トヨタパナソニックをはじめ、国内海外問わず「同族経営」の企業は数多くあります。これは大企業だけでなく、中小企業においても同様です。しかし、社長がその座を退く際に「自分の子どもだから」と安易に後継者を選ぶのは大きなリスクがあると、相続に詳しい税理士公認会計士の小形剛央氏はいいます。本記事では、同族経営に失敗した創業50年の老舗企業の事例をみていきましょう。

国内にも世界にも数多くある「同族企業」

世界を見渡せば、有名企業の中にも同族企業が数多く存在します。[図表]を見て、「えっ、あの企業も同族経営なの⁉」と驚かれるかもしれません。

日本の上場企業は、ファミリービジネス(同族経営)が53%、単独経営が10%、一般企業が37%という構成で成り立っています。同族企業は、もしかすると私たちがイメージするよりもはるかに多く存在し、経済の中心を担っているともいえますね。

同族企業が多いというのはなにも日本に限った話ではなく、実は「S&P500」にランキングされる企業のうち、3分の1が同族企業といわれています。

従来の経営学では、「同族経営=古い統治体制」と見なされていました。現に同族経営は、アメリカの学説で「富の独占」「お家騒動」「能力不足の息子の世襲」などのリスクが指摘されており、「企業は成長する過程で、所有と経営の分離を進めるべき」という考えが主流だったのです。

しかし最近の研究では、同族経営に対してポジティブな評価も出ています。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のジャスティン・クレイグ客員教授は、S&P500のようなアメリカを代表する企業に対し、「同族企業は、非同族企業の業績を上回る」という見解を発表しました。

他の多くの研究者も、ROE(自己資本利益率)や利益の伸び率といった項目で同族企業の優位性を見出しており、欧州でも同様の結果が出ています。

同族企業のメリットと「リスク」

同族企業のメリットとしては、次の4つが挙げられます。

①創業家が大口株主であることで、「株主の利害」と「経営者の利害」の齟齬が出にくい ②「もの言う株主」となって、経営の暴走を抑えることができる ③目先の利益よりも、長期的な繁栄を目指し、結果としてブレのないビジョンや戦略を取りやすい ④創業家が持ち得る人脈や名声が、経営に貢献できる

筆者自身、公認会計士税理士として同族企業の税務顧問やコンサルティングを行うなかで、同族企業の強みを痛感しています。事業承継においても、同族(親子)だからこそスムーズに承継できた例は珍しくありません。

同族経営の場合、お子さんである後継者は、小さいときから経営者としての親の背中を見て育ってきています。そのため、経営の細かい内実はわからないにせよ、従業員や取引先を大切にする気持ちや、経営者としての責任感などを体感として学び、持ち合わせているものです。

ところが中小企業や零細企業の場合、「家族だから」という盲目的な信頼によって、経営能力がない我が子を後継者に据え、失敗してしまう例が非常に多いのです。

「娘だから」と無理やり承継した80歳先代

属性:サービス業(産廃) 売上:約5億円 先代経営者:80歳 後継者:43歳(娘)

娘と一緒に過ごせなかった…先代経営者の「後悔」

創業から50年近く経つこの企業は産廃関連会社で、ニッチな分野ではありますがクライアントや従業員からも信頼されており、着実な経営を続けていました。

ただ、先代経営者にはひとつだけ心残りがありました。それは、お子さんが小さい頃に一緒に過ごす時間が少なかったことです。

先代経営者は創業以来、一生懸命に会社経営を行っていましたが、あまりの忙しさから、「会話どころか、寝顔しか見ることができなかった」「休日も、どこにも連れていってやれなかった」「入学式や運動会などのイベントにも参加できなかった」といった思いがありました。

実は、こうした後悔を抱く経営者は珍しくありません。日本政策金融公庫の「2019年度新規開業実態調査」によれば、起業者の平均年齢は43.5歳。起業者のうちの36%は40代、33.4%は30代で創業し、自分自身のビジネスをスタートさせています。1991年度の調査開始時点における起業者の平均年齢は38.9歳でしたから、少子高齢化などの影響を受けて、起業の平均年齢は上昇傾向にあるといえます。

30〜40代といえば、子育て真っ只中の世代です。もちろん手はかかりますが、我が子が日々成長していく姿を見るのは、親にとって生きる糧ともいえるはずです。

しかし起業したての頃というのは多くの場合、経営も不安定で、経営者は文字どおり休む暇もない時期です。家族と過ごす時間が取れないのも当たり前で、数年あるいは十数年が経ってやっと軌道に乗ってきたという状況になり、ようやく家族のほうを振り返っても、妻や子どもとの間には大きな溝ができていた……という話も実際によく聞きます。

承継後、1年も経たず事業は廃止に

この事例の先代経営者も、まさに同じパターンです。「これまで会社第一の人生を送ってきたから、これからは家族のために何かしてあげたい」「そのための時間がほしい」という気持ちを強く抱き、自身が80歳に近づいたタイミングで娘さんに会社を継がせることにしました。しかし娘さんにはリーダーシップがなく、経営者としてふさわしくない人物だったのです。

承継こそしたものの後継者は目先の利益を優先して行動するタイプで、承継後まもなく経営に致命的な損害を与え、1年も経たずに事業は廃止となりました。その後、先代経営者も心労から持病が悪化し、お亡くなりになったのです。

このように、準備を何もしないまま「親族」という理由だけで後継者を選ぶと、ほぼ確実に会社が立ち行かなくなってしまいます

とはいえ、最初から経営者に必要な能力をすべて備えている人は、まずいません。だからこそ、承継前に経営者としての「器」や「能力」を育てる期間を設ける必要がありますが、なかには人格などの面から、経営者に向いていない人もいます。

先代経営者は、自分の子どものことだとフィルターがかかって正しい判断を下しにくくなるため、後継者候補を選定する段階で第三者の意見を聞くことが大切です。

小形 剛央 税理士法人小形会計事務所 所長 株式会社サウンドパートナーズ 代表 税理士公認会計士  

(※写真はイメージです/PIXTA)