神奈川県を中心に地域の人々に親しまれている老舗書店・有隣堂。そのYouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』が話題を呼び、いまや登録者数20万人を超える人気チャンネルにまで成長した。(2023年4月4日時点)

参考:【写真】ハヤシユタカの撮り下ろしカット

 お喋りなミミズクのキャラクター「R.B.ブッコロー」が、有隣堂の書店員やバイヤー、時には有名作家を相手にずばずばと鋭いツッコミを入れる姿は、企業チャンネルらしからぬ自由さで、一度観たらやみつきになること請け合いだ。

 今回は、『有隣堂しか知らない世界』の仕掛け人である、プロデューサー兼ディレクターのハヤシユタカ氏に、企業チャンネルとして異例の成功を収めた理由や、“面白い動画”の定義について聞いた。

・『マツコの知らない世界』のような“素直さ”をチャンネルのキモに

――ハヤシさんが有隣堂のYouTubeチャンネルに携わるようになった経緯を教えてください。

ハヤシユタカ(以下、ハヤシ):現在の有隣堂の社長・松信健太郎とは、専務時代から仲が良くて、彼は常日頃から「書店はヤバい」と言っていたんです。本の売上はAmazonに持っていかれているし、電子書籍が台頭して、そもそも紙の本が印刷されずに世の中に出る時代になってきている。だから、リアルな書店がどんどん存在価値を失っているし、実際売上もすごく下がってきていると、会うたびに愚痴をこぼしていました(笑)。そのときに彼がよく言っていたのは、「なにか新しい改革を起こさなきゃダメだ」と。そこで僕が、「自社でメディアを持ったらどうですか?」と薦めたのがきっかけでした。社長もその場で、すぐに「よしわかった、やります」と言って、最初はとある制作会社さんのもと、3カ月で6本の動画を作ったんです。ただ、それが鳴かず飛ばずで。

 最初は友人として「こういう企画はどうですか?」と提案し続けていたんですが、最終的に「ハヤシさんがやったらどうですか?」ということになり、僕がプロデューサー兼ディレクターとして入ることになりました。リニューアル後の1本目の動画が、2020年6月30日に公開されたので、そこが正式なスタートですね。

――リニューアルのタイミングでは、どういったアドバイスをされたのでしょうか?

ハヤシ:2つ提案をさせていただいて、1つは「企業名を前面に出しましょう」と言いました。リニューアル前のチャンネルでは、企業チャンネルは宣伝だと思われてユーザーに敬遠されがちだからという理由で、「有隣堂」という名前をどこにも出していませんでした。動画の内容も本の要約で、役に立つと思ってくれた人が「あ、このチャンネルって実は有隣堂がやっているんだ」と気づいてくれれば、という戦略でした。ただ、企業名を表立って出さないという方針が通用したのはちょっと前までで、当時はすでに石橋貴明さんをはじめとしたタレントの方が次々とYouTubeに参入していた時期だったんです。まさに群雄割拠の時代で、せめてなにかしらのブランドがないと見向きもされないと思ったので、書店としてすでに認知されている「有隣堂」という名前を前面に押し出すように変えました。

 もう1つは、「素直さを根底に持ったチャンネルにしましょう」という提案をしました。企業がメディアを持つ理由は、広報的なインパクトが1番大きいと思います。PRとして一番うまくいっているコンテンツは何だろうと考えたときに、最初に思い浮かんだのが、『マツコの知らない世界』(TBS系)だったんです。宅配ピザの回で、マツコさんがピザをもりもり食べながら、「宅配ピザは1日おいてオーブンでチンして食べた方がうまいのよ」と一言言っただけで、翌日宅配ピザの配達員が死ぬほど苦労したという話があるくらい、あの番組って広報的なインパクトが大きいんですよ。その秘訣は何だろうと考えたときに、“素直さ”だと思ったんです。登場人物の誰も嘘をついていなくて、建前も言っていない。マツコさんも率直な意見をいうし、プレゼンする方も自分の好きなものを心の底から全力でアピールしている。あの世界観がすごくいいなと思ったので、チャンネルの方向性を決めるにあたって『マツコの知らない世界』を参考にさせてもらいました。

・素人集団を面白く見せるには「長回し」がベストだった

――ブッコローがゲストや商品に対して、素直な感想を言ってくれるのが観ていて面白いです。やはりブッコローのキャラクターもマツコさんに影響を受けているのでしょうか?

