タイの政治・経済・金融に関する情報を中心に取り扱う現地メディア『Bangkok Post』より翻訳・編集してお伝えする。

夫の仕事まで…地元住民の悲痛な想い

毎年2月から4月にかけて、カム・トンさんはタイ北部の村のそばを流れるメコン川の水に膝まで浸かり、販売用や家庭で調理するための川草を採取している──。カム・トンさんをはじめとするメコン河畔に住む女性たちは、何十年も前から川草(カイ)を集めてきたが、中国が上流に10基近いダムを建設して以来、その収穫量は減少し続けている。

ダムは水の流れを変え、カイや稲作に欠かせない土砂の多くをブロックしていると、研究者は述べている。

「一般的に乾季は水が澄んでいて水位も低いので、かき分けるだけで簡単にカイを収穫することができます。しかし、今はダムの影響で乾季の方が水位が高いので、収穫が難しくなっています」と、地元の市場でカイを売っているカム・トンさんは話す。

48歳の彼女は、「カイを集めるのにもっと時間をかけなければならい上に、カイ自体が少なくなっているため収入にも影響しています」と話しながら、筋のある緑の草を手で丸めて、肩にかけたナイロン袋に入れた。

タイとラオスの国境に近いチエンコーンに住むカム・トンさんは、乾季にメコンの水量が少なく、カイが豊富だったころの3分の1程度しか稼げなくなったという。彼女の夫の漁獲量も減っているという。

中国が握る「東南アジア最長の川」の未来

チベット高原から南シナ海まで約4,350キロメートルにわたって伸びるメコン川は、中国、ラオスミャンマー、タイ、カンボジアベトナムに住む数千万人にとって農業や漁業の生命線となっている。

しかし、中国が水力発電のためにさらにダムを建設しているため、ダムが引き起こす季節外れの洪水や干ばつに対する懸念が高まっている。東南アジア最長の川の今後は、国の支援を受けた強力な企業(=中国)によって形作られている──。

地元コミュニティや運動家たちは、クリーンエネルギーの推進によって、自分たちの懸念や不満が無視されていると話す。

擁護団体リバーズ・インターナショナルのタイとミャンマーのキャンペーンディレクターであるピアノポーン・ディートス氏は、「上流のダムは、漁業、稲作、女性や高齢者の主な収入源である川草に影響を与えています」と述べた。

「『川が水力発電の供給源になるだけ』のことではありません。何百万人もの人々の生活と生計に影響を及ぼします。彼らの食べ物、伝統や習慣、生き方に大きく関わることなのです」と彼女はインタビューで答えている。

タイとラオスの漁村はすでにゴーストタウン化…

再生可能エネルギー容量を増やし、石炭への依存度を下げようと計画している中国は、1995年以来、メコン川に高さ100メートルを超える5つのメガダムを含む12基近くのダムを建設してきた。

中国はまた、メコン川に流れ込む支流に少なくとも95基の水力発電ダムを建設している。さらに数十基の建設が中国で計画されており、中国はメコン川下流域の他のダムにも資金を供給している。

タイ、カンボジアラオスベトナムのメコン川下流域諸国からなる政府間組織「メコン川委員会(MRC)」によると、チベット高原と中国・ミャンマーのメコン川上流域にある水力発電ダムからのエネルギーは、年間約40億米ドル(約5,306億8,800万円)分生み出されていると推測されている。

しかし、メコン川流域で計画されているダムのすべてが開発された場合、川の土砂量のほぼすべてが上流に滞留し、この地域に住む数百万人の主要な食料源である米の栽培に影響を与える可能性がある、と様々な研究により推測されている。

さらに、ダムによって水流が変化し、魚の移動が妨げられることによるメコン川の漁業の衰退は、2040年までに230億米ドル(約3兆494億900万円)近く、森林、湿地、マングローブの損失は最大で1,450億米ドル(約19兆2,284億5,000万円)に上るとMRCは予測している。

米国を拠点とするスティムソン・センターでエネルギー、水、持続可能性プログラムを指揮するブライアンアイラー氏は、「チエンコーンを含め、ダムに最も近い場所に住むコミュニティが最も大きな打撃を受けている」と述べた。

