2023年3月22日から2日間、中国国家主席の習近平モスクワを訪問し、ロシア大統領・V.プーチンとの首脳会談を行った。

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 それに先立つ同月5~17日の全人代(第12期全人代第1回会議)で、異例とされる国家主席第3期目就任が承認されている。その新たな任期の最初の外遊先としてロシアが選ばれた。

  2013年3月に初めて国家主席に選出された際にも、習近平はその直後にロシアを訪問している。彼なりに中国にとってのロシアの意味合いを量った上での選択だったのだろう。

 プーチンとの会談の後、「互いに性格が似ていますね」と言葉をかけるほど、個人的な親近感も強めたようだ(1)。

  2018年3月の国家主席第2期目の船出では、プーチン再選後の大統領正式就任が同年5月だったこともあり、真っ先に出会う両首脳とはならなかったものの、翌6月にはプーチンが訪中している。

 2013年この方、公式・非公式を含めた2人の直接会談は40回近くを重ね、両国と米国との対立の深まりに比例して、双方の繋がりも強められてきた。

 習近平は、中国のトップに立ったその初めから反米姿勢であったわけではあるまい。

 だが、経済で測る国力で米国にはるかに劣るロシアが、国際政治の面でその米国とほぼ対等にやり合い後には引かず、国内でもロシアという大国の統治をこなすプーチンの政治手腕には注目していたはずだ。

 そして、現在に至るまでの両国間の実務レベルでの交流を通して、中国は米国に対抗すべく内政・外交双方での理論建て(主権民主主義や多極化)をロシアに学んできたようである。

 米中の対立は2015年辺りから徐々に顕在化し始め、D.トランプ政権下で経済関係での緊張を迎える。

 そして、2021年のJ.バイデン政権登場からは、特に台湾・南シナ海問題を巡って米国の対中警戒感が加速される。

 その結果、米国にとって中国が最大の敵(2)と名指されるまでになってしまった。

 これに対して中国が繰り出した米国一極支配思想への批判は、2007年以来、プーチンがことあるごとに述べてきた考えでもある。

 全人代に先立つ2月20日に、中国外交部は正面切っての対米批判をウエブサイトに掲載した(3)。

 それまで中国の外交トップが口頭で述べ、環球時報などのメディアが書き立てていた内容が集大成された観がある。

 歴史をなぞりながら、米国がいかに政治・軍事・経済・技術・情報戦で恣意的かつ攻撃的な姿勢を貫いてきたかを瑠々書き連ねている。

 恐らく習近平は第3期就任の前に、もはや当面の対米融和は不可能で、今は経済面での犠牲を払ってでも反米で突き進むほかなしと判断していたのだろう。

 勘繰れば、全時代での新たな中国政府の主要人事も、経済関係重視の対米穏健派の一掃を兼ねたものであったのかもしれない。

 2024年の米大統領選で政権が今の民主党から共和党に代わったなら、その時点で対米政策の微調整はあり得るだろう。

 だが、中国が国力の増大を続ける限り、米中が何らかの緊張関係に置かれることに変わりはないとの判断が、上記外交部の対米批判からは読み取れる。

 中国にしてもロシアにしても、米の一極支配への批判は行っても、それに代わって自らが世界の主人になるとは考えていなかった。

 その立場は両国の控え目さを装ったごとくに「多極化」と表現され、一人勝ちの世界を否定はしても、自分たちがそれに取って代れるとの自信までは持っていなかった。

 しかし、ロシアウクライナ紛争や台湾問題を視野に入れれば、自らの防御のためにも、今後の世界秩序形成に対してこれまでの半ば受け身から前に乗り出すことを余儀なくされる。

 そこにはまだ新世界のグランド・デザインなど完全には描き切れてはいないとしても、である。

 上記外交部の対米批判では、ウクライナ問題はほとんど触れられていない。

 その4日後の2月24日に、同部により公表されたロシアウクライナ紛争への中国の12項目和平案(4)との兼ね合いがあったからだろう。

 それでも、中国がウクライナ問題を外交部対米批判の文脈で捉えていることは、恐らく間違いあるまい(5)。

 具体的な施策やその手法が記されず、和平案としての実用性にそのままでは疑問符が付くと批判されるものの、ロシアウクライナ領からの撤兵を含めていない点などで、中国のこの問題への姿勢が示されている。

