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(写真:時事通信

「神宮外苑再開発が着手され、3月22日には神宮第二球場の解体工事が始まってしまいました。この問題に気づき声を上げるのが遅かったのかもしれません」

本誌にそうコメントを寄せたのは、音楽家坂本龍一さん(享年71)だ。

“神宮外苑再開発”とは、東京の明治神宮外苑に立つ歴史的建造物、秩父宮ラグビー場や神宮球場を取り壊し、位置を入れ替えて新築する計画のことだ。外苑の杜に息づく約1千本の樹木が切られ、市民が無料で憩えるオープンスペースも減らされる。その代わりに建つのが、80~190メートルの高層ビルなのだ。

事業主は、明治神宮・三井不動産・伊藤忠商事・日本スポーツ振興センターの4者で、東京都2月17日に施行を認可。これを受けて3月22日、神宮第二球場の解体が始まった。総事業費は3千490億円。2036年完成予定だ。

坂本さんは3月初旬にも、東京都の小池都知事宛に、「目の前の経済的利益のために、先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではない」として神宮外苑再開発の見直しを求める手紙を送っている。

ところが小池都知事は一蹴。記者の質問に対し、「(坂本さんは)明治神宮にも手紙を送ったらどうか」と、無責任な発言に終始した。

がん闘病の末、3月28日にこの世を去った坂本さん。亡くなる直前の25日に、本誌に冒頭のコメントを寄せてくれていたのだ。

明治大学特任教授で都市計画が専門の大方潤一郎さんが指摘した。

神宮球場は数年前に耐震改修がすんだばかり。ラグビー場もリノベーションすれば使用できます。にもかかわらず、百年の杜を潰してまで建て替えるのは、開発事業者らが利益を得たいためでしょう」

神宮外苑の歴史的背景と開発スキームを、こう解説する。

「もともと神宮外苑は国有地でしたが、戦後、明治神宮に払い下げられ、自然環境を守るための“風致地区”として保全・管理されてきました。ここは都市計画法で公園に指定されているので、本来、マンションやオフィスビルは建てられない。そのため苦肉の策として、ラグビー場の一角を公園として使用されていない“未供用区域”と見なし、公園の指定から外してしまったのです。そこに、ホテルを併設した野球場や、オフィスと商業複合ビルを建てるという計画です。

違法ではないが、極めて不適切な制度運用と言わざるをえません」(大方さん)

「図で示したように、ラグビー場の移転によって、隣接する樹齢100年の建国記念文庫の森が半分以上、壊されます。現在、ラグビー場に隣接しているイチョウ並木が伐採されるだけでなく、世界的な名所となっている神宮外苑の4列のイチョウ並木も枯損のリスクにさらされます」(大方さん)

■坂本さん「まだ立ち止まることはできるはず」

神宮外苑のイチョウ並木は外国人観光客にも人気のスポットだ。しかし、移転させた神宮球場のスタンドが並木のわずか6メートルまで接近するため、根を圧迫し、数年のうちに枯れる可能性が高いという。

ラグビー元日本代表の平尾剛さんも移設反対の署名を集め、28日には小池都知事に提出した。

「計画されているラグビー場は、屋根付きで人工芝。しかも、収容人数が1万5千人と6割に減らされます。秩父宮は75年続くラグビーの聖地なのに、たくさんの樹木を伐採してまで移設・新設する必要が、どこにあるのでしょう」

東京新聞の調査では、都民の約7割が再開発に反対。周辺住民など60人が今年2月、東京都に認可取り消しを求める裁判も起こした。原告団長で実業家のロッシェル・カップさんは、こう憤る。

「神宮外苑は都心の一等地。事業者からすれば、お金のなる“おいしい土地”なんです。これを認めれば、日本中で同じような再開発を認めることになります」

カップさんが指摘するように、東京都の日比谷公園、青山公園、芝公園、葛西臨海公園のほか、横浜や神戸の公園でも、同様の再開発計画があるという。

原告の一人に名を連ねる東京大学准教授で経済思想家の斎藤幸平さんも、「再開発は世界の流れに逆行している」と、こう続ける。

「先人たちが寄付を集め、100年後の東京が世界に誇れる場所になるよう願ってできたのが神宮の杜。SDGs持続可能な社会にするための取り組み)を掲げる企業が何も考えずに破壊するのは愚かです。ニューヨークでは100万本の植樹が始まっていますし、パリのシャンゼリゼ通りでも片道4車線を2車線に減らして植樹しています。日本だけが、一部の企業の利益のために逆行しているのです」

坂本さんも、冒頭に続けて環境破壊についてこう懸念を示していた。

「まだ立ち止まることはできるはずです。そうでなければ、美しい自然と景観を守ることができなかったことを子どもたちに詫びなければなりません。誤りに気づいたら考えを改める。ネイティブアメリカンに『7世代先を考えよ』という教えがあります。私たちは彼らのように賢明ではありませんが、せめて次の世代に美しいバトンを渡したい。まだできることがあるはずです」