年間1万件を超える相続トラブル。日々の仕事に忙しくつい他人事に思ってしまいがちですが、「将来的に相続トラブルに陥りやすい家庭のパターン」があると、元税務調査官で相続専門40年のベテラン税理士秋山清成氏はいいます。では、相続トラブルに陥りやすい家庭とは具体的にどのようなパターンを指すのでしょうか、みていきましょう。

相続人に中等度以上の「認知症患者」がいる家族

日本の法律では自分はもちろんのこと、中等度以上の症状のある認知症の人が相続人にいると、贈与や相続の対策が一切できません

つまり、自分が亡くなった後、相続人の中に認知症の人がいると、遺産分割協議が成立しないので、相続財産を自由に分割することができず、民法で定められている法定相続分どおりに財産を分けることになります。

遺産分割協議が成立しない場合、「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」のような、相続税が安くなるお得な特例も使えません。

遺言で相続手続きをスムーズに

そのような事態を避けるため、現在、相続人の中に中等度以上の認知症の人がいる、または夫婦共に高齢で、今は大丈夫だけれど、今後、認知症の発症が心配という人は、残された相続人が遺産分割協議をしなくても遺産の受け取り、特例の利用ができるよう、遺言書を作成することをお勧めします。

ちなみに、認知症の人がいても遺産分割協議を行う方法に、成年後見人を付けるという方法があります。しかし、成年後見制度にはメリットもある一方で、選任手続きに時間がかかり、認知症の人が亡くなるまで年間何十万円という手数料がかかるので、あまりお勧めはできません。

人生100 年時代、認知症の発症リスクは自分だけではなく、配偶者や自分より若い子どもにさえも及びます。手遅れにならないよう、少しずつ遺言の準備を進めましょう。

夫婦2人きりで「子どものいない」家族

子どものいない夫婦の片方、仮に夫が先に亡くなった場合、相続人は妻と夫の親、夫の親がすでに死亡しているなら、妻と夫の兄弟姉妹になります。つまり、妻は夫の親や兄弟姉妹と遺産分割協議をすることになります。この際、夫の親や兄弟姉妹が夫の財産に関し、「自分は法定相続分どおりに財産を相続させてもらう」と主張することがあります

この場合の妻と両親の法定相続分は、妻が3分の2、両親が3分の1です。両親が亡くなっているのなら、妻と兄弟姉妹の法定相続分は、妻が4分の3、兄弟姉妹が4分の1です。

これはもちろん、妻が現在住んでいる夫名義の自宅不動産も対象です。夫の親族に不動産の法定相続分を主張されたら、妻は預金の中から代償金を払うか、自宅を売却せざるを得ないでしょう。そこまでいかなくても、妻はこの先、他の相続人の同意を得ないと自宅を売却したり、取り壊すこともできません。

そのようなトラブルを避けるため、子どものいない家族は遺言が必須です。生前に夫が「自分の財産はすべて配偶者である妻に相続させる」という内容の遺言書を作成すれば、遺言の内容が優先され、妻が預金や自宅不動産を相続することができます。

ここで、亡くなった夫の親が存命で、遺留分の金銭を請求されると、妻はその請求に応えなくてはなりません。親の遺留分は3分の1 の半分なので6 分の1 となります。兄弟姉妹には遺留分を請求する権利はありません。

子どものいない家族は遺留分のことまでを考えて遺言書を作成しつつ、事前に生命保険を活用した財産の構成なども考えたほうがよいでしょう。

再婚しており、前妻とのあいだに子がいる家族

昨今は離婚、再婚は少なくはなく、親が亡くなると、前妻との子ども、前夫との子どもは、たとえ何十年も離れて暮らしても相続人になります。再婚した夫が亡くなると、相続人は妻と子ども、そして前妻との間にできた子どもです。法定相続分は妻が2分の1、妻との子ども4分の1、前妻との子ども4分の1です。たとえ、前妻の子どもと顔を合わせたことがなくても、連絡をとり、遺産分割協議をしなければなりません

このケースも子どものいない夫婦と同様、前妻の子どもが法定相続分どおりの遺産分割を主張したら、妻とその子どもはその要求に応じる必要があります。夫の財産に現金はなくても、夫名義の自宅不動産があるならば、それを前妻の子どもと共有登記するか、売却をして代金を分けるしかありません。

そのため、再婚した夫による遺言書の作成は必須です。夫が生前に「自分の財産はすべて妻とその子ども〇〇に相続させる」という遺言書を作成すれば、前妻の子どもは遺留分のみの金銭しか請求することができません。せめてもう少し妻の子に財産を残したいのなら、生命保険を活用するとよいでしょう。

また、逆に不憫な思いをさせてしまった前妻の子どもに多めに財産を残したい、あるいは認知をしている非嫡出子に多めに財産を残したい、さらに認知をしていない子どもを認知して財産を残したいという場合も、遺言を活用することができます。

離婚、再婚をした人は、財産の金額を問わず、相続人への財産の分け方をよくよく考え、遺言書を作成することが重要です。

知的障碍の子をもつ家族

知的障碍の子どもの相続について、筆者のところにあった悲しい事例を紹介します。

夫が亡くなり、相続人は妻と長男、長女で、長女には知的障碍がありました。夫の遺産は、土地・建物の不動産が3,000万円、預貯金が3,500万円、生命保険金が2,000万円の合計8,500万円。相続税を算定すると225万円です。

通常ならば、妻が「小規模宅地等の特例」を使って相続すれば相続税は60万円に下がります。また、夫の財産すべてを妻が相続するとすれば、「配偶者の税額軽減」で1億6,000万円までは相続税がかからない特例があり、相続税は0円になります。

しかし、長女は知的障碍のため意思決定能力がなく、遺産分割協議ができないので、法定相続分どおりに分け、相続税を払いました。

この家庭の場合、夫は生前に、長女の面倒を見てくれる妻と長男に対し、財産を多めに分ける遺言書を作成するべきでした。遺言書があれば遺言書に従い、特例の利用も問題なく可能です。知的障碍者がいる家族は、ぜひ、遺言書の効果を知ってください。また、財産は自分が亡き後、障碍者の面倒を見てくれる人に多く残しましょう。

【知得コラム】終活ノートの記述は遺言にならない

終活ノートに自筆で財産の分け方を詳しく書き、署名・捺印をしたとしても、それに法的効力はありません。終活ノートに書かれた内容は、あくまでも家族に対する「お願い」に過ぎず、お願いが聞いてもらえるかどうかは、自分の死後は分かりません。

法的に有効な形で自分の遺志を示したい場合には、終活ノートとは別に、遺言書を作成する必要があります。

秋山 清成

秋山清成税理士事務所

税理士

(※写真はイメージです/PIXTA)