
3月31日、『Electronic Entertainment Expo 2023』の開催中止が発表された。
第1回が開催された1995年以降、四半世紀以上にわたり、脈々と続いてきた同イベント。コロナ禍という逆風が落ち着きを見せるなかでの完全中止の判断には、どのような経緯があったのだろうか。
【画像】かつては大盛況だったE3、2018年の任天堂出展の模様
本稿では、『E3 2023』の中止から、現代の「ゲームショウ」に必要な要素を考える。文化が存続していくために、『E3』に求められる進化とは。
・四半世紀以上の歴史を持つ「世界3大ゲームショウ」の一角『E3』
『Electronic Entertainment Expo』(以下、『E3』)は、世界的なコンピュータゲームの見本市だ。日本の『東京ゲームショウ』、ドイツの『gamescom(ゲームズコム)』と並び、「世界三大ゲームショウ」のひとつに数えられる。主催するのは、アメリカにおける同産業の業界団体・Entertainment Software Association(エンターテインメントソフトウェア協会/以下、ESA)。毎年5月中旬から6月初めにかけ、ロサンゼルスのコンベンションセンターを中心に催されてきた、ゲームファンなら誰もが知る“祭典”である。
第1回は1995年。以来、2019年まで、四半世紀にわたって休むことなく実施されてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大によりリアルイベントの開催が難しくなって以降は、2020年が中止、2021年がオンラインのみ、2022年が中止と、逆境に立たされてきた。主催するESAは昨年3月31日、『E3 2023』の実施について「E3は2023年、最新の心躍るビデオゲームと業界のイノベーションを祝うイベントとして、活気を取り戻して帰ってくる。(中略)2023年の開催は、オフライン・オンラインを問わず、コミュニティー、メディア、業界をインタラクティブな体験でつなぐ、まったく新しいイベントとなるだろう。そのような体験を提供するため、E3の持つすべてのエネルギーとリソースを投入する。2023年にロサンゼルスからE3を届けられることを楽しみにしています」と、公式サイトを通じて声明を発表していた。2022年7月にはあらためて翌年6月に開催する予定であることを、同年9月には日程を含めたイベントの詳細を、『E3』公式Twitterアカウントからアナウンス。順調に実施に向けて動いている旨が周知されていたが、一連の動向もむなしく、2023年開催は中止される運びとなった。なお、『E3 2023』を主催するESAとReedPopの2社は中止を発表したリリースのなかで、「E3の将来について再評価をおこなう」としている。
〈出典:「ESA Statement on E3 2022」〉
・なぜ『E3 2023』は中止に追い込まれたのか
強い意気込みのもと、開催に向けて動いていた『E3 2023』はなぜ、中止という結末を迎えたのだろうか。理由は大手プラットフォーマー・ディベロッパーの動向にある。2023年1月には、海外の大手メディアが任天堂、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)の不参加を報道。あわせてMicrosoftがブースを出展しない見込みであることを伝えた。さらに中止発表の直前には、Ubisoftやセガ、Level Infinite(『League of Legends』『PUBG MOBILE』などで知られるTencent Gamesの傘下に設立されたグローバル・パブリッシングブランド)がイベントをスキップすることも明らかとなった。
ゲームショウ、特に業界関係者向けの性質が強い『E3』にとって、主要プラットフォーマー・ディベロッパーの撤退は大きな痛手だっただろう。もし開催されていたとしても、彼らの出展なしでは、やや物足りなさの残るイベントとなっていたのではないだろうか。特に任天堂は、1995年開催の第1回から継続して『E3』に参加してきた。いわば蜜月の仲にあるパートナーだ。おそらく運営は、同社の出展を“計算”していただろう。任天堂の不参加は『E3 2023』にとって、致命的な一撃となったに違いない。