 それはロシア擁護というよりも、米国を意識した産物と解される。

 習近平にとって、プーチンロシアウクライナ紛争で負けてもらっては絶対に困る。

 負けが込んだところでプーチンが最後に核のボタンを押しでもしたら(その決意のほどを今回もプーチンは滔々と述べただろう)、中国が世界大戦争に巻き込まれる可能性がゼロとは言えなくなる。

 そこまで行き着かなくとも、降伏に等しい負け方をすれば米国の増長は際限なくなり、米国の一部で既に議論されているように(6)、ロシアの分割解体まで行き着いてしまうかもしれない。

 そうなれば、被占領地となったロシア核ミサイルが、米国の指示で一斉にその標的を中国に向けることにもなりかねない。

 中国は南北双方に敵を抱え込むことになってしまう。

 いかに人民解放軍が拡大近代化を図ってきたとはいえ、南北から同時に攻められたなら、勝利は確実とは言い切れなくなる。

 それは、今の南進論とも言うべき台湾や南シナ海での政治・軍事目標を胡散霧消させかねない。そのような結果は中国として何としても避けねばならなくなる。

 こうした反米姿勢を背景に、両首脳が何を話し、何に合意したのかは、公表された中露の共同声明(7)の内容以外は明らかではない。

 あとは想像するしか術がないところだが、ウクライナ問題への対処の大前提としての対米政策が、まず大戦略として論じられたであろう。

 米国の対露・対中攻勢が、その強弱のニュアンスを示すことはあっても基本的には変わらないとの認識が共有され、世界経済がブロック化される中で、中露の独立した自立経済圏の確立が検討される。

 この西側と袂を分かつ自立経済圏では、グローバルサウスとの関係も重要な要素となる。

 中国が介入したことで米国に衝撃を与えたとされる3月10日サウジアラビアイランの国交回復も、その関係強化での布石の一つだろう。

 ある中東の専門家によれば、中国にはまだ本格的な中東問題への介入の知見も能力もなく、サウジが米軍の後ろ盾を最終的に拒否することなど非現実的とのことである。

 だが、中国の大戦略は、(実務レベルが作り上げるナラティブではあっても)仲介者としての中国を世界に誇示することではなく、石油の調達も念頭に置きながら中東を米国の影響からできる限り遠ざけることにある。

 ロシアウクライナ紛争に向けられた中国の12項目和平提案は、こうした大戦略の中の各論に位置付けられることになる。

 停戦に向けた動きで最もウクライナに対して影響力を持つのは、誰もが知る通り米国である。だが、彼らにはまだそれを始める気が見られない。

 報道によれば(8)、ロシア核兵器を使うことはあるまいと値踏みしていることや、停戦を行ってもロシアはそれを簡単に破って再進撃して来るだろうと予測していることがその理由のようだ。

 ならば、米国抜きでウクライナを抑え込み、譲歩させる策を講じて行かねばならない。

 簡単ではないが、ウクライナが中国を敵に回すことは望んでいないことが、物事の切り口になるかもしれない。

 12項目提案をウクライナが即座に受け入れられないことは、中国は百も承知だろう。これは、紆余曲折あろうと最終的には概ねこのシナリオに帰着するほかなかろうとの中国の見立てである。