ハヤシ:そうですね。素直に良いものは良い、悪いものは悪いと言ってもらうようにしています。よくコメントでブッコローくんが「辛口」と言われていますが、本当に思ったことを口にしているだけなんです。だから、台本も一応作ってはいますが、A4用紙1~2枚程度のとても簡素なものにしています。

―― YouTubeの台本としては少ないですね。

ハヤシ:台本には、間違えてほしくない固有名詞が書いてあるくらいで、後はどうぞご自由にお喋りくださいといった感じにしています。その代わり、登場する社員の方や、最近では外部の方も出てくださるんですけど、出演者側の打ち合わせはがっつりやっています。ただ、新鮮なリアクションを引き出すためにブッコローくんの耳には一切情報を入れていません。時には、情報を伏せるために、出演者とブッコローくんの台本を分けて用意することもありますね。

――徹底していますね。また、登場する社員のみなさんも個性的で素敵な人ばかりですが、出演者は企画にあわせて選んでいるのでしょうか?

ハヤシ:やはり自分の担当する商品に偏愛がある人の話を聞くほうが面白いと思うので、基本的にこちらから「このネタをやりたいから、それに合う人を探してきてほしい」と指示するようなことはしていません。

――では、まず人ありきなんですね。

ハヤシ:そうですね、それが最低条件です。もちろん物もありますけど、やっぱり人が面白くないとキツいじゃないですか。幸い有隣堂の社員には、“私しか知らない知識”や“私しか知らない使い方”を持っている方が多いので、今のような形になりました。

――一般の方がカメラの前で喋るのは、難しい点も多いのではないでしょうか?

ハヤシ:難しいと思います。ブッコローくんも普段はただの会社員なので、全員素人集団なんですよ。その素人集団をどう面白く見せるかは、いろいろな手法があると思うんですけど、僕ができるのは“長回し”ですね。1時間撮って、そこから面白いところを切って集めて、かろうじて10分の動画にするというやり方です。逆にそれをすれば、世の中のどんな人も面白くなるんじゃないかなと思います。

――「有隣堂しか知らない世界」の第1弾の動画では、キムワイプを特集していましたが、のちに有隣堂ではキムワイプを扱っていないことが判明していました(※動画公開当時)。ほかにも、競合の書店をゲストに呼んで、敵に塩を送るような企画も多いですが、YouTubeのゴールはどこに設定されているのでしょうか?

ハヤシ:目的は、「面白い動画を作って、有隣堂のファンを増やすこと」なので、面白い動画であるか否かが全てなんです。なので、そのためには手段を選んでいられないところがあります。たしかにキムワイプが実際に売っていなかった事件は、僕も衝撃でしたが(笑)、最近では「これって有隣堂で売ってるんだっけ?」という確認すらしなくなりました。面白い動画を作るためには、ほかの余計なことはどうでもいいんです。もう少し補足すると、これは有隣堂の社長や広報チームが言っていたことですが、本って差別化がしづらい商品なんですよ。店によって値段を変えることがルールで禁じられているので、消費者からしたら、蔦屋書店だろうが、ブックファーストだろうが、紀伊國屋書店で買おうが変わらない中で、「どうせ買うんだったら、あの面白い動画を作っている有隣堂に行こう」と思ってくれるかもしれない。我々が目指しているのはその程度です。新刊を一冊でも多く売ろうとか、新サービスを1人でも多くの人に使ってもらおうとか、そういう気持ちは全くなくて、面白い動画で好きになってくれればいいや、くらいに考えています。

