「スマホやタブレット越しですら、やれることはめちゃくちゃあるんですよね。むやみやたらにやれることを探してみると、何かが発見できるんじゃないかなと思います」と話す済東さん
「スマホやタブレット越しですら、やれることはめちゃくちゃあるんですよね。むやみやたらにやれることを探してみると、何かが発見できるんじゃないかなと思います」と話す済東さん

タイトルのとおり、実家のある千葉県からほとんど出たことがなかったひとりの若者が、趣味の映画をきっかけに日本人初のルーマニア語小説家としてデビューした顛末を描いた本作。

鬱(うつ)状態、引きこもり、それに難病を抱えながら、飽くなき好奇心と行動力で自らの人生を大きく変えた、『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語小説家になった話』略して『#千葉ルー』の著者、済東鉄腸(さいとう・てっちょう)氏を直撃した。

* * *

――引きこもりでありながら、ルーマニア語を学ぼうと思ったきっかけは?

済東 俺は2015年から実家に引きこもっていて、最初は本を読む気力もない、どっぷりと闇に漬かる日々を送っていたんです。ただ、映画だけは再生すれば勝手に垂れ流されるので、これが唯一の娯楽になり、そのうちネット上の映画評論をチェックするようになりました。

しかし、多くの評論は"どう書くか"を競い合っていて、映画が主役になっていないと思っていました。個人的にはVHSとかでしかリリースされていないマイナー作品を紹介しているブロガーさんの評論が好きだったので、あるとき、自分でもそういう作品の批評を書いてみようと思い立ちました。そこで日本未公開の映画をチェックしていく中で、あるルーマニア映画にはまり、ルーマニア語そのものに興味を持ったんです。

――それはどんな作品ですか?

済東 コルネリュ・ポルンボユ監督の『Police, Adjective』(ルーマニア語表記〈Polițist, Adjectiv〉)という、いわばルーマニア語そのものをテーマにしたような作品でした。例えばルーマニア語の修辞法が議論されたり、定冠詞の書き間違いがカップルのケンカの原因になったり、物語の中で何度も言語としてのルーマニア語が話題にのぼるんです。

これほど言語に対する思索を深めた作品は初めてでした。俺は衝撃を受け、内容をもっと理解するためにルーマニア語を学びたいと思うようになりました。

――言うほど簡単なことではないですよね。何かコツは?

済東 ルーマニア語に限らず、語学学習は質より量だと俺は思っているんです。一応、初歩的なテキストにはひととおり目を通しましたけど、ルーマニア語はマイナー言語なので実際に使えるものは2、3冊しかありません。

なので、日常の中でルーマニア語に触れる機会をいかに増やすかが重要でした。それを提供してくれたのがNetflixです。Netflixのオリジナル作品にルーマニア語字幕をつけて見たりしていました。

また、ルーマニアの日常で今まさに使われている言葉や言い回しを学ぶ上でFacebookが役に立ちました。「私はルーマニアが好きな日本人です。ルーマニアの友人をつくりたいです」とプロフィールに書いて、4000人くらいのルーマニアの人に友達申請を送りました。

少しずつルーマニアの人たちとのコミュニケーションが広がっていき、より実用的な単語や表現を学ぶことができましたね。

――そんな済東さんが日本人初のルーマニア語小説家になった経緯は本書に詳しいですが、勉強を始めてからデビューまで、どのくらいの時間がかかっているんですか?

済東 えーと、自分のTwitterにルーマニア語を学ぶきっかけになった先ほどの映画について書いたのが2015年5月末で、ルーマニアの文芸誌に小説を掲載してもらったのが19年4月ですから、4年たっていないですね......。本当に自分でも「嘘だろ」と思うんですけど。

――小説の原稿料はどれくらい支払われるんですか?

済東 それが、今月末にも1本、小説が掲載されるんですが、すべてノーギャラなんですよ。

――え、そうなんですか!

