育児はなぜつらく感じるのでしょうか。ニッセイ基礎研究所の乾愛氏が、自治体の乳幼児健診で取得した育児中の保護者への質問紙調査のデータを統計学的分析し、紐解いていきます。

1―はじめに

令和3年6月に育児・介護休業法が改正され*1、産後パパ育休の新設、育児休業の分割取得が可能となり、より柔軟に育児休業を取得しやすい制度改革となった。

この育休について、岸田文雄首相は1月27日の衆院予算委員会で「育休中の人のリスキリング(学び直し)について後押しをする」*2との発言に対し、多くの批判が寄せられ、後日「あらゆるライフステージにおいて本人が希望する場合には後押しする」と釈明があるなど話題を集めた。

この発言を受けて、リスキリングに対する意識調査が活発となり、キャリアコーチング事業を運営するアクシスの調査によると、約6割弱が産休・育休中のリスキリングは不可能であると回答したことを明らかにした*3

また、ベネッセコーポレーションの「社会人の学び直しに関する意識調査2022」では、育休中に関わらず、そもそも社会人の学習意欲がない割合が5割を超えている結果も明らかにしている*4

これらの結果からは、育休中のリスキリングが容易ではないことが伺える。では、なぜ難しいと感じるのか。行政保健師として育児支援に携わった経験のある筆者からすると、そもそもリスキリングに限らず、育児の負担は身体的・精神的にも非常に負荷が高いことを理解する必要があることを感じる。

本稿では、育児負担感に関する学術研究に取り組んだ経験がある元保健師の筆者が、育児の状態や母親の健康状態に焦点を当てて、育児中の母親の身体的な負荷がいかに大きいのか、その実態を明らかにしたものである。

今回は、自治体及び乳幼児健診来所者より許可を得てアンケートへ回答いただいた独自のデータを統計学的に分析した*5

その結果、完全母乳は5割強、子どもとの同室就寝は9割以上を占めており、また育児協力者がいる者は9割強であるにも関わらず、最短睡眠時間が2時間となるなど母親にとって過酷な育児の実態が明らかとなった。

また、対児感情尺度の結果をみると、「育児への束縛による負担感」と、「育て方への不安感」のピークとボリュームゾーンが、他の負担感よりも高いことが明らかとなった。

尚、本稿は、基礎研レポート「育児は何がしんどいのか?」の全2部の第1稿にあたり、収集したデータの基本属性や、育児中の状況、母親の健康状態などの育児中の実態を示したものである。

*1:厚生労働省(2022)「育児・介護休業法について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130583.html

*2:日本経済新聞『「育休中のリスキリング」発言 野党が岸田首相を批判』(2023年1月29日

*3:PR TIMES(2023年2月2日),https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000029.000028179.html 

Forbes Japan(2023年2月10日)https://forbesjapan.com/articles/detail/60661

*4:株式会社ベネッセコーポレーション「社会人の学びに関する調査2022」(2022年8月4日

 https://www.benesse.co.jp/lifelong-learning/assets/pdf/news-20230120-report.pdf

*5:本データは、特別区であるA市に協力いただき、乳幼児健診来所者へ研究の趣旨と同意書に署名いただき、同意を得た上でアンケート回答いただいた。取得した独自のデータは、学術研究や分析結果の公表について個々人及び倫理委員会より承諾を得た上で、本稿で解析結果を公表している。

2―調査概要

本稿で用いるデータは、筆者が自治体の乳幼児健診(3ヵ月児)*6に来所された保護者を対象に、無記名自記式質問紙調査を実施し取得したものである。本研究は事前に倫理審査委員会の承認を得た後、自治体の協力の元、対象者一人ひとりに研究内容の説明と依頼を実施し、同意を得られた場合にのみ質問紙へ回答をしてもらった。

調査項目は、年齢や家族構成などの基本属性、産後の健康状態(疲労度や主観的健康度*7)や育児環境、対児感情尺度*8などである。

その結果、757名より同意を得て、アンケートに回答していただき、回収することができた。

尚、本データの研究協力自治体における乳幼児健診受診率は94.0%を占めるが、特定地域の特徴であるというバイアスが生じている可能性があり、一般化することは難しい。

また、子どもが3・4ヵ月時点での横断的調査であるため、長期的な育児の影響を考慮したものではないことにも留意が必要である。

*6:自治体の乳幼児健診は、母子保健法第13条に規定された市区町村に実施義務があり、3ヵ月から4ヵ月を対象に、標準的・個別的な発育発達に関する全身性の健康状態を調べるものである。自治体の小児科医や保健師、栄養士や臨床心理士によって実施され、体重身長、頭囲胸囲などの身体計測に加え、股関節脱臼や首の座り、原始反射の消失具合、育児状況の確認やアドバイスなど多岐にわたる診察・相談が実施されている。

*7:主観的健康度とは、心身の状態を、5件法(「とても良い」「良い」「普通」「悪い」「とても悪い」)で主観的に評価したものである。

*8:対児感情尺度とは、2008年に荒牧らが開発した21項目で5つの尺度を測る質問紙票で、各質問は「4点:よくある」「3点:ときどきある」「2点:あまりない」「1点:全くない」で回答を求め、それらを単純加算し尺度得点を求めている。子どもの態度や負担感のみ5項目5点から20点の範囲で、その他は全て4項目4点から16点となり、合計点が高いほど育児負担感または肯定感が高いことを示している。

