長らく横浜港を拠点に活躍してきたレストラン船「ロイヤルウイング」が2023年5月上旬をもって運航休止になります。63年もの長きにわたり活動してきた同船には技術遺産に認定されてもおかしくないほどの貴重品が多数残されています。

「氷川丸」「日本丸」の陰に隠れた横浜港の名船

北米航路で活躍した貨客船「氷川丸」や日本初の本格的な西洋型帆船「日本丸」といった歴史的な船舶が保存されている横浜港では、船齢60年を超える客船も現役で運航されています。その船の名は「ロイヤルウイング」(2876総トン)。ただ、同船は2023年5月上旬をもって運航休止となることが決まっています。

通常便の定期運航は4月30日までなので、日常的に航行する姿を見られるのは残り1か月ほどと言えるでしょう。日本屈指のご長寿船といえる「ロイヤルウイング」の足跡を、改めて振り返ってみましょう。

今でこそ「ロイヤルウイング」は、大さん橋を拠点に横浜港を周遊するレストラン船として用いられていますが、かつては関西汽船の「くれない丸」(2928総トン)として大阪・神戸と別府を結ぶ瀬戸内航路で活躍していました。

瀬戸内海の女王」とまで呼ばれた同船には、当時としては最新鋭の技術が詰め込まれており、高度経済成長期の日本を今に伝える動く技術遺産とも言える存在です。この「くれない丸」が新三菱重工業神戸造船所で竣工したのは1960(昭和35)年2月27日のことでした。

大阪と温泉地・別府を結ぶ航路は今も昔も「旅客に支えられている航路」で、戦前の大阪商船時代から同社を代表する船舶が投入されてきた経緯があります。

1950年代後半、日本が太平洋戦争の痛手から立ち直り、新婚旅行先として別府の人気が高まるなか、瀬戸内海を中心としたネットワークを築いていた日本最大の内航客船会社・関西汽船は、旺盛な旅客需要を取り込むため豪華な内装を施した新造船2隻の建造を決定しました。

経済白書に「もはや『戦後』ではない」という言葉が載った1956(昭和31)年に計画がスタートし、1番船「くれない丸」は新三菱重工(現三菱重工)が、2番船「むらさき丸」は浦賀船渠(現住友重機械工業)が建造することになりました。

「くれない丸」時代の名残を発見!

横浜港をのんびりと周遊する今の「ロイヤルウイング」からは考えられませんが、阪神~別府航路に就航していた当時は、国鉄に対抗する「海の特急」として巡行速力18ノット(約33.34km/h)という快速で瀬戸内海を駆け抜けていました。搭載する主機(エンジン)はスイスのスルザーが設計し、新三菱重工がライセンス生産した6気筒2サイクルディーゼル(三菱神戸スルザー6TAD48)で、コントロール台の上には当時の銘板を「ロイヤルウイング」となった今でも見ることができます。

加えて船体も、船首からファンネル、そして丸みを帯びた船尾へと流れる美しい流線形のデザインが特徴となっていました。

大きな期待をかけられていた「くれない丸」は、動く観光ホテルがコンセプトとされ、快適な居住性、豪華な内装とともに、頻繁な離着岸と長期の使用に耐えられるだけの性能が求められていました。

船内装飾は関西汽船が基本方針を示しつつ、高島屋が設計・施工を手掛けており、内航客船としてはトップクラスのグレードを誇っていたと言われています。観光船として昼間に航行することを前提としていたため、乗船客に風光明媚な瀬戸内海の景観を楽しんでもらえるよう、大型の窓を「1等ラウンジ」と「1・2等ダイニングサルーン」の各部屋に設置。加えて船体後部には「娯楽室」を設け、そこで映画の上映やダンスパーティーなどのイベントを行っていました。

船体には「ハーパーグリーン」と呼ばれる薄い緑色の塗装が施されており、白と黒のツートンカラーの船ばかりだった関西汽船の中で大いに目立っていたことでしょう。

ロイヤルウイング」に乗船するとかつての面影はないように見えますが、Bデッキ「フリージア」の前部はかつての「1等ラウンジ」、Cデッキ「ローズ」の前部はかつての「1・2等ダイニングサルーン」であり、曲線を描いた壁と角窓から別府航路時代の眺望を想像することができます。

平日火曜日には操舵室見学も

「くれない丸」、そして「ロイヤルウイング」の運航を60年以上にわたって支えているのが、竣工当時から変わらないエンジンと、今では珍しい水圧式の操舵スタンドです。

船の前後進やエンジンの回転数などをブリッジから機関室へ指示するエンジンテレグラフはもちろん現役。ブリッジでテレグラフのレバーを動かすと、機関室側にあるテレグラフの矢印が動き、それに合わせて手動で操作を行います。左右両舷に1基ずつ搭載されている主機は別々に操作する必要があるため、航海中はそれぞれのエンジンに機関部員がついています。昔ながらの大きな舵輪とエンジンテレグラフを組み合わせて操船を行っている客船は、国内では「ロイヤルウイング」が唯一です。

ちなみに、平日の火曜日限定で、ランチクルーズに「操舵室・機関室」見学プランというものがあり、一般の乗客でもレトロな舶用機械を間近で観察できます。

なお、「ロイヤルウイング」となってから船首側にスラスターを装備したものの、基本的に離着岸や回頭は「くれない丸」時代と同じように、プロペラと舵の調整だけで行っており、横浜港大さん橋からは職人技とも言える操船を眺めることができます。

このように貴重な存在である「ロイヤルウイング」ですが、冒頭に記したように残念ながら2023年5月上旬をもって運航休止となることが決まっています。代替新造船の計画があることから、このまま引退する可能性があります。60年前の技術を今に伝える歴史的な遺産としての登録や保存を求める声も上がってはいるものの、今の船体がどうなるかは決まっていません。

ちなみに、2023年1月には「くれない」の名を継いで、大阪~別府航路に日本初のLNG(液化天然ガス)燃料フェリー「さんふらわあ くれない」(1万7114総トン)が就航しています。わずかではありますが、2隻の「くれない」が現役で併存しているこの状況、いまのうちに先代「くれない丸」であった「ロイヤルウイング」の航海を味わいに行くのも良いのではないでしょうか。

横浜港を母港にするレストランシップ「ロイヤルウイング」(深水千翔撮影)。