすい場所を見つけることが可能だということです。もちろんジェンダーの境界が関係ない話でもあるのですが……。
私が知る限り、トランスジェンダーの方にはバックグラウンドが他の方と違う人も多い、と感じていて。明確なデータが存在するわけではないので伝えるのが難しい部分でもありますが、支援をする中で関わる方々には、発達障害などを併発している方も多く見受けられます。いわゆる「ダブルマイノリティ」と呼ぶそうなのですが。
――貧困問題の取材をしていても、ダブルマイノリティの方は非常に多く、おまけに支援に繋がることができていないケースがほとんどなので、社会課題のひとつであると感じています。
西原 自覚があるなしに関わらず、その状態のまま「うまく社会に適応できない」と悩む方は想像以上にたくさんいらっしゃるんですよね。自分ひとりで改善を目指しても、なかなか思うようにならなくて余計に苦しくなってしまったり。
そういう方のためにも社会の仕組みとして「あればいいな」と感じるのは、例えばトランスジェンダーや発達障害の問題について、悩みを抱える当事者の方が頼ることのできる行政の就労支援団体や、まさに支援を必要としているダブルマイノリティの方などが働くために必要な基礎知識を学び、成長して、ある程度の収益を確保できるような場所です。
社会全体でトランスジェンダーの就労環境が改善されれば――行政を含めた社会全体の理解が深まっていったり、関わる人が増えれば増えるほど、一気に課題解決に向けて動き始める、ということですね。
西原 「スタジオさつきぽん」もそうした願いを込めて立ち上げたものなので、困っている当事者の方が1人でも多く支援に繋がって、特性に合わせてパフォーマンスをあげられる場所ができればいいなと思っています。
私も芸事の世界も含めていろんな世界を見てきましたが、どの業界でもトランスジェンダーの仲間たちの就労環境が圧倒的に悪かったので、社会全体での待遇改善にもつながってほしいですね。
撮影=山元茂樹/文藝春秋
(吉川 ばんび)

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