――面白さを追求した結果、今の形になったんですね。

ハヤシ:企業が作る動画コンテンツって、誰向けかというと、実は社内の人に向けた動画がほとんどなんですよ。僕も依頼されて何本か動画を作ってきましたけど、社内への忖度の結果、コンテンツとしての質が下がってしまって、喜ぶのは当人たちだけになっているケースが多いんです。そんな中、有隣堂は松信さんが「好きにしていい。何でもやっていい。その代わり何かあったら責任は俺が取るから」と言ってくれて、本当にすごくいい経営者だと思います(笑)。「有隣堂しか知らない世界」を始めてからいままで、松信さんから文句を言われたことは一度もないんですよ。「ハヤシさん、もうちょっとこうしてよ」とか「新しい万年筆が出るから、取り上げてくれないかな」とかもなくて、僕もブッコローくんものびのびできる環境を与えられているのが、実は一番すごいことだと思います。

・面白い動画とは“知的好奇心”と“ちょっとした笑い”

――ハヤシさんが思う、面白い動画の定義とは?

ハヤシ:「面白さとは何か?」ということは僕も常日頃から考えています。方程式を見つけられたら、もっとコンテンツ作りが楽になると思うのですが、現状は発見できていないです。ただ、ちょうど昨日読んだ本にすごくいいことが書いてあって……ちなみに僕は、本は全部電子書籍で読んでいるんですけど(笑)。

――(笑)。

ハヤシ:『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)という週刊文春の元・編集長が書いた本の中で、スコット・ギャロウェイの『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(東洋経済新報社)を引用しているんですけど、「大事なのは、人間の脳みそと心と性器をつかむこと」と言っているんです。“脳みそ”というのは知識欲、“心”は感動したい、泣きたい、怒りたい、喜びたい、あとは笑いたいという欲望。そして“性器”はいわゆるエロですね。これらを刺激すれば、人がクリックする面白いコンテンツになるんですって。ただこれに関しては、いろいろな人がいろいろなことを言っているので、僕もそれが答えかはまだわかりません。少なくとも「有隣堂しか知らない世界」に関しては、知的好奇心とちょっとした笑いを叶えられればいいかなと思っています。

――知的好奇心だけで考えると、リニューアル前に投稿されていたような本の要約がウケそうな気もしますが……。

ハヤシ:前提として本ってみんなあまり読まないんですよ。加えて、情報量でいうと、たぶん本の1ページが動画の10分くらいだと思うんですけど、YouTubeの視聴者はリラックスした状態で“ながら見”している人が多いんです。だから、本の要約をされても「その時間があるなら本を読むわ」となりますし、本を読む層とYouTubeを観る層はおそらく違うんだと思います。以前、作家の中山七里先生がいらっしゃったときも、新刊の紹介は1分半くらいに短くまとめて、あとは「24時間ルーティン」と銘打って、中山先生のアトリエを定点観察する企画にしました。

――私もその動画をきっかけにチャンネルの存在を知りました。中山先生の動画は、現時点で92万再生(2023年4月3日時点)されていますが、チャンネルにとっても1つのターニングポイントだったのではないでしょうか?

ハヤシ:そうですね。当時、チャンネル登録者数10万人を突破することを目的に掲げていたのですが、なかなか壁が高くて伸び悩んでいて、そんなときにあの動画がドーンと伸びたんです。おかげでチャンネル全体の再生数もボトムアップされて、登録者数も一気に伸びました。

――今後コラボしたい相手はいますか?

ハヤシ:いないんですよね(笑)。コラボするということは、向こうのチャンネルにも出なきゃいけないわけですが、僕たちは少数でやっているので、労力を考えるとなかなか難しいです。ただざっくりと、いろいろな社外の人を呼びたいなとは考えています。今でもメーカーさんや出版社さん、作家さんが来てくれるんですけど、そこをもっと増やしていきたくて、その土台を用意できるのが、いわゆる小売店だと思うんです。たとえば、トヨタ自動車のチャンネルで、日産自動車の誰かを呼ぶという企画はなかなか難しいと思います。でも、有隣堂には複数のメーカーさん、複数の出版社さんのものが置いてあって、それぞれとお付き合いがあります。だから極端な話、『週刊文春』と『週刊新潮』と『FRIDAY』の編集長3人を呼んで、ババ抜きをしてもらう企画だってできるかもしれませんし、対決まではいかなくても、複数のメーカーさんや出版社さんを呼んで、我々しか作れないコンテンツができないかなとは思っています。

(取材・文=花沢香里奈

ハヤシユタカ(撮影=林直幸)