済東 ルーマニアはヨーロッパでも最貧国のひとつで、もともとが共産圏にあったお国柄ということもあり、芸術を金儲けの手段にしない考え方が根強いんです。そもそも契約書の中にお金の概念が組み込まれていないのが普通で、向こうの著名な小説家はみな兼業作家なんです。

――なるほど。創作は営利目的ではない、と。

済東 おかげで誰もが好きなことを好き勝手に書いているので、ルーマニアの文壇はカオスですよ(笑)。みんな向いている方向が全然違って、基本的に「自分のものを書く」という感じで。

だから、ほかの書き手と競い合ったりがなく、ほんと愛のまま、余裕をもって自分の書きたいものだけを書いている。表現する人にとっては良い環境かもしれません。ただ、俺がダメなのは、ルーマニアのみんなは兼業でやっていて、俺は仕事を持っていないことですね。

――いえいえ、こうしてエッセイ本を書かれているじゃないですか。

済東 ああ、確かに。やっと俺も、尊敬しているルーマニアのみんなの背中が見えてきた。

――ルーマニア語小説家デビューで、済東さんを取り巻く世界はどう変わりましたか。

済東 デビューの瞬間というのは、人生においてまさに革命的でした。単なる引きこもり生活の中で尊厳を手に入れた瞬間でもあって、映画批評などそれまでやってきたことに初めて意味を与えてもらえた気がしました。

父親がこの本を読んでくれたんですよ。そしたら「おまえもいろいろやってたんだな」と言ってくれて、ちょっとジーンときちゃいましたよね。願わくは、ここからいろんな仕事につなげて、経済的な自立を果たしたいと思ってます。

――タイトルに惹(ひ)かれて、今回お話を伺いましたが、たいへんに熱量のある、そして前向きにさせてくれる本でした。

済東 恐縮しきりです。引きこもっていたとしても映画をクソ見まくって、ルーマニア語に出会って、ルーマニアでデビューしちゃって......。ですから、スマホやタブレット越しですら、やれることはめちゃくちゃあるんですよね。むやみやたらにやれることを探してみると、何かが発見できるんじゃないかなと、俺の経験からは思います。

――指定難病のクローン病を患う身でもありますが、いつか現地を訪ねたいという気持ちも?

済東 それはもちろん! 先日も向こうのメディアのインタビューで、「ルーマニアへ来たら何がしたいですか」と聞かれましたが、書店に行ってみたいんです。あっちは物流事情が悪くて掲載誌を送ってくれないので、いまだに自分の作品が雑誌に掲載されているところを確認できていないんです。いつかぜひ、掲載誌が店頭に並んでいるのをこの目で見てみたいですね。

●済東鉄腸(さいとう・てっちょう) 
1992年生まれ、千葉県出身。映画痴れ者、映画ライター。大学時代から映画評論を書き続け、『キネマ旬報』などの映画雑誌に寄稿する。その後、引きこもり生活のさなかに東欧映画にのめり込みルーマニアを中心とする東欧文化に傾倒。その後ルーマニア語で小説執筆や詩作を積極的に行ない、現地では一風変わった日本人作家として認められている。コロナ禍に腸の難病であるクローン病を発症し、その闘病期間中に、noteでエッセイや自作小説を精力的に更新。今はルクセンブルク語とマルタ語を勉強中。趣味は芸歴のまだ短い芸人のYouTube動画に激励メッセージを残すこと、食品や薬品の成分表を眺めること

■『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語小説家になった話』 
左右社 1980円(税込) 
30年間千葉と東京からほとんど出たことがなく、海外には一度たりとも行ったことがない。普段は映画批評家として、日本では未公開の作品を自身が運営するオンライン映画雑誌で紹介している。そんな著者が、ひょんなことから2019年からルーマニア語での活動を始め、小説や詩を執筆し、ルーマニアの文芸誌に掲載されるまでに至った顛末を綴る!

インタビュー・文/友清 哲 撮影/村上宗一郎

「スマホやタブレット越しですら、やれることはめちゃくちゃあるんですよね。むやみやたらにやれることを探してみると、何かが発見できるんじゃないかなと思います」と話す済東さん