 それに沿ってウクライナに譲歩を強いるためには、例えば、

ロシアは本気で核を使うことを考えている、

欧米からの支援にも限度がある、

●グローバルサウスは、これ以上ウクライナが領土奪還の戦争に固執するなら支持に回らないと迫り、

ロシアが奪取した領土でどれだけ譲歩するか、

● 停戦後のウクライナの安全保障をどう実現するか、

ウクライナに対して、どれだけ中国が財政援助を与えられるか、の案を並べる。

 これらをウクライナが頑として受け入れないとなれば、交渉過程を全部公開し、グローバルサウスのウクライナへの批判や停戦支持の拡大も脅しの材料に使うことになる。

 こうした筋書きを、今回の習近平プーチン会談で、ロシアの譲歩の限界やロシア自身の安全保障も含めてかなり詰めたのではなかろうか。

 今回の中露首脳会談は、それに先立つ一連の中国の動きとも合わせ、米国にとって想定外だったのかもしれない(9)。

 報道官の発言などから見て取れる米政府の反応は、やや慌て気味の気配すら感じられた。

 米国との経済関係を切ることなどできないはずの中国が、その米国と敵対する世界の悪者・ロシアとの連携強化にさらに動くとは、である。

 従来の米国発の中露関係論は概して、両国が真の同盟国になることなどあり得ない、とするものが主流だった。

 相互の便宜のゆえの関係強化であり、西側のような共通の価値観を持つでもなく、広大な両国が長大な国境を接して隣り合っていれば、両雄並び立たずの結果で過去に紛争も発生し、これからもそうだろうとの推測が続いてきた。

  こうした中露不和論は、そうであってほしいという願望にも支えられていたのだろう。

 そして、当の中露の専門家にも、中露関係発展を表立って称賛する向きが多いとは言えない状況だった。

 だが、そもそも国家関係には、100%の敵対関係(戦争状態)はあっても100%の友好などあり得るはずがない。

 平時でも相手の出方への細心の注意は払われ続ける。将来何が起こるか、相手がどう変わるかは、誰にも確たる予想が付かないからだ。

 友好国と非友好国との差は、相手国への猜疑心の強弱で測られるものでしかなく、中露間でもそれは皆無になどなり得ない。

 双方の対印関係一つをとって見ても、下手をすれば爆弾がいつ炸裂するかも分からない。

 しかし、それが弱められたり、とりあえず脇に置かれたりはあり得る話だ。特に共通の敵が存在するならば、である。

 米国は中露関係への見方の修正を迫られる。中国からロシアへの武器供与の可能性に神経を尖らせることは当然としても、米国の懸念はそれだけではあるまい。

 ロシアウクライナ紛争の機に乗じて、中国がグローバルサウスを取りまとめて、中国の世界を作ってしまうことへの危機感がある(10)。

 周知の通り、国連を通じての対露批判・非難決議は、ロシアが全世界を敵に回している状況を表しているとはおよそ言えない(11)。

 西側でも、対露批判一辺倒の立場から距離を置く論も後を絶たないし、昨今の米英の論調の中にも自信の揺らぎが垣間見える。

 西側はロシアウクライナ紛争(あるいは台湾問題)を、民主主義陣営と権威主義国家との対立と描き、民主主義は必ず勝つと訴える。

 だが、欧州の一部で起こった紛争が、西側に依る対露経済制裁を通じてエネルギー資源や食料の価格を高騰させた。

 そのとばっちりを受けたグローバルサウスにして見れば、なぜ自分たちがその皺寄せをとの疑問を抱いて当然だろう。

 それだけではない。西側が説く民主主義なるものが、昨今の米国の「分断」や欧州でのポピュリズム台頭などの諸状況から、どこやら胡散臭いものにすら見えてきている。

 万能薬と言う効能書きが剝げ始めているのだ。

 米国の地位の揺らぎとは、単に経済・軍事で中国の猛追を受けているからだけではない。

 その主張する「民主主義、法の支配、人権」なるものへ懐疑の目が向けられ、他国の精神的支柱に必ずしもならなくってきたことが最大の要因となっているように思える。

 その懐疑を、強弁やプロパガンダだと一括りにして無視する対応では、もはやグローバルサウスの共感は得られなくなっている。

 本稿を書いている際に、偶々以下のような下りを目にした。

相手に対して真摯に議論に応じるでもなく、粗雑なレッテル貼りを繰り返すうちにその効力も次第に弱まり、連戦連勝というわけにもいかなくなった。「相手が真剣に論拠を用意してるのに、リベラル派は頭ごなしにバカ扱いしてるだけじゃないか。いいかげん誠実に対話に応じろよ!」というオーディエンスの声がとくにSNSでは次第に大きくなり、形勢が悪化していった(12)。

 御田寺圭氏が、日本のリベラル派とひろゆき氏を支える反リベラル派との関係を論じた下りである。

 話題が全く異なるものの、同氏のこの文章の「リベラル派」を欧米に、「オーディエンス」を中露、あるいはグローバルサウスと読み替えても、そのまま意味が通じてしまうだろう。

 西側の昨今の論調も、欧米のこれまでのやり方に問題がなかったわけでもない、とまずは認める下りが目に付く。

 だが、多くの論はそれを列挙するに止まり、それらをどう解消するかに付いては触れていない(13)