3―回答者の基本属性

本データの回答者の基本属性を【図表1】へ示す。乳幼児健診受診者の母親の平均年齢は、32.53±5.1歳(N=729)、最年少が18歳、最年長が48歳であった。

婚姻の状況は、既婚が741名(97.9%)、未(非)婚が16名(2.1%)、就労の有無をみると、専業主婦などの就労なしと回答した者が403名(53.2%)、常勤やパート・アルバイト、自営業などの就労ありと回答した者は353名(46.6%)であった。

家族構成は、核家族世帯が684名(90.4%)、ひとり親世帯14名(1.8%)、複合世帯(核家族と祖父母)とその他世帯(片親と祖父母世帯や、親戚と子ども世帯、養子縁組世帯等)は合わせて59名(7.8%)であった。

回答者の基本属性として、婚姻状況と家族構成、それから就労割合などは、日本全体の構造と合致するものの、回答年齢については、全国の女性の年齢構造よりも30歳代が多く、10歳代及び40歳代が少ない構造となっている。

尚、本調査は特定地域において調査したものであり、回答者の年齢構造も全国とは多少異なることから、調査結果が、必ずしも日本全国の実態を説明しているわけではないことにご留意いただきたい。

4―育児の状況

次に、育児の状況として、授乳方法、子どもとの同室就寝の有無、同室寝具の有無、育児協力者の存在有無、育児相談者の存在有無について調査した結果を【図表2】へ示した。

その結果、授乳方法では、完全母乳が424名(56.0%)、ミルクだけの人工乳が101名(13.3%)、母乳と人工乳を混合している混合栄養は230名(30.4%)、離乳食などを含むその他は2名(0.3%)であった。

子どもとの就寝方法(N=756*9については、同室就寝が740名(97.9%)、別室就寝は16名(2.1%)であった。

子どもの寝具の状況(N=739)については、同寝具が402名(54.4%)で、別寝具が337名(45.6)であった。

育児協力者の有無では、育児協力者がいる者が730名(96.4%)、育児協力者がいない者は27名(3.6%)であった。また、育児相談者の存在の有無については、育児相談者がいる者が750名(99.1%)、育児相談者がいない者は7名(0.9%)であった。これらの結果から、授乳方法は完全母乳を選択している者が半数を占めており、母乳神話などの影響を含め、従来の授乳方法が根強く残っていることが明らかとなった。

また、海外では別室就寝・別寝具で子どもを寝かせるスタイルが一般的であるが、日本では、子どもと親が同室就寝するスタイルが100%に迫る割合で、同室同寝具も5割を越していることが明らかとなっており、これら日本古来の就寝スタイルが、後述する頻回な夜間対応に影響を与えることを示唆するものとなった。

さらに、育児の協力者や相談者の存在があると回答した者が9割を超えている一方で、育児協力者について、3.6%の母親には育児協力者がいないと回答している。単独育児がいかに過酷なものかを知る育児支援者の立場からは、育児を分担すること、もしくは頼れる者の存在を確保できる環境整備が急務であることは明らかである。

現在の、日本の産後の育児支援システムにおいて、育児協力者や相談者がいない者を極限まで減らす(0%にする)ことは、社会的な育児支援制度を整えるうえでの必要最低限の目標となろう。

*9:以下、各設問に対する回答総数が、全数757未満である場合に、N=〇〇と表記する。

5―育児中の母親の健康状態

続いて、育児中の母親の健康状態として、睡眠時間や、夜間起床回数、主観的健康度について調査した結果を【図表3】へ示す。

調査の結果、3ヵ月・4ヵ月の子どもを持つ育児中の母親の睡眠時間は、平均6.66±1.96時間、最大が18時間、最小が2時間であった。

また、3ヵ月・4ヵ月の子どもを持つ育児中の母親の夜間の起床回数は、平均1.56±1.10回で、最小0回、最大11回であった。

さらに、3ヵ月・4ヵ月の子どもを持つ育児中の母親の主観的健康度は、非常に良いと回答した者が260名(34.3%)、良いと回答した者が315名(41.6%)、普通と回答した者は163名(21.5%)、悪いと回答した者は19名(2.5%)であった*10。最小睡眠時間が2時間で、育児に必要な夜間の起床回数が最大11回、健康状態が悪いと回答した者も存在している実態が明らかとなった。

約4分の1の母親は睡眠時間が6時間未満であるという結果から、母親の健康状況として、3ヵ月・4ヵ月の子どもを育児している保育者は、まともに寝られず、まとまった睡眠時間も確保できない可能性があることが分かる。この睡眠不足が母親自身の健康状態にも影響を与えることは必然であろう。今回は、母親を対象としているが、男性育休が推進される昨今の日本では、仕事と育児の両立を求められる男性の健康状態にも影響を与えかねないことは、今回の結果より明らかである。

