街中でよく見かける「救急車」。実は、この救急車が現場に到着するまでの時間が年々延びていることをご存知でしょうか。新型コロナの流行や日本社会の高齢化も一因のようですが、それ以上に到着が遅れる原因となっているのが救急車の「不適切利用」だと、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。今回は、この「救急車の不適切利用」の実態と適切に利用するための対策についてみていきましょう。

救急車が「年々来なくなっている」ワケ

自分や自分の家族などが急に体調を崩したとき、現場に駆けつけて病院まで運んでくれる救急車は、大切な命を救うためになくてはならない存在です。しかし、実はその救急車が現場に到着するのにかかる時間は、年々長くなっています。

到着時間が長くなっている理由としては、日本が高齢化して救急車の需要が増えたということもある程度影響していると考えられますが、それ以上に大きな影響をおよぼしているのが「救急車の不適切利用」です。

救急車の「不適切利用」とは?

救急車の不適切利用とは、救急車を呼ばなくとも対応できるような軽症例で救急車を呼んだり、そもそも病気や怪我がなく、病院を受診する必要がないにもかかわらず救急車を呼んだりすることを指します。

このような不適切利用を減らすことで、本当に救急車を必要としている人が素早く医療にアクセスできるようになり、救える命が多くなるのです。

そうはいっても、「どんなときに救急車を呼べばいいのかわからない」「救急車を呼んでいいのか迷って対応が遅れてしまいそう」というふうに考える方もいらっしゃると思います。特に、自分の子どもが急に体調を崩したときに冷静な判断をするのは非常に難しいでしょう。

救急車を適切に利用するためには、自分やその家族が病気になったときにどのように行動すべきか、正しい知識を身につけている必要があります。

そこで今回は、救急車の不適切利用に関する現状を押さえ、もしものときはどのような行動をとるべきかについて解説していきます。

早く診てほしい、病院を探してほしい…救急車の「不適切利用」事例

まずは、救急車の不適切利用とは具体的にどのようなものか、いくつか例をあげてみていきましょう。

1.軽傷だが、早く診てほしいので救急車を呼んだ

【事例1】

子どもが転んで膝をすりむいた。特に緊急性はないと思うが、救急車を使えば優先的に診てもらえるのではないかと思い、要請した。

これは、典型的な軽症例での不適切利用です。病院の診察の順番は、重症度に応じて決まります。したがって、救急車で受診したからといって優先されるとは限りません。

2.どの病院に行けばいいかわからないので、救急車を呼んだ

【事例2】

包丁で指を切ってしまった。ハンカチを当ててすぐに止血し、傷もそこまで深くなさそうではあったが、どの病院を受診していいかわからないので救急車を呼んで病院を探してもらおうと考え、救急要請した。

救急車は、緊急の際に少しでも早く病院に着くために、または傷病者が動けないときに病院に搬送するためのものです。自分で動ける場合に救急車を呼ぶのも不適切利用となります。

他にも、「寝られないから話し相手が欲しい」「病院受診予定だが、タクシーはお金がかかるから救急車で連れて行って欲しい」など、緊急事態以外での救急要請事例が非常に多くなっています。

衝撃…昨年呼ばれた救急車の「約半数」が不適切利用の可能性

上記の具体例をみて、「そんなことで呼ぶ人がたくさんいるの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、軽症例での救急搬送が非常に多いことがわかるデータがあります。総務省消防庁の「令和4年版救急・救助の現況」を見てみると、全国で597万8,008人が1年間に救急車で搬送されていますが、なんとそのうちの48.0%は軽症例と判定されているのです。また、救急車の出動数も年々増加しています。

さらに、救急車が現場に到着するまでの所要時間は、2011年では8.2分であったところ、2021年には9.4分とはじめて9分を超えました。これは一見わずかな差のように思えますが、重症患者、特に心停止患者では「1分の差」が命を左右します。そのため、この1分は「命の壁」ともいえる時間差です。

また、救急患者を病院に収容するまでの時間は2011年が38.1分、2021年に42.8分となっています。重症患者であれば救命率に非常に大きな影響を与える時間差が出てしまっているのです。

救急車を呼ぶ前に…知っておきたい「2つ」のツール

救急車の不適切利用がよくないとはいっても、前述のように自分の子どもが急に体調が悪くなった場合など、冷静な判断は難しいでしょう。したがって、事前にどのようにして救急要請の判断をするかを知り、シミュレーションしておく必要があります。

1.「こどもの救急」

まず知っておきたいツールが、Webサイト「こどもの救急」(http://kodomo-qq.jp/)です。これは厚生労働省研究班と日本小児科学会により監修されているもので、「発熱」や「けいれん・ふるえ」などページ左の欄から気になる症状を選び、どんな症状があるかをチェックボックス形式で選ぶことで、病院を受診すべきか、また救急車を呼ぶべきか回答してくれるようになっています。

このサイトを活用することで、救急車の不適切利用を防ぐだけでなく、「必要なのに病院に行かずに治療のタイミングを逃す」といった事態を防ぐこともできます。

2.「小児救急電話相談(#8000)」

また、「小児救急電話相談事業」も有用な手段です。こちらは、小児科受診対象となる15歳未満の子どもの保護者が、子どもの急病にどのように対応すべきか相談することができる電話窓口です。小児科医や看護師が対応してくれ、適切なアドバイスをもらうことができます。

スマートフォンや固定電話で「#8000」をプッシュすることで、いまいる都道府県の相談窓口に自動で転送されます。ぜひこの番号を覚えておいてください。

■まとめ

今回は、救急車の不適切利用について解説しました。自身やご家族が急に状態が悪くなるとつい焦ってしまいますが、そのようなときに冷静な判断を下すための支援ツールがあります。

ぜひこれらのツールの存在を覚えておき、迅速に適切な判断を行えるようにシミュレーションしておきましょう。

秋谷 進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)