乾季に水力発電のために貯水池から放出される水量は、「自然流の2倍から3倍」にもなる一方、雨季には制限がかかることによって水量が半分以下になることもある。

「この影響により、タイとラオスの国境沿いの漁村はゴーストタウン化している」という。

「これらのコミュニティには、適応のための選択肢がほとんど残されていない。高齢者は、これまでの限られた生計以外の選択肢に対応できず、若い人は移住や別の生計を選ぶかもしれないが、そのためにはそれなりのリスクが伴う」(アイラー氏)

こうした懸念に対して、メコン川委員会事務局(MRC)は、「MRCは本件において、農業や地域社会に影響を与える可能性のある、河川流量や水質の変化を監視している」と述べた。

「MRCは、水力発電事業のリスクを管理し悪影響を軽減するために、ダムの設計、建設、運用に関する科学的、技術的な指導とガイドラインを提供する」と、電子メールでコメントを発表した。

しかし、ある非営利団体は、「MRCは地元コミュニティと協議しておらず、中国がダム建設に乗り出して以来、より頻繁かつ激化している洪水や干ばつに対する責任を同国に追及できていない」と指摘する。

2019年から2021年にかけての干ばつで、中国のダムが大量の水をせき止め、メコン川の水位が記録的に低下し、干ばつ状態を悪化させたことが、スティムソン・センターと米国に拠点を置く衛星監視活動「アイズ・オン・アース」の調査によって明らかとなった。中国はこれらの調査結果に対し、「降雨量が少なかったのだ」と反論し、2020年にはMRCと協定を結び、自国部分の流量について通年のデータを共有することとなった。

ラオスでは数十人が死亡も…

国際エネルギー機関(IEA)は2021年の報告書で、水力発電を「低炭素発電のバックボーン」と位置づけ、特に新興国や途上国でのポテンシャルを高く評価している。

IEAによると、中国は世界最大の水力発電市場であり、2030年までにサハラ以南のアフリカ東南アジアラテンアメリカで行われる新規水力発電プロジェクトの半分以上が中国企業によるものであるという。メコン川下流域では、エネルギー需要が毎年6〜7%増加すると予測されており、「完全な水力発電の開発」によって2040年までに1,600億米ドル(約21兆2,259億2,000万円)以上の経済効果が得られるとMRCは予測している。

しかしその一方で、水力発電事業による住民の移住などの影響に対する懸念は世界的に高まっている。

また、2018年にはラオスで建設中だったダムが決壊し、鉄砲水で家屋が流され数十人が死亡するという事件が発生し、“アジアのバッテリー”を目指す同国での水力発電事業に悪印象を与えるきっかけとなった。

「どう生きていけばいいのかわからない」

「何世代にもわたって川に依存してきたコミュニティは、もはや現状の川のそばではどうやって生きていけばいいのかわからない」、とラク・チエンコーン・保全グループの会長であるニワット・ロイカウ氏は言う。

2022年にゴールドマン環境賞を受賞したニワット氏(63)は、「ダムによって、川の常態は予測不可能となり、彼ら(地域住民)の知識はもはや役に立たなくなった」と話す。

現在、スティムソン・センターと「アイズ・オン・アース」(米国を拠点とし、米国政府が資金提供する環境調査会社)の共同プロジェクトでは、「衛星画像とリモートセンシングを利用して、24時間以内に川の長さの半分以上における流れの変化を、タイとラオス国境のコミュニティに警告する取り組み」を行っている。

しかし、ニワット氏はこの共同プロジェクトについて、現状の川の状態でどう生きていけばいいかわからない住人たちにとっては無意味であると考えている。「われわれはチエンコーンでメコン・スクールを運営し、地元の子どもたちに川についての教育を行うとともに、研究者の支援も行っている。人々が望んでいるのは、包括的な協議プロセスを経た川の管理だ」とニワット氏は話した。

4月までの乾季の間、カム・トンさんはカイの収穫に力を注いでいる。天気のいい日には数キロの収穫があり、そのうちの何キロかを天日干ししてシート状にしたものをおやつとして売ると、市場で高値がつくという。

いつ海に出られるか、毎日どれだけ収穫できるか分からない。できるときに、できる限り集めておくつもりです」(カム・トンさん)

昨年2月、東北部ナコーンパノム県にある、低水位となったメコン川。(『Bangkok Post』より)