街を歩いている時などに、警察官に声をかけられる職務質問(以下、職質)。急いでいる時などにはイライラしてしまうもの。また、そのあり方に異議を唱えるように、撮影しSNSなどにアップされているものも多い。そうした動画の多くは、何かしらの法的根拠を語りながら撮影と職質を拒否する正当性を語っているが、実際はどこまで法的な根拠があるのか。アーライツ法律事務所の島昭宏弁護士に聞いた。

◆職質を撮影する行為の違法性は?

 職質の様子が撮影されている動画を見ると、「職務中の警察官には肖像権がないから撮影しても問題ない」と語られているものがある。まず、その点について島氏の見解はどうだろう。

「前提として、『肖像権』の考え方からお話しします。これは、憲法13条から導かれるとされる、国民が国からみだりに姿形を撮られないという権利なんです。憲法上の人権は、原則として国との関係で国民に保障されるものであり、職務中の警察官は国側の人間ですから、基本的に肖像権の問題は出てきません」

 つまり、撮影自体は問題がないようだ。しかし、職質の様子を撮影することに対して「後ろの一般の人が映り込むとプライバシーの侵害になりますから、あんまり撮影しない方がいいですよ」と話す警察官の様子もあった。それに対し撮影者が「風景として映す分には問題ないんです。そんなことも知らないんですか?」と煽る場面も。

「完全にオープンな場所で、歩いている人がたまたま映り込んでしまう分には、基本的にはプライバシーの侵害には当たりません。公共の場所で顔を出して歩いているわけなので、そこにプライバシー権の話は出て来ません。『プライバシー権を放棄している』という言い方をする人もいますね」

 しかし、場所によっては気をつけなくてはいけない場合もあると島氏は続ける。

「たとえばコンサート会場や野球の試合をやっているスタジアム内などですと、公共の場所であると同時に、『特定の空間』でもありますね。そうすると、時間や場所が具体的に伝わることになるので、そうなるとプライバシー権の話が出てくることにもなり得ます」

◆職質をする根拠となる法律は?

 同様の動画ではよく、撮影者が「職質を拒否するのは法律で認められてますよね!?」「強制はできませんよね?」との主張をする場面が見られる。法的に私たちは職質を受ける義務はあるのだろうか。

「厳密にいうと、法律に『職質は拒否していい』とか『職質は強制できない』と書いてあるわけではありません。逆に、警察や行政など、国の機関が強制的にできることは法律で決まっていることだけということです。法律上、職質は強制的にできるとは書いていないわけですから、その帰結として、任意でしかできないということです」(同)

 では、警察官が職質中にどんな行為を行うと任意ではなく「強制した」とみなされるのか。島氏の見解は次の通り。

「『有形力の行使』は禁じられています。行く手に立ち塞がったり、腕を掴んで引き留めたりしてはいけないということで、体や力を使って物理的に止めることはできないということです。ただ、どこまでもついてくる警察官はいますよね(笑)

 筆者は、今回の取材に向けていくつかの職質動画を見る中で、行く手に立ち塞がっている警察官を見たが。

「ほぼブラックですね。ただ、職質から多くの犯罪者を見つけたり、犯罪を抑止できているのも事実なので、警察にとってはそこまでしないと、犯罪が抑えられないという理屈はあるでしょう。同じように、カバンの中身を確認しようとして、カバンに触れてしまったり、複数人で囲むようなことをしたら、違法に傾いていきます」

◆職質自体がグレーな存在

 ここまで島氏の話を聞くと、「ほぼブラック」「違法に傾いていく」といった、グレーな回答も多い。それについて、島氏は次のように話す。

「職質は、『警察官職務執行法』という法律に定められて行われ、警察官が『なんらかの合理的嫌疑がある』と認められる場合においてのみ可能であると定められています。しかし、その辺を歩いている人をパッと見た瞬間に、合理的な嫌疑なんてなかなか生まれませんよね。つまり、職質自体がそもそもグレーな要素を持つものなんです」

 それ自体がグレーである職質。具体的に、その中身の行為についても法律を確認したい。たとえば、職質で止められて免許証を提示するように求められる動画がある。そこで撮影者は「提示を求めるなら、警察官自身も免許証を見せるように」と主張する。この内容では、法的にどちらが有利になるのか。島氏の見解を聞く。

「運転中に止められて免許証を見せるように求められるのは、合理的な理由がありますが、町を歩いていて職質された時に、免許証を見せなくてはいけないという法的理由はありません」

 しかし、犯罪抑止のためにも警察官としては身分証を確認したい思いは理解できる。同氏は次のように続ける。

「警察官も、強制的な要求はできませんが、自由な会話はできるので説得できればいいんです。会話の中で警察官の説得に応じれば見せる人もいるでしょう」

 つまり、法的に見せる必要はない身分証を、態度や言葉で見せるよう説得できるかが警察官の腕の見せ所といったところだろう。

◆職質に大事なのは「スマイル

 任意である職質だが、拒否をしようとすると長引くことも多い。職質動画の中には、押し問答が続く中で撮影者が「あ、もう10分以上止められてる!あんまり時間かけると『職権乱用罪』になりますけど大丈夫ですか?」と発言するものがある。職質にかけていい時間は法的に決められているのだろうか。

「時間の規定はありません。ただ、あまり長時間留めおくとすれば、そのことで強制性を帯びてくるということはあり得ます。その撮影者のいう『公務員職権濫用罪』にあたるとすれば、嫌疑もないのに『あの子可愛いから』ということで職質にかこつけて話しかけたりした場合とかですね」

 時間の規定がないとなると、職質を拒否すればするほど私たちの貴重な時間が奪われてしまうことになる。どうすれば、職質を早く済ませられるのだろう。自身も職質を受ける経験が少なくないという島氏は次のように話す。

「まず、最小限の質問には答えます。ただ、急いでいるときは、そのことを伝えつつ『何か嫌疑あるなら説明して』と、こちらから質問します。法律のもとでそれがないと職質はできませんので、これで『いや、では、お気をつけて』と警察官があっさり去っていった経験もあります」

 悪いことを何もしていないから拒否をするが、その拒否によって「逃げた」とみなされ、自ら無用に嫌疑を強めてしまうというのが、職質のジレンマだ。何もないのであれば、少しの時間を使って、警察官の仕事への協力として最小限のことを話すのは、私たちにとっても効率的なようだ。

「頭から闇雲に拒否をすると、警察からしても『こいつ怪しいぞ!』となりますよね。だから、やっぱり『スマイル』が大事です(笑)。実際に、職質から大きな犯罪が抑止された例は少なくないので、頭から拒絶することに意味があるとは思いません」

 何もない者にとって職質は煩わしいが、島氏の話を参考にしながら、社会の一員として上手く付き合って行くのがよいだろう。そして、ネットにはびこる敷衍された法の解釈ではなく、正確な根拠を持っておくのが重要だ。

<取材・文/Mr.tsubaking>

Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

弁護士の島昭宏氏