日本の企業が世界に伍していけないのは人材採用にあった。海外においては採用競争力こそが企業価値向上につながるといわれており、10年以上前からタレント獲得合戦が激化しています。鈴木貴史氏が著書『人材獲得競争時代の戦わない採用「リファラル採用」のすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)で解説します。

タレント獲得時代は「戦わない採用」

現在、日本はタレント獲得時代に突入しました。そこで必要になるのは、人事の担当者が単独で頑張り続ける構造ではなく、全社員を巻き込んで採用を行っていくことです。採用は、企業活動を行ううえで永続的に発生する業務であり、これからの時代、採用力こそが企業の生産性に直結します。

つまり、採用が強化できれば、企業の競争力につながるのです。

さらに、マクロの視点で見ると、採用活動のアップデートを進めることは、日本社会の雇用の最適配置や流動化に貢献することにもつながります。

では、これからの時代に求められる“採用のカタチ”とはどのようなものなのか?

新たな時代に向けた採用のアップデートの鍵となるのが、「戦わない採用」という考え方です。

本連載では、日本のHRが抱える課題から、近年の採用トレンド、求職者トレンドを深堀り、新時代に求められる採用の在り方を紐解いていきます。

▶日本のHRが抱える課題

本連載をお読みの方のなかには、「そもそも採用をアップデートする必要があるのか」という疑問を抱いている方もいらっしゃるかもしれません。

その疑問にお答えするには、まず日本が抱える大きな課題を説明する必要があります。

やや耳が痛い話になるかもしれませんが、日本のビジネスの現状を整理していきましょう。かつて日本は、世界で第2位のGDPを誇る経済大国でした。メイドインジャパンが世界を席巻し、製造業を基軸とした経済は成長の一途を辿っていました。

しかし、現在はどうでしょう。2021年に出された調査データによると、GDP(1人当たり)は世界で24位となっています。

世界の時価総額ランキングを見ても日本の企業は影を潜めており、生産性においては先進各国のなかで最下位に位置しています。

経済大国からの凋落の背景には、製造業を主体としてきたことにより産業構造の改革が遅れたことなど、いくつかの要因があります。そのなかでも、人と組織のポテンシャルが解放されてこなかったという課題が非常に大きいと私は考えます。

日本では、長らく組織構造として終身雇用・メンバーシップ型雇用がベースとなってきました。新卒一括採用で労働力を確保し、安心安全の育成システムに乗せ、均質化された社員を育ててきたのです。同質化された人材がたくさんできあがることで、結果的に、高度経済成長期においては大量生産を実現し、軒並み事業が伸びていきました。

この昭和の時代においては、新卒一括で労働力を確保していくことが、最も効率のよいシステムであったのです。

なお、このような新卒一括中心の採用状況のなかでは、キャリア採用は専門性のあるポストでの欠員補充が中心でした。

安心安全の強固な雇用システムがあるゆえに、各々の社員がキャリアを考える必要性はほとんどありませんでした。そのため、就職活動も一元的なものでした。大学に入った段階でリクルートスーツに身をまとい、全員が「よーいどん」で就職活動をスタートすることが決定付けられていたのです。そのため、キャリアにまつわる教育を受ける機会もなく、キャリア自律を考えずに働くことができました。

高度経済成長期から大きく時代が変わった現在、採用は大きなシフトチェンジを求められています。社会変化とミスマッチを起こしている旧来の採用状況は、さまざまな綻びを生んでいるからです。

例えば、日本の従業員のエンゲージメントは先進各国最下位の6%にとどまっています。

「安心安全を求めて入社する」という雇用システムのもとでは、「この会社で働きたい」というエンゲージメントが総じて低くなりがちだと考えられるのです。つまり、組織構造や採用構造が硬直化していることで、社員のエンゲージメントが低い水準となり、それらがこの国の生産性を下げる一因となっているという仮説を立てることができるのです。

特に近年では、日本においても「人的資本経営」への関心が高まっています。これは、経営戦略に沿った優秀なタレント人材を中長期で獲得していく必要性を示唆する考え方です。従来どおりの欠員補充的な採用活動ではなく、ヒトを資本として捉え、経営の舵をとることが求められるようになったのです。

「平均生涯転職」米国は10回、日本は2回

▶近年の採用トレンド

■人的資本経営時代のタレント獲得

すでにご存じの方も多いとは思いますが、ここでは改めて「人的資本経営とは何か」について触れたいと思います。

人的資本経営とは、「人材を資本として考えてその価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげていく経営のあり方」のことです。長らく日本においては、人材は資本ではなく資源、つまり「投資」ではなく「消費」の対象として捉えられてきました。

終身雇用年功序列、新卒一括採用を人材システムとして採用してきたため、諸外国と比較して労働者の生涯平均転職回数が少なく、転職潜在層が多いという状況を生んでいます。具体的にいうと、米国の生涯平均転職回数が10回に対して、日本の生涯平均転職回数は2回程度と考えると想像しやすいかもしれません。

日本社会全体で捉えると、2021年における日本の労働人口6907万人に対して転職者はわずか288万人であり、95%以上が転職潜在層だという計算になります。

また、少子高齢化の影響で労働人口は今後ますます減少し、2023年までに営業職・事務職・エンジニア職などの職種を問わずに、ほぼすべての職種で労働人口が不足することを余儀なくされています。その反面、求人数は増加の一途を辿っており、近年は産業構造の転換に伴うDX化の推進などを背景に、企業の経験者採用ニーズはますます高まっています。

こういった背景もあり、「人材を資産として捉え、『募集をする』のではなく、『獲得する』意識を持つことこそが採用競争力につながり、その先の企業競争力につながる」という「タレント・アクイジション」への変革が行われてきているのです。

従来の募集活動とは異なり、見込み顧客に対して認知・検討・興味付けをするマーケティングに近い発想ですが、こういった手法は、いずれも採用においては転職潜在層にアプローチする手法としては有効であり、労働人口減少大国である日本においては、今後主流になる考え方です。

▶欧米では主流のRecruiting is Marketing という考え方

今や、世界の時価総額ランキングに日本企業が入ることがなくなって久しいですが、海外においては採用競争力こそが企業価値向上につながるといわれており、10年以上前からタレント獲得合戦が激化しています。

その注目度は年々高まっており、Googleトレンドを見ると「タレント・アクイジション」の検索数が右肩上がりで伸びてきていることがわかります。

実際に海外では、2013年から“Recruiting isMarketing”(採用はマーケティングである)という捉え方が一般化しています。

そのため、SNSを介したソーシャル・リクルーティングや社員の紹介を通じたリファラル採用、自社の採用サイトからのオウンドメディアのリクルーティングのように、転職の潜在層にアプローチするチャネルがどんどん広がり、企業の投資優先順位の上位に位置されるようになったのです。

現在、日本は約10年遅れてやっと採用マーケティングのスタートラインに立ちました。

「最近採用活動がより一層難しくなってきた……」

そう感じる背景には、そもそもの日本の労働市場、採用市場の構造が影響しており、これらの状況を打開するためには、競合と「戦わない採用」、つまり転職潜在層へマーケティングをして人材を獲得する手法が必要なのです。

鈴木 貴史 株式会社TalentX(旧株式会社MyRefer) 代表取締役CEO

(※画像はイメージです/PIXTA)