女性に関しては、産後の母体の回復もままならない中で、子どものサーカディアリズム*11が整うのにも個人差が非常に多く、3・4ヵ月の子どもを抱える家庭では、母親の健康状態に影響を与えるような過酷な育児状況に置かれていることが明らかになった。

*10:健康状態が「とても悪い」と回答した者は0名であったため、記載省略。自治体の乳幼児健診の特性上、体調が非常に悪い者は、乳幼児健診に来所せず、行政保健師や病院スタッフが対応している可能性がある。今回は、保健センターに来所された保育者という調査対象からは必然的に除外されていることにご留意いただきたい。

*11:サーカディアリズム(概日リズム)とは、生物は地球の自転による24時間周期の昼夜変化に同調して、ほぼ1日の周期で体内環境を積極的に変化させる機能をもつ。この24時間周期のリズムのことを言う。

6―対児感情尺度からみる育児負担感

最後に、荒牧らが開発した対児感情尺度*12という育児負担感を図るスケールを用いて調査した。

その調査の結果、「育児への束縛による負担感」(N=735)は、平均8.38±2.75点、最小が4点、最大が16点であった。「子どもの態度や行為への負担感」(N=734)は、平均7.30±2.96点、最小が4点、最大が19点であった。「育て方への不安感」(N=734)は、平均8.85±2.96点、最小4点、最大16点であった。「育ちへの不安感」(N=733)では、平均6.61±2.5点、最小2点、最大16点であった。「育児への肯定感」(N=733)では、平均14.73±2.5点、最小は4点、最大は16点であった。

育児の肯定感と4つの負担感の点数には大きな乖離があり、グラフにすると負担感の差異が分かりづらいため、今回は4つの負担感だけに絞り、各得点を選択した人数を図表4へ折れ線グラフとして示した。

各負担感の特徴をみると、「育児への束縛による負担感(青線)」では、4点から16点の得点幅のうち、8点に該当する者が114名とピークに山型の曲線を描いている。

「子どもの態度や行為への負担感(緑線)」については、4点から20点の得点幅のうち、5点に該当する者がピークに、高い得点に移行するにつれて該当する者は減少傾向にあることがみてとれる。

「育て方への不安感(赤線)」では、4点から16点の得点幅のうち、12点に該当する者が99名とピークを迎え、8点から12点に該当する者が幅広く存在している。

「育ちへの不安感(オレンジ線)」については、4点から16点の得点幅のうち、4点に該当する者が217名と最も多く、再度8点で該当者が増えるものの、それ以降の高い得点に該当する者は非常に少ない。

これらの各得点に該当する者のピークとボリュームゾーンを考慮すると、ピークが5点にある「子どもの態度や行為への負担感」及びピークが4点にある「育ちへの不安感」などの不安感については、全体的に感じる者は少ない。

一方で、これらよりも得点ピークが高い8点である「育児への束縛による負担感」と、これらの中で最も得点ピークが最も高い12点である「育て方への不安感」については、育児のしんどさとして感じている者が多ことが明らかになった。

また、育児への肯定感に関する設問の平均値が14.73±2.5点であるのに対し、負担感に関する4つの設問の平均は7.93±2.80点と、6.80点ポイントの差があることから、 基本的には、育児に対する肯定感がある中で、育児の負担感も生じている構造と解釈して差し支えない。

しかし、どの設問においても、最小値と最大値の開きがあることから、育児に関する負担感をあまり感じない者がいる一方で、育児に関する負担感を非常に感じている者がいるということにも留意しなければならない。

行政保健師としての臨床経験からも、育児に関する感受性は個人で大きく異なりことを感じており、子どもの標準発達が順調で子どもに関して憂慮する点がなくても、保育者の感じ方、受けとり方ひとつで、大きな負担を感じることがあるということを知る必要がある。

*12:荒牧らが開発したこの「対児感情尺度」は、「育児への束縛による負担感」、「子どもの態度や行為への負担感」、「育て方への不安感」、「育ちへの不安感」、「育児への肯定感」の5つの項目で構成されている。他のスケールでは、育児の負担だけを問われると、育児負担が実測よりも大きいと感じて回答してしまうバイアスがかかる可能性が拭えないが、このスケールは育児の肯定感を設問へ入れていることで、育児で感じるプラス面とマイナス面がバランスよく測れるとされている。

7―まとめ

本稿では、自治体の乳幼児健診で取得した育児中の保護者への質問紙調査のデータを、統計学的分析した。

その結果、育児の状況として、完全母乳が5割強、子どもとの同室就寝が9割強を占めており、また、育児協力者がいる者は9割強であるにも関わらず、育児中の睡眠時間が最短2時間であるなど育児中の母親の健康状態に影響を及ぼしかねない実態が明らかとなった。

また、対児感情尺度の結果をみると、全体的に「育児への肯定感」が最も高いものの、「育児への束縛による負担感」と、「育て方への不安感」のピークとボリュームゾーンが、「子どもの態度や行為への負担感」よりも高いことが明らかとなった。

育児のしんどさとは、子どもの特性に起因するものよりも、保育者側の育児による束縛感や不安感が強く影響していることが示唆された。

(写真はイメージです/PIXTA)