2022年9月に発表されていた『E3 2023』の概要によると、今年の開催では、後半の2日間を消費者向けに開放する予定だった。業界関係者向けのイベントとして歴史をスタートさせた同イベントは2017年以降、『東京ゲームショウ』や『gamescom』と同様に、業界関係者・消費者の双方に向けた場として再構築されてきた背景がある。しかしながら先に述べたとおり、イメージの定着をうかがうタイミングでコロナ禍へと突入。こうした時流もまた、『E3』のこれからを考えるうえでは逆風となったのかもしれない。
・『E3』、さらには「ゲームショウ」が他の文化から学ぶべきもの
ESAの代表取締役兼CEOを務めるStanley Pierre-Louis氏は、ReedPop傘下のメディア・GamesIndustry.bizが中止発表後におこなったインタビューのなかでこう語っている。
「私たちは好調なスタートを切り、出展者や業界関係者、メディア、ファンからの関心を集めることができました。しかし最終的には、乗り越えるにはあまりにも大きな課題が明らかとなったのです。ひとつは、コロナの流行以降、いくつかの企業からゲーム開発におけるスケジュールが変更になったという報告があったこと。2つ目は、コロナ禍がもたらした経済的な逆風により、いくつかの企業がマーケティングイベントへの投資方法を見直すようになったこと。3つ目は、対面式のイベントとデジタルマーケティングの適切なバランスを、企業が試行錯誤し始めていることです」
〈出典:「E3 2023 is cancelled. ESA tells us why」〉
つまり、コロナの流行を契機に、プラットフォーマー・ディベロッパーの考えるリアルイベントの価値、出展の意義が再確認されているというわけなのだろう。『E3』への参加と同等の役割を持つ“別のなにか”があれば、出展コストを割かずに業界関係者・消費者と接点を持てるのではないか。もしそうであるならば、その手法がマーケティングとしてのファーストチョイスになる。彼らの理屈はこうである。
ゲーム業界では昨今、プラットフォーマーやディベロッパーによる公式の新作情報番組が注目を集めている。おそらく『E3 2023』が開催される予定だった6月ごろには、任天堂が『Nintendo Direct』を、SIEが『State of Play』を別途放送するのではないだろうか。また、Microsoft、Ubisoftは直近、独自のショーケースを『E3 2023』と同時期に開催する動きを見せている。これらはすべて、出展コストのかからないプロモーションの場だ。プラットフォーマー・ディベロッパーが独自に発信する機会を持てるようになったことで、第三者を介しての業界関係者・消費者との接点は、価値が薄まりつつあるというわけだ。ここにはコロナの流行によって打撃を受けたリアルイベント開催者、巣ごもり消費によって市場が拡大し、力をつけたプラットフォーマー・ディベロッパーという構図もある。もはや従来の「ゲームショウ」は、彼ら、特に大手にとって必要な場となっていない実情もある。
「ゲームショウ」の文化の存続にあたっては、第三者であるからこその価値を業界関係者・消費者に提示できるかがカギとなっていくのかもしれない。たとえば、音楽の分野では、ストリーミングサービスによって誰もが大きな第三者の力を借りることなくコンテンツを発信し、一般ユーザーもまた受け取ることができるようになったが、ライブやサーキット、フェスに出演したいと考えるミュージシャン、足を運ぶフリークが少なくない。同市場も「ゲームショウ」同様、コロナ禍のあおりを受けたが、2021年度以降は順調に回復の気配を見せているという。そこには、現地でしか受け取れないリアルイベントならではの価値があるはずだ。
昨年私が執筆した『E3』『東京ゲームショウ』関連の記事に対する一般ユーザーの反応を見ていると、「リアル開催に価値を感じない」「オンライン開催であれば、公式配信と変わらない」といった声が少なからずあった。従来の「ゲームショウ」には、イベントに企業を招致することでマネタイズするという性質があるため、他の文化とまったくおなじ方法論が取れるとは思わない。しかし、それらから「ゲームショウ」が学ぶこともあるのではないだろうか。
『E3 2023』において、ESAがパートナーに選んだReedPopは、コミュニティに寄り添ったイベントの制作経験が豊富な企業だという。その意味において、同社が舵を切った方向は間違っていないようにも思う。プラットフォーマー・ディベロッパーに再度振り向いてもらうためには、新しい形での、第三者が提供する場の価値の提示が必要となるのかもしれない。時代に合った進化を盛り込み、来年以降、『E3』が完全復活することを期待したい。
(文=結木千尋)

コメント