 議論に勝つためには、徹底して相手のマイナス点を衝いて叩くことが求められる。

 こちらのマイナス点の弁明を行えば、相手の土俵に嵌るだけであり、「それはともかくとして、オマエの方の問題はこれだけ大きいではないか」で押し捲ることが、同調する仲間を増やすためにも必要になる。

 しかしそれは、どちらがより良いかではなく、どちらがより悪いかの議論となる。それだけに、その議論に勝ったとしても周囲への熱狂的な効果を得られるとは限らない。

 西側はその価値観で、数多ある中の一つに過ぎないことを認め、それに応じた論の展開を行う必要に迫られている。

 往々にして二重基準と批判される恣意的な価値観の主張は、避けて行かねばならない。さもないと、世界のオピニオン・リーダーの地位も覚束なくなる。

 中国の和平に向けての動きもさることながら、西側の対露・対中再認識の動きが、最後はロシアウクライナ紛争の鎮火に最も寄与することになるのではなかろうか。

次ページに参考文献

(1)13/03/23 Kommersant(https://www.kommersant.ru/doc/2153489?ysclid=lfzjicz9k5954650895

(2)23/02/06 ANNUAL THREAT ASSESSMENT OF THE U.S. INTELLIGENCE COMMUNITYhttps://www.intelligence.senate.gov/sites/default/files/documents/unclassified_2023_ata_report.pdf

 23/03/08 Time “China's Ambitions, Russia's Nukes and TikTok: Spy Chiefs Talk Biggest U.S. Security Threats”(https://time.com/6261094/china-russia-tiktok-top-threats-to-us/

(3)23/02/20 中国外交部美国的霸权霸道霸凌及其危害_中华人民共和国外交部 (fmprc.gov.cn)

 23/03/02 遠藤誉 「中国の激烈な対米批判「米国の覇権・覇道・覇凌とその害」(https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20230302-00339451

(4)23/02/24 中国外交部 关于政治解决乌克兰危机的中国立场 — 中华人民共和国外交部 (fmprc.gov.cn)

(5)22/07/29 M.Leonard “Ukraine’s War Viewed from China”( https://www.project-syndicate.org/ -2022-07)(23/03/03「「欧米人はどう見られているかを真剣に考えるべき」中国人研究者から見た、ウクライナ戦争世界地図」(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/03/post-101008_2.php

(6)23/02/14 Hudson Institute “Preparing for the Dissolution of the Russian Federation”(https://www.hudson.org/events/preparing-dissolution-russian-federation

(7)23/03/21 ロシア大統領府(http://www.kremlin.ru/supplement/5920

(8)23/02/01 讀賣(https://www.yomiuri.co.jp/world/20230201-OYT1T50024/

23/02/09 日経(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN072LH0X00C23A2000000/

(9)23/03/25 WP“China and Russia's alliance endangers the U.S. and its allies”(https://www.washingtonpost.com/opinions/2023/03/25/

23/03/29 古森義久 「グローバルな地殻変動、中国・ロシアの連帯が米国に与えた巨大な衝撃波」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/74568

(10)23/03/06 一田和樹「ウクライナ侵攻から1年、世界の半分以上はウクライナを支持していない」(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2023/03/1.php

 23/03/17 S.Walt“America Is Too Scared of the Multipolar World”(https://foreignpolicy.com/2023/03/07/

(11)23/02/24 東京(https://www.tokyo-np.co.jp/article/233057

23/02/27 毎日 社説(https://mainichi.jp/articles/20230227/ddm/005/070/009000c

23/03/30 CNBC “ ‘It’s not a pretty picture’: Russia’s support is growing in the developing world”(https://www.cnbc.com/2023/03/30/

23/04/01 スプートニクhttps://sputniknews.jp/20230401/15525440.html

 23/03/31 日経(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN30DND0Q3A330C2000000/

(12)例えば、23/03/27 The Economist “The world according to Xi”(https://www.economist.com/leaders/2023/03/23/

(13)23/03/27 御田寺圭「なぜ「ひろゆき」は時代の寵児となったのか?「かわいそうじゃない人」を見放した日本社会の末路」(https://gendai.media/articles/-/108115